聖夜トップオブザヘッド
●夜は眠らない
キマイラフューチャーにおいて娯楽というのは、何物においても優先されるものである。
面白おかしく生きる事に全力を尽くすキマイラたちにとって、それが最優先。
なぜなら、食料はコンコンコンによって確保されている。
なら、生存に必要な衣食住は満たされているのだ。そして、それら三つが満たされたのならば、次に求めるのは娯楽、エンターテインメントであるのは言うまでもない。
平和というものがあるのなら、きっとこんな世界のことを言うのだろう。
故に、キマイラたちはイベント事というものに敏感だ。
いつだって楽しいことを模索している。
「ボックスからの逸脱じゃねぇ! これは出発! 俺らのエネルギーに注目しな! さあ、今夜は聖夜! クリスマス!」
キマイラのDJが場を盛り上げるようにして、ベイエリアの水平線に沈みゆく夕日を指差す。
そう、ここは野外。
海浜公園にて行われているイベント。
いわゆるレイヴパーティである。
重低音が、どしん、とキマイラたちのお腹、つまりは内臓に響く。
体感する音楽。
持ち込まれた機材より放たれる音の奔流は楽しいことを何よりも最優先するキマイラたちの心を跳ね上げさせる。
重低音はリズムを刻む。
全身で感じた音が四肢を駆け巡っていって、どうしようもないほどのエネルギーを増幅させる。その溢れんばかりのエネルギーでもってキマイラたちは自ずと足を踏み鳴らし、体を揺らしていく。
「ノッてるな、みんな! 今宵はDJもコンコンコンも、ご機嫌だぜ!」
DJキマイラの声にキマイラっ子たちは皆一様に歓声を上げる。
この海浜公園は都心部から電車で一時間もかからずにアクセスできる。
冬の空の下だってきちんと防寒していれば快適この上ない。野外だから心だって開放的になる。
心が開放的になれば、自ずと体だって踊りだすだろう。
「さあ、パーティの幕開けだ! セトリは頭んなか叩き込んだか? おーらい、んなら、それは忘れちまって構わねぇぜ! なにせ、今日は隠しゲストのご降臨よ!」
DJキマイラの言葉にどよめく場。
そう、彼らは事前に告知されていた参加DJアーティストたちを目当てにやってきていたのだ。
なのに、いきなりシークレットゲストから発表するなんて。
「そんなの気分がアがるに決まってんじゃん!」
「早く教えてくれよ!」
テクノサウンズが響き渡る。
それまで響いていた重低音よりも、さらにシャープな音。唸るような音ではなく、ねじれるような電子音楽がメロディを奏でる。
グルーヴを感じてしまう。
つかみは最高といったところだろうか。
そして、テクノポップなメロディにのってスモークが会場に炊かれていく。
白い煙にキマイラッ子たちはどよめくが、すでにサウンドは彼らの体の中を駆け巡って言っている。
色とりどりのレーザー光がスモークを切り裂くようにして乱舞し、スモークの炊かれた中心であるDJスタンドにスポットライトが集約される。
光は集約されれば、その中心点を消失させる。
そこから一歩踏み出して現れたのは――。
「紹介ご無用! みんなご存知イェーガー! Charlotte"AliceCV"Veyron! すでにご存知だよなぁ! 世界と世界をまたにかけて、悪の不始末をぶっ飛ばしていくサイコーにイカしたイェーガー!」
シャルロッテ・ヴェイロン(お嬢様ゲーマーAliceCV・f22917)だった。
彼女は電脳ゴーグルを頭、表面に走る光と共に猫耳ヘッドフォンの片側を耳から離して、オーディエンスに応える。
熱烈熱狂的なキマイラっ子たちの声援を受けて彼女が手を振った瞬間、巨大な深海魚……『バイオリュウグウノツカイ』が、その長い体躯を揺らめかせ、レーザー光とスポットライトを受けて幻想的に揺らめく。
流れるはクリスマスソング。
シャルロッテがこの日のためにアレンジしたテクノポップ。
今夜のクリスマスレイヴパーティに相応しい音にキマイラっ子たちは酔いしれる。そして、彼らは己の頭の中にあったセットリストを音の洪水に寄って押し流されていく。
「――さあ、ミュージックをはじめようか」
彼女の言葉と共に曲調が変わる。
転調から転調に次ぐ音。
それは銀河の海を征く船をイメージしたかのようなスペイシーな楽曲。
さらにファンタジックで荘厳なオーケストラが続く。
まるで世界のごった煮のようなセットリストなのに、それでもシャルロッテのディスクジョッキーたる資質はじゃじゃ馬を乗りこなすようにして、音を奏でていく。
ディスクを掲げる。
「どんどん行きますよ」
汗が散る。
冬の空の下だっていうのにシャルロッテの額には汗が浮かぶ。
一心不乱に音を奏でる。
頭の中で音が響いている。次なる音を再現するために、脳内物質がドバドバ放出されているのを感じる。
楽しいってことだ。
複雑な言葉も、難解な単語も、そういう賢い言葉なんてものはグルーブの直感じみた感覚を前にしては意味を成さないのだ。
だからこそ、音の奔流は激情すら押し流していく。
そして、同時に押し流された感情はさらに増幅されて体に返ってくるのだ。
「おおお!!!」
キマイラっ子たちが叫ぶ。
シャルロッテは面を上げると、そこにあったのは踊り狂うキマイラたちの姿だった。
会場全体の感情がミックスされている。
自分が多くの世界を経験し、多くのことを知ったように、このレイヴパーティもまたそうなのだ。
「いろんな感情が見えるようですね。だから、もっと、もっとですよ!」
曲が変わる。
ディスクを入れ替える。
宙に投げ放たれたディスクを受け止めて、シャルロッテは声を張り上げる。
「Put `em Up!」
その言葉にキマイラっ子たちが両手を上げる。
声援が飛ぶ。
ターンテーブルが回る、回る。それに合わせるようにしてシャルロッテの指先が宙で弧を描けば、キマイラっ子たちもまたその場で回る。
速度も、弧を描く回転の美しさも不揃いだけれど。
それでも一体感が生まれている。
みんなが耳だけではなく、五感で音を楽しんでいると理解できる。
「ハウってもご愛嬌です! さ、みんな叫びましょう! 空に向かって! この歌を!」
響くは歌声。
電子の歌姫が歌うは、猟兵を象徴するナンバー。
シャルロッテの瞳に輝くは『ユーベルコード』――彼女がリミックスした音は、彼女だけのものだ。
一度聞いたら、もう忘れられない。
夜を徹して踊る。
アンコールは鳴り止まない。
なら、応えるまでだ、とシャルロッテは笑う。
額から流れる汗が頬を伝っても。
何度だって応える。
だって、聖夜は今しかない。空が紺色に染まっていく。
ミッドナイトブルーを通り越して、朝焼けの色に白く染まっていく水平線。
吐く息は白く染まる。
けれど、それは熱気を帯びたものだった。
「アフターアワーズについてくる遊び足りないキマイラっ子は、Dopeですね。なら、Diggin! Diggin! もっと踊りましょう!」
シャルロッテの言葉にレイヴパーティは盛り上がりすぎて、夜を徹しても、朝を迎えても止まらない。
オールナイトなんて生ぬるい。
それこそ、今日が特別な日だってことも忘れて。上がるバイブス。
毎日が特別なんだって思い出すように、シャルロッテは音を奏でるのだった――。
成功
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