とあるクラスメイトの憂鬱
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「一ノ瀬。好きです」
勇気を振り絞って告げた想いは、あえなく玉砕した。
ほんの少しレンズの奥の目を見開いて、それからすぐに押し黙ってしまった彼の様子を見れば脈がないのは明らかだ。きっとどう断ればなるべく傷つけずに済むのかを考えているのだろうと思った。
こんな時でさえこいつは優しいんだなと、ときめいてしまう自分は愚かだ。
「……やっぱ、男同士でそういうの無しだよな」
「そういう訳じゃない。ただ」
「ただ?」
彼は少し言葉を探しているようだった。それからこう云った。
「今は、誰かと付き合うとかそういうの考えていないんだ」
「そっか」
「すまない」
「いいや、聞いてくれてありがとな」
笑ったつもりだった。笑えていたかはわからない。
彼に背を向けて俺は走り出した。
溢れだしてくる涙を、堪える事が出来なかった。見られてしまう前に、逃げようと思った。
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「……俺のアホ。何で傷ついてんだよ、元々玉砕覚悟だったくせに」
部活に行く気にもなれずにそのままサボって帰宅した俺は、ベッドに顔を埋めてやさぐれていた。
「最初からこうなるの分かってただろ。あいつ結構人気あるし、男と付き合うにしても俺なんかじゃないだろ、絶対」
そもそも。俺とあいつはそこまで仲がいいわけですらなかった。
クラスが一緒だったから話す機会はそこそこあったが、それだけだ。一ノ瀬は積極的に慣れ合うタイプじゃなかったし、俺の方もつい意地を張ってしまう性格が災いして人づきあいが得意な方じゃなかったし。
「知花みたいにぐいぐい声かけてくれるタイプじゃないと長続きしないんだよな、俺」
同じくクラスメイトのピンク頭を思い浮かべる。そういえば一ノ瀬はあいつと仲がよかった。何でも幼馴染だとか。ちょっとうらやましい。
「……あいつと一ノ瀬だったらお似合いかもな。正反対コンビなのにすっごく仲良くてさ。お互いの弱いとこ補い合えるっていうか」
はは、と力ない笑みが漏れた。
「俺、なに下らない事考えてるんだろうな。バカみてえ……」
自分に自信が持てない。だから誰かと比較して、ますます傷ついて。
そんな自分が嫌で変えたいと思っている筈なのに、結局ずるずると同じ事を繰り返して。
「……あーあ」
いつの間にかうつらうつらしていた俺は、一ノ瀬に惹かれた頃を夢に見ていた。
きっかけは、高校に入学して割とすぐの頃だった。
ノートが残り数ページしかない事に気が付いた俺は、休み時間に購買に立ち寄った。値段は分かっているから、レジでまごつかないようにあらかじめ取り出しておこうと財布を開いたのだけれども。
その時うっかり手が滑って、財布を落としてしまった。
「ゲッ!!」
全開の小銭入れから硬貨が散らばった。そりゃもうド派手に。
「あー、ついてな……」
ぶつぶつ云いながら散らばった小銭を拾っていたら、床の上に人影が見えた。その主を目で追うと、一ノ瀬が立っていた。
(「こいつ、同じクラスの……」)
何て名前だったっけ。出席番号が早い方だったのは覚えてる。ちょっと近寄りがたい感じの奴だ。当時はそう思った。
一ノ瀬は黙って俺の傍にしゃがんで、一緒に小銭を拾うのを手伝ってくれた。
「え、あ……」
「これで全部か?」
「う、うん」
「そうか」
拾った小銭を俺の手に乗せると、何事もなかったかのようにすたすたと去ってしまった。
「あ……」
誰にも興味無さそうな涼しげな感じなのに、思いの外優しくて。
なんかすごいな、と思った。その後ろ姿が、颯爽として見えた。
「って、お礼云い忘れてるし! 俺のアホー!」
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それからは、自然と一ノ瀬の事を目で追うようになってしまった。
基本的に人と深く関わるタイプではないが、なんだかんだ教師にも同級生にも好かれるタイプだな、というのが俺の印象だった。
先生が重そうなプリントや冊子を持っていたら、さり気なく近づいて運ぶのを手伝っていたり。
クラスメイトに勉強が分からないと泣きつかれたら、最後まで親身になって教えていたり。
「なんていうか、すごく面倒見のいい奴なんだな……」
表情が薄いから分かりづらいけれど、感情が薄いわけじゃない。むしろものすごく情に篤いタイプのようだった。
結局あの後、素直になれないし勇気もない俺はお礼を云うのが随分遅くなってしまった。確か、半月くらいは経ってしまっていたと思う。
「あん時さ、ありがとな」
そっけなく云う俺に、一ノ瀬は一瞬考え込んだけれど「ああ」と合点がいったようだった。
「大したことじゃない」
返事もそっけなかった、でもそれは俺のそっけなさとは違って、本当に大したことない、当然の事をしたまでだという感じだった。「今更かよ」なんてからかわれる事もなかった。
(「あんなふうに素直に、人に優しく出来るのってすごいよな」)
俺は、道端で困っている人を見掛けても、俺なんかが声を掛けたら迷惑なんじゃないかとかいちいち下らない事を考えてしまうタイプだから。
すっと手を貸せて、それでいて相手に気負わせない一ノ瀬は本当に格好いいな、と思った。
格好いい。憧れだった。それと違った感情にも気づいた。
(「俺、一ノ瀬の事が好きなんだ……」)
誰にでも優しい一ノ瀬に惹かれる一方、そんなところが俺を苦しめてもいた。
そう、彼は本当に、誰にでも優しい。つまり俺は特別でも何でもないのだ。
そんなの初めから分かり切っていた筈なのに、苦しかった。
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年度末になると、いよいよ次の学年の事が頭をちらつく。
進路とか就職とかを考え出さなきゃいけないのは勿論だけど、目下俺を悩ませるのはクラス替えだった。
それなりに規模のでかいうちの高校で、二年連続で同じクラスになる奴なんてほんの数人しかいない筈だ。一ノ瀬にとって俺はただのクラスメイトでしかないというのはわかっていた。それでも来年からは、多分クラスメイトですらなくなる。
告白をしたのは、そんな焦りからだった。
はっきりいって脈がない事なんてわかってた。それでも自分の気持ちを伝えないまま、話す事さえほとんどなくなるのは嫌だった。
そんで、当然の玉砕だ。
一丁前に傷ついて、情けない姿を晒して。
でも、最後まで一ノ瀬は優しかった、おかげでこんなみっともない姿は見せないで済んだ。
「それだけで十分だよな」
そうとしか云えなかった。
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次の日登校すると、一ノ瀬は席に座って本を読んでいた。いつもつるんでる知花がまだ来てないみたいだった。意を決して、俺は一ノ瀬に声をかけた。
「一ノ瀬、お、……おはよう」
一ノ瀬が顔を上げた。
レンズ越しの眼差しは、相変わらず外から見ただけでは何を考えているのか判らなかったけれど。
「ああ、おはよう」
何事もなかったかのように、そう返してくれた。
「来週の現国の小テスト、ちょっと自信ないとこあってさ。教えてくんない?」
「どこだ?」
昨日の事に一切触れず、そんな事を云いだす俺の様子が不自然なのは、明らかに分かっていた筈だ。それでも一ノ瀬は何も聞かず、俺の話に合わせてくれた。
もし俺が昨日の事を話題にしていたらしていたで、真摯に聞いてくれただろうなとも思った。
そのクールな優しさが、やっぱり好きだな、と苦いものを残していったけれど。
もう、涙は流さずに済みそうだった。
成功
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