デリバー・トゥ・ユア・ハート
●葛藤
きっと、と思う心がある。
それは自分自身の問題であって彼女の問題ではない。
秘めたるが華。
言葉面はいいけれど、ただ足踏みしているだけなのかもしれないとティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)を前にした思う。
相応しい相応しくないで言ったのならば、彼女に相応しい者なんていないだろう。
誰一人としていない。
居てたまるかとさえ思う。
●期待
淡い思いが心にある。
自分の心にあるのに、自分では形にできない心。
あやふやで、そうであることがいいと思うもの。
わかっている。
これはきっと、そういうことなのだ。
言葉にすれば溶けて消えるようなものであったし、泡沫のように、ぱちんと波紋を生み出しては何れ消えゆくものだった。
けれど、どうしたって、と東雲・黎(昧爽の青に染まる・f40127)のことを思う。
心に湧き上がってくるものを止められない。
形にできなくても湧出する感情に歯止めが効かない。
どうか、と願ってしまう。
眼の前にいる彼の青い瞳に自分が映っていて欲しいと思う。
●インプロビゼーション
深夜。
手を取られた力の強さが、思ったよりも力強くてティアは少しだけ胸が高鳴るのを覚えた。
いつもよりも少しだけ厳しいような、緊張しているような、そんな震動めいたものを体が感じる。
逆に黎は彼女の手首の細さよりも、体温の高さに己がこれから何をしようとしているのかを、ハッとさせられていた。
「れーくん、何処に行くの?」
こっちだ、と彼が言うから手を引かれるままに歩く。でも、ティアは手を引っ張られるよりも、と彼の手を掴む。
ただそれだけで黎の中にあったプランというプランはまるで役に立たなくなってしまった。吹き飛んでしまった。
自分が何をするつもりで、何処にいくつもりで、彼女に――。
「こっちだよ」
とっさに出た言葉だった。
元よりそこを目指していたのかもしれないけれど。でも、それでも黎は己の心中を悟られまいと彼女が掴んだ手、その熱を感じ取って指と指とが絡まるのを黙って肯定するしかなかった。
ぶっきらぼうな言葉はただの照れ隠しの反射だ。わかってる。だけど、止めようがない。もっとスマートにやれたのなら、と思わないでもないけれど、これが自分なのだから仕方ない。
「ここ、教会だよ? なんで?」
どうして? と首を傾げるティアの手を取って引き寄せる。
ステンドグラスの色ガラスが光を自分たちに降り注がせている。
綺麗だと思ったのは、それを作った者たちへの賛辞ではない。黎が綺麗だと思ったのは、目の前の砂糖菓子のような彼女の姿だった。
何物にも代えがたいと思う。
膝を折って、彼女の足元に黎はかしこまったように見上げる。
「これをあんたに」
彼女の足を大切な、最も大切なものを扱うようにして触れ、黎は硝子の靴を添える。
名も知らぬ誰かを求めて、足のサイズだけを頼りにして走り回る誰かではない。
迎えに行く者の名も知らず、ひと目見た顔さえも思い出せぬような者にはなりたくない。だから、黎は見上げる。
青色の瞳で真摯にティアを見つめるのだ。
頬が赤い、とティアは思った。
彼の、ではない。
自分の頬が、だ。
自覚できるほどに頬が熱を持っている。
硝子の靴の意味を、その童話の名を知らないわけがない。
だから、冷たい硝子に触れる前に温めるようにして手を添えた彼の手の温もりのほうがうれしかった。
「ねえ、れーくん。これって期待してもいいのかな?」
「さあな、どう思うかはあんたの自由だ」
黎の言葉にティアは、もう、と素足でもって彼の手のひらに足を乗せる。
その様子に黎は息を吐き出すように、苦し紛れに言うように、一歩を踏み出す。
「でも、まあほんの少しだけ……勇気を出したと思って貰えれば嬉しいな」
その言葉にティアは足先で彼の手のひらをなぞる。
これはきっと魔法だ。
自分がかかった魔法だと思う。
なら、どうか。
「ぼくは解ける