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シュガー・ザ・パウダースノー

#シルバーレイン #ノベル #猟兵達のクリスマス2023

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#猟兵達のクリスマス2023


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フール・アルアリア




●下準備
 そう、これは下準備だ。
 何の、と言われたのならば自分はきっと笑って答えるだろう。
 いやもう、嘘。
 すでに笑っている。
 無自覚だって言えたのならば、よかったのだけれど、自分の顔が映る顔の表情を見ていたらそんなこと言えたもんどえはない。
 だってだって。
 だってだって、しょうがないよね。
 無理。
 本当無理。
 この思いを抑えるなんて無理だし、この感情が溢れてやまないことは他の誰だって否定できないだろう。

 つまり、なんだって言う話しなんだけれど。
「圭ちゃんから誘われちゃった、お誘いされちゃった! クリスマスディナーに!」
 きゃー!
 思わず黄色い声が出てしまう。
 ちょっと自分の喉から出たとは思えない声であるけれど、本当なのだ。
 現実なのだ。
 ほっぺたをつねっても、ひっぱっても、ねじっても、痛い! あっ、本当に痛い! じゃなくって! そうだよね、ほっぺたにつねった痕が残ってしまうなんて、そんなのよくない。
 今からちゃんと準備をしなくっちゃあいけない。

 本当はこのまま浮足立った日々を過ごしたいほどに舞い上がる気持ちを抑えられない。
 くらくらしちゃう。
 気分はもう有頂天。
 だって、絶賛片思い中の圭ちゃんにお誘いされちゃったのだ!
「でもでもどうして? どうしてって理由なくたっていいけど! でもでも、うん……」
 姿見の前でフール・アルアリア(No.0・f35766)は自分の姿をマジマジと見つめる。
 若々しい。
 みずみずしい肌。
 つねった痕がちょっと赤くなっているけれど、すぐに収まるだろう。とてもじゃあないけれど、今の自分の年齢を他人は信じられないだろう。

 いわゆる、運命の糸症候群だ。
 かつては銀誓館の理事長もそうであったように、今は自分も罹患者の一人だ。
「ドレスコードのあるハイクオリティなホテルだって言っていたよね。どうしよ! 夜景がきれいな所だったらどうしよ!」
 体がふにゃふにゃしている。
 実際にそうなっているわけじゃあないけれど、そう感じてしまう。
 それほどまでに自分は舞い上がっている。

 地に足がつかないってこういうことを言うんだぁ、とフールは改めて思い知る。
「……こうしちゃあいられないよ。髪もお肌も……体重管理だって!」
 いつも普段からしていることだけれど、なんたってクリスマスである。
 しかも、クリスマスデートなのである!
 磨きに磨きをかけなければならない。
 何をしたって、し足りることなんてない。なら、自分の持てる時間とお金と努力の全部をつぎ込むのが礼儀ってものだろうとフールは意気込む。
 最高のクリスマスデート。
 それをしたい。とってもしたい!

「待っててね、圭ちゃん! 僕の本気の本気を魅せてあげるんだからライン!」

●斯くして始まる
 それからは、とっても大変だった。
 大好きで、大好きな彼からのお誘い。彼はなんとなしに誘ってくれたのかもしれない。もしかして、もしかしなくても! と思ってしまうのは片思いだからかもしれない。
 片思い特有の都合のいい解釈なのかもしれない。
 でも、それでも。
 ちょっとは期待して良いのかな。
「ご機嫌だね、フールちゃん」
「えー? わかるー?」
 行きつけの美容院のスタイリストさんが鏡越しに微笑んでいる。

「とっても笑顔が素敵だもの。それはいつものことだけれど」
 くせ毛を整えてもらっている。
 たくさんカットする必要はない。落ち着きが出るように少しだけ梳いてもらって、クリスマスデートの当日に盛ったスタイルにできるように相談しているのだ。
「そっかー……えへへ、片思いの人からクリスマスデート誘われちゃって!」
「えー! 本当に? それは嬉しいわね。ああ、それで……盛りたくなっちゃうわよね」
「そうなの! かわっかわにしたい!」
 できる? とフールは己の心に想い人の顔を浮かべる。
 愛しい、と思う。
 どれだけ言葉を尽くしたって彼への想いは語り尽くせないだろう。

