一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)が黒板の文字が見え難い、と感じたのは中学二年生の冬の頃。数学の図形問題で、黒板に描かれた図形はわかるのだが図形の点部分に小さく書かれたアルファベットが読めなかったのだ。
軽く目を細めて見れば何となく判断はついて、それからはしかめっ面で板書していたのを隣の席だった知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)に指摘され、自分はもしかして目が悪いのではないかと気が付いた。
「ミカ、こーんな顔やったで」
こーんな、と言いながら飛鳥が眉間にぐっと皺を寄せ、しかめっ面をしてみせる。
「気が付かなかった」
「ずーっとそんな顔してたら、眉間の皺が取れんなるで?」
笑いながらも少し心配するような飛鳥の声音に頷いて、帝はその日の内に母親に目が悪くなっている事を伝え翌日には眼鏡屋に行く運びとなったのであった。
「え、今日行くん?」
「ああ、早い方がいいって言われてな。学校の帰りに商店街の眼鏡屋に寄って来いって」
「ふーん……なあ、ミカ!」
なんだ? と帝が飛鳥を見れば、わくわくしたような顔で飛鳥口を開く。
「俺も行く! 一緒に行ってもええやろ?」
「別に構わないが……面白くないんじゃないか?」
自分の眼鏡を選ぶ訳ではないだろうし、つまらないのではと帝が言う。
「ミカはわかってへんな~、自分に縁のないとこやから行きたいんやって!」
確かに、飛鳥の視力は両目共に良い。今のところ眼鏡とは縁遠いだろう。
「そんなものか?」
「そ! 眼鏡屋なんか、俺行ったことないもん。そしたら、決まりな!」
眼鏡を買いに行く帝よりも楽しそうな顔で飛鳥が笑うものだから、帝は飛鳥がいいならと頷いた。
学校が終わって放課後、二人並んで商店街へと向かう。
「どんな眼鏡にするか決めてるん?」
「いや、まったく。見えればいいかなって」
「ミカらしいなぁ、眼鏡にも色々あるやん? 丸いんとかー、四角いんとか、ハートの形とか!」
「……普通ので」
奇抜なものではなく普通の眼鏡でいいと帝が言えば、目立つチャンスやのに~と飛鳥が笑う。目立つ為に眼鏡をする訳じゃないんだが、なんて話ながら歩いていれば眼鏡屋にはあっという間に到着だ。
「わ、いっぱいあんなぁ。ハートの形はなさそうやけど」
ショーウィンドウから飛鳥が店内を覗き込むと、店員が会釈してくれたので入口へと向かう。自動ドアが開き、帝が入った後ろから飛鳥もついていく。
「すいません、眼鏡を作りたいんですが」
「はい、初めてのご利用ですか?」
店員の問いに頷き、まずは視力測定からと帝が測定器へと案内されていく。
「飛鳥、ちょっと待ってて」
「ん、その辺見てるからごゆっくり~」
色々な眼鏡がある、と視線をあちこちに向けながらも、どんな風に視力を測るのかと帝と店員の会話にも耳を傾ける。
「黒板の字が見え難くて」
「手元は見えやすいですか?」
「はい」
「それなら近視ですね。こちらの機械に顎を乗せて、額をつけて……そうです、そのままリラックスして見える映像を見てくださいね」
機械で視力を測るのかと、飛鳥が目を瞬かせる。視力測定といえば、片目を隠して検査表の輪っかの開いている方向を指さすものしかしたことがないからだ。
話を聞いていると赤だとか緑だとか、平仮名を読み上げたりと珍しさがあって飛鳥はいつの間にか帝の後ろに立っていた。
「はい、これで視力検査とレンズの調整はおしまいです。次は眼鏡のフレームを選んでくださいね。気に入ったのがあったら持ってきてください」
「はい、ありがとうございます」
礼を言って立ち上がり、飛鳥はと後ろを向いたらすぐ近くにいたので、帝が小さく声を上げる。
「あ、飛鳥?」
「視力検査ってそんな風にするんやなぁって」
「ああ、学校でやるのとは違ってたな」
「ちょっと面白いな! 次はどの眼鏡にするか決めるんやろ?」
行こ、と飛鳥が帝の手を引っ張り、二人で店内を巡っていく。
「レディース……やのうて、メンズとユニセックスやな」
こっちや、と立ち止まって端から端まで眺めてはあれでもないこれでもないと品定めだ。
「ミカ、ミカ、見て」
「ん、いいのあったか?」
「じゃーん」
呼ばれて顔を上げれば、飛鳥が赤縁の眼鏡をかけて、指先でくいっと眼鏡を上げるポーズをしている。
「ふふーん、俺の眼鏡姿もどやっ?」
「|……似合ってる《か わ い い》」
「そうやろ? そうやろ?」
へへー、と笑う飛鳥は本当に可愛くて、伊達眼鏡もありじゃないかと帝が思っていると飛鳥が眼鏡を戻して、じーっと帝を見つめてくる。
「……どうした?」
「うーん、ミカにはやっぱり四角いのが似合う気ィするなぁ」
「四角い?」
「うん、こういう奴。知的! クール! って感じがして!」
飛鳥が手に取ったのはスクエア型をした細身の黒縁眼鏡で、メンズライクな良さがあった。
「じゃあそれで」
「早っ!?」
それ、と手に取ろうとした帝を飛鳥が制し、元の場所へと戻す。
「どうして? 似合うんだろ?」
「いやいやいやいや、四角いんは他にも色々あるやん!」
「どれも似たようなものに見える」
「ちゃんと見てる??」
実際の所、眼鏡も見ていたがそれよりも眼鏡を見てはしゃいでいる飛鳥の方が可愛かったので、きちんと見ているかどうかと言われると怪しいところだ。
「ほら、こっちのはフレームが上についてたり、下についてたりするやん?」
「ああ」
飛鳥に渡されたものを試着しては鏡を見てから戻し、また渡されたものを試着する。確かに印象は少しずつ変わるけれど、これだという決定打に欠けているような……と戻したところで飛鳥が声を上げた。
「お、フレームが無いのもあるやん。へー、これええんとちゃう?」
渡されたそれをかければ、目の端にちらりと映る縁がなくすっきりした視界だと感じる。
「俺としてはミカの素顔も好きやから、これなら眼鏡が自己主張しすぎんくてええかなぁて……」
どうやろか、と飛鳥が言うよりも早く帝が口を開く。
「よし、これにしよう」
「だから早いて!」
「いや、これがいい。視界もクリアだし」
何より、飛鳥がいいと言ったのだから。
「そう……? ほんならええんやけど」
これにする、と決めて持っていくと明日には渡せると言われ、引き換え用の紙を渡された。代金は商品と引き換えで、その金額に少しだけ目を瞠って頷く。店員のありがとうございました、という声に背を押されて店を出ると、どちらからともなく顔を見合わせた。
「眼鏡って、意外とするんやな」
「そうだな……大事に使わないとだ」
なんたって、飛鳥が選んでくれたものだから――と、心の中で呟いて歩き出す。
明日になれば、新品の眼鏡が手に入る。きっと視界は明るくなるだろうし、しかめっ面をすることも少なくなるだろう。隣を歩く君の顔も、遠くからだってよく見えるはず。
翌日、眼鏡屋に眼鏡を受け取りに来るときも飛鳥はついてきたし、眼鏡をかけた帝を見て。
「やっぱり、よう似合ってるやん! さすが俺の見立てやな!」
と、眩しい程に笑うから、帝は眼鏡の奥の瞳を少しだけ細めて飛鳥を見つめたのだった。
成功
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