 どれだけ彼のことが大好きなのかって聞かれたのならば、一昼夜だって語って見せることができる。
 まあ、一番好きなのはお顔。
 面食いじゃんって言われるかもしれないけれど、具体的にどこが一番好きなの? って問われたら、真っ先にそう応えてしまう。
 普段はかっこいいのに満面の笑顔を浮かべてくれるところ。
 べーっていたずらっぽく笑ってくれるところ。
 そういう幼いところも本当に可愛いなって思っちゃう。
 悪ぶったところもあるけれど、根は正義の人で努力家だってこともフールは知っている。

「こういうのはどう?」
 ヘアカタログを広げられる。
 いくつか見た。けれど、どれもしっくり来ない。
「女の子っぽいのがいいんだけれど……」
 ついつい難しい顔をしてしまう。
 だって、自分だってわかっているのだ。いくら自分の見た目が女の子に近しい中性的な容姿をしているのだとしても、骨格だけはどうしようもない。
 いや、努力はしている。
 それでもどうしたって自分の体は男のものだ。
 こればっかりは変えようがない。
 
 けれど、圭ちゃんを諦める理由になんてなっていないのだ。

「こっちは? ふわふわに巻き髪にして持ち上げるのとか。ドレスコードのあるホテルなんでしょう?」
「うん、大人っぽくしたいかなって」
「逆じゃないかしら?」
「っていうと?」
「大人っぽいってつまりは固い印象を与えてしまうところもあるし、ともすれば良い所を削ってしまうものだから」
 だから、とスタイリストさんは言う。
 硬さが見えてしまうのならば、ふわふわにしてしまえばいいのだ。
 体の線の硬さはどうしようもない。なら、柔らかさの中に隠してしまえば良いのだ。いいや、言い方が違う。
 纏ってしまえばいいのだ。
 なら、とスタイリストさんは鏡の前で前髪から垂れ落ちる髪を一房掬って、自分の頬に添わせる。
 そうすると骨の硬さは消える。

「これと一緒よね。頬を隠す。顔の輪郭をぼかすのと同じようにどうしても硬さの出る首や鎖骨、あとは肩を髪型で隠してしまえれば」
「女の子っぽい!」
「でしょう?」
「うんうん、それいいね!」
 それにすごくフェミニンな雰囲気に見える。よかった、髪伸ばしておいてよかったぁ! とフールは笑う。
 後は化粧だろうか。
「お化粧はお得意?」
「雑誌買ってお勉強はしているんだけれど」
 そう、お化粧だって大切なファクターだ。

 自分の顔を更に際立たたせるもの。
 ちょっと自分の眦を指先で触れる。引っ張るように眦を下げるようにしてみせる。
 これくらい眦が垂れて居たほうが女の子っぽく見えるかな? と思う。
 ツリ目気味な自分の瞳が嫌いではないけれど、圭ちゃんの好みじゃないかもしれない。もっと甘めな雰囲気にしたいのだ。
「ファンデとチークだけでも雰囲気変えられるから……あ、そうだ。せっかくだから、襟剃りもね。男ってうなじ大好きだから」
「えー、そう?」
「腕の良い所紹介してあげるから。お肌のお手入れもしっかりしておかなくっちゃ。せっかくのクリスマスデートなんだもの」
 そういうスタイリストさんのほうが楽しそうに見えてしまうのは気の所為ではないだろう。

 けれど、負けてらんない。
 だって、世界で一番圭ちゃんとのデートにウキウキしているのは自分なのだ。
 なら、とスタイリストさんから紹介状を書いてもらって向かうは。
「いざ、エステサロン!」
 フールは一歩踏み出す。
 ちょっとドキドキする。
 エステって、肌を晒すわけで。そういうのは、圭ちゃんだけがいいなって思うのだ。
 けれど、スタイリストさんが紹介してくれたのは襟剃り専門のお店だった。
「……ここ?」
 不思議なお店だった。いや、不思議っていうのは店構えって意味じゃあなくって、襟剃り専門ってことだ。
 それだけをしているお店っていのは不思議だったし。

 でもでも、これがよかった。
 柔らかく泡立てられたシェービングフォームとブラシの毛先が首元に触れる。
 お湯で温められた泡は、背筋にゾワゾワ来るほど心地よい。
「それでは、当たらせていただきますね」
 お店の人の言葉にフールはお願いしまぁす、と頷く。
 どんな感じなんだろう。
 お肌の調子をよくしたい、と思ってきたのだけれど、こういうのっていいのかな? 効果があるのかな? そんなふうに思ってしまう。
 触れた剃刀の感触は驚くほど軽かった。

 触れてる?
 そう疑問に思うほどの柔らかな感触だった。
 剃刀っていう刃はどうしたって肌をピリつかえるもののはずだったけれど、そんなこと全然なかった。
 羽根で触られてるくらいの感触。
 思わず背筋に心地よい気持ちが走る。
 襟から首元、そして背中にかけて剃刀の刃が産毛と肌の角質を落としていく。なんだか一皮向かれた様な気持ちになってしまう。
「ふぁ……」
 終わりましたよ、と告げられてわれに返ってしまう。
 鏡で魅せてもらったけれど、これはすごい。

「すっごい! つるつる! ぴかぴか!」
 うなじが光り輝いているように思えてしまう。これは本当にすごい! ってテンション上がっちゃって、帰り道に思わず飛び跳ねちゃた。

 じゃあ、次はもう言うまでもないよね!
「ドレス!」
 奮発しちゃおう!
 どんなのがいいかな。いつもはロリパンク風味のものが個人的に大好きなんだけれど。
 でも、今回は目一杯女の子っぽくしたい。
 圭ちゃんが好きそうなのはどんなのなんだろうと思いを馳せる。
 まあ、確かに過去においては自分の容姿のせいで破れた初恋もあるけれど、それはそれ、これはこれ! 今! ジャストナウで求められているものがあるのならば、それに手を伸ばしたいと思ってしまう。

 母を頼ろうかな、と思う。
 デザイナーだけあって、アドバイスをもらえるかもしれない。
 けれど、フールはどうしたって遠慮してしまう。
 いい子でなければならない、と思ってしまうのだ。それは自分の境遇というものに関連することであったけれど、それを言葉にはしたくない。
 怯え、というものが楽しい感情を侵食していくような気がしたからだ。

 恋だって自分でどうにかできる。できるはうなのだ。
 なら、とぶんぶんと頭を振ってフールは街中のショーウィンドウを眺めながら歩く――。

●憧れ
 条件は多くある。
 まず第一に首や鎖骨、肩が露出しないこと。
 確かにフールはパッと見ただけでは性別を感じさせない。
 けれど、どうしたって骨格は変えがたいものであるのだ。ごまかすしかない。あと、ウェスト。
 これがとっても大変なのである。
 くびれって大変。
 それをどうにかできるのは、やっぱりワンピースタイプのドレスしかないのかな、と思う。
「となると今度は色だよね」
 何色が圭ちゃん好きだろう。そもそも自分に似合う色!
 それにヒールもね。
 彼との身長差は普段遣いのブーツやエアシューズでもって近いものになっている。
 それを脱いでしまえば、ほぼ10cm差くらいかな。
 うん、ちょうどいい。
 何にって、もうそういうのは言わせないで欲しい。考えただけでほっぺたが赤くなっちゃうし、頭が熱くなってしまう。

 あ、だめだめ。
 片思いなんだから。そういうのは期待しちゃだめだ。
 圭ちゃんは確かに自分の気持ちを知っている。想い人がいるから応えられないって正直に言ってくれたことも覚えている。
 けれど、自分はどんな形であれ彼の傍にいることが一番なのだ。
「気持ちには応えなくていいよ」
 それが一番に出た言葉だっただろう。
 叶わなくたって良い。
 叶えるつもりは最初から無い。

 勝手に好きになっているのだ。勝手に好きでいるのだ。
 それだけは許して欲しいのだ。
 だって、これは。

 言ってしまえば、自分だけの役割だと思うのだ。
 圭ちゃんが辛い時、苦しい時、そういうときにこそ傍にいれば支えてあげることが出来る。
 楽しいことや嬉しいことがあったのなら共有できればいい。
 そうすれば、お互いどんなに見通せぬ闇が襲ってくるのだとしても、自分は月よりも早く駆けつけるし、太陽よりも明るく照らしてあげられると思うのだ。
 ともすれば、それは強く瞬く一番星。

 ずっとずっと一人のことを想う気持ちは一番理解できる。
 圭ちゃんだってそうなんだから。
 たった一人の女の子を彼は思っている。
 一途。
 不器用なくらいにずっと思っている。きれいな恋をしているなって想う。そういうところが大好きだ。

 でも、寂しがり屋なところもあるんだ。
 だから、クリスマスデートだって誘ってくれたのかもしれない。
「うん、だから。僕は」
 ずっとずっと大好きなんだろうと想う。
 ただ一夜のデートのためにあれこれ一週間以上頭を悩ませる楽しさは、きっと他の誰でもない自分しか味わえないことだ。

 とっても悩ましいことだけれど。
 でもそれでも、彼のメイクや髪型、お洋服の好みといったことを考えるのは嬉しいことだ。
 それでもって、デートの日に自分を見つけて欲しい。
 誰もが幸せであって欲しい夜に、世界でいっちばん幸せな顔をしているであろう自分を見つけて欲しい。
 だって、自分は『君だけの一番星』なのだから。
 きっと人混みの中という夜空にあってもなお、一等輝いているはずだ。そうでありたいと想う。
 想うだけで胸が高鳴っていくのを感じる。

「うん! がんばろう! がんばって、がんばって……そして……」
 心の中に沈黙が訪れる。
 それはやってこない未来かもしれない。
 どんなに頑張っても、得られない結果かもしれない。
 それでも、期待してしまうのだ。
 こんなに頑張ったから、ではない。こんなにも圭ちゃんのことが大好きだからだ。

「……可愛いって、言ってくれるかな」
 街中でショーウィンドウを眺め終わって、部屋に戻ってもそんなことばっかり考えてしまう。
 可愛い。
 そう言われたいのは、高望みだろうか。
 抱きしめられたいと想うと、自然と自室で抱えたクッションが歪んでいく。
 ぎゅって。
 ぎゅーってしたいし、されたい。
 圭ちゃんはきっとしてくれないかもしれない。

 毒気を出す手だから、と。
 でも、だからこそ優しく触れてくれる手が好きだ。
 すごくすごく優しいのだ――。

●止まらない
 頭を撫でててくれた手の感触を思い出してしまう。
 湧き上がる感情は、とめどなく。
 もぞもぞと身じろぎしながら、フールは身を起こす。
 熱っぽい。
 吐き出す息は朝の冷たい空気に白く染まっている。ベッドの上でぼんやりと身を起こしながら、夢の中での圭ちゃんを思い出す。

「……あ、ダメだ、止まらないや……」
 日付は何をしないでも重ねられていく。
 時間は有限だし、止まってはくれない。そんなのよくわかっている。
 運命の糸症候群という奇病。
 自分の肉体的な成長は止まっているけれど。それでも時だけは止まってくれない。
 約束のクリスマスまで、と指折りできる。

 もう片手の指は欠けていく。
 待ち遠しいと思っていた一週間前からは考えられないくらいに、少しだけ臆病が風を吹かせる。
 からっ風みたいな冷たい風が心の中に吹き込んでくるのを感じる。
 でも、止まらないのは、そんな悪い想像だけじゃあないのだ。

 確かに自分は彼を独占したいとは思わない。
 けれど、ちょっぴり。
 ほんのちょっぴりなんだけれど、彼に独占されたいなーって想うことはある。そうして欲しいと思う。
 自分の肩を抱き寄せて引き寄せて欲しい。
 噛みつかれるのは、ちょっと怖いかも。
 でも、噛みつかれても良いなって思う。思える。どうしようもなくなったら、そうやってぶつけて欲しいかもしれない。

 受け止められる。
 そういう自信が自分には在る。
 確かに彼の過去は、今の彼の礎だ。彼を彼足らしめるのは過去だ。その蓄積だ。
 それも大事だと思える。
 うん、もしかしなくても、僕ってば器が大きいのかもって思う。
 悪い想像は、それだけで一蹴されちゃう。

 起き上がって、伸びをする。
 体が寒さで固まっていたから、そんな悪い想像をしちゃったのかもしれない。
 肩を動かすようにして身をほぐす。
 体内の血流の循環はちゃんとしておかなくっちゃ、肌にも影響が出るし、当然髪にだってダメージが現れる。
「よしっ! 朝の運動いってみよー!」
 白湯でお腹を温めてから、パジャマを脱いでジャージに身を包む。
 汗をかくことだって必要だ。

 何もここまでしないでも、と誰かは言うかもしれない。
 けれど、やれることは全部やりたいのだ。
 圭ちゃんの好みの女の子になれるように。
 ダイエットじゃないけれど、搾れる所は絞っておきたい。少しでも可愛く思ってもらえるのなら、どんな些細なことだって手を抜かない。 
 妥協をしない。
「肌の調子も良いよね」
 走る。
 鼓動が高鳴るようにして、気分も上がっていく。
 朝日が瞳に飛び込んできて、眩しい。けれど、それはもしかしたら、圭ちゃんとの未来を暗示しているようにも思えたのだ。
 輝かしい未来。
 彼はそれをイメージできないかもしれない。

 彼にとって大切な物は自分にだって大切だ。
 彼がもしも、過去に何か大きな罪を犯していたのだとしても。
『地獄に堕ちるときは一緒』
 その言葉が胸にある。
 全部受け入れる。
 あの約束が今も自分を前に進ませるのだ。そう言わせるほどに自分は圭ちゃんのことが大好きだ。
 好きだ。
 三十六在る世界の中で一番自分が彼のことを好きだといえる。

 これはきっと愛だ。
 彼の幸せが、自分の幸せ。
 息を整える。海浜公園に人はいない。まだまだ朝が早いのだろう。
 水平線の向こう側は何処に繋がっているのだろう。
 世界は一つじゃあない。
 けれど、彼は世界にたった一人だ。自分の想いだって世界にたった一つだ。

 なら。
 叫ぶ。
 声の限り。
「圭ちゃーん! だーいすきー!!」
 届くかな。届かないかな。
 きっと此処で叫んでも届かないってわかっているけれど、あふれる想いはとめどないのだ。
 どれだけ好きだ、大好きだって言っても言っても足りないのだ。
 言葉が体の中を駆け巡ってしまう。
 なら、叫びたい。

 自分がどれだけの感情を一杯抱えているのか。
 再確認するのだ。
「僕、本当に圭ちゃんのこと大好きなんだなぁ」
 呟いた。それは確認の意味もあったのかもしれない。
 でも、思い改めなくたっていい。
 誰かを好きになるという感情は掛け替えのないものだ。

「こういうのを強欲っていうのかな」
 あー!
 ダメダメ! やっぱダメ!
 フールは肩を抱くようにしてもだもだしてしまう。
 今! ランニング中!
「でもでも。ちょっとだけ……」
 ジャージのポッケからロリポップキャンディを一つ取り出す。
 彼の毒に順応してきた証。
 流れる血はもう|弱毒性《優しい》の|血《彼》に染まっている。

 口に含めば甘い香りがする。
 鼻腔をくすぐって、痺れるような甘い|毒《愛》に震える。
「……圭ちゃんとのデートまで後……」
 何日、と数えようとしてフールは手にしたロリポップキャンディを思わず、取り落としそうになる。
 デート。
 クリスマスデート。
 世界で一番大好きな彼とのデート。

 クリスマス。
 そう、クリスマスと言えばプレゼントである。
「そうだ、プレゼントも忘れないようにしなくっちゃあ」
 嗚呼。
 気に入ってくれるかな。
 頭の中はもう彼で一杯になってしまう。一週間前から、もっとずっと前からも。
 ずっとずっと考えてしまう。

 彼の笑顔が見たい。
 悪ぶっていたりするけれど、結局、根が正義の人な彼。
 努力家で優しくって、まっすぐな彼。

 ずっとずっと彼のことばかり。
 クリスマスデートまでの日々、そのがんばりを彼に教えてもいいし、ちゃんと見ててよね! とも思う。
 けれど、そんなの全部きっと当日には吹っ飛んでしまう。
 そういうものなのだ。
「恋は盲目とは言うけど、違うね」
 フールは愚直に走る。
 汗を流し、張り付く黒髪と一房のピンクの髪をかき上げる。
 シャワーで汗は流れても、この恋慕は決して流せない。
 だから、とフールは笑う。
 笑って、笑って、笑顔をいっぱいにして、デート当日の日を迎えるのだ。

 全部全部君のため。
「恋は刮目せよ! だよ! 圭ちゃん! 見ててよ、しっかりとね! 僕、圭ちゃんのためだけに可愛くなって見せるんだから!『君だけの一番星』は此処にいるんだからね――!」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年12月28日


挿絵イラスト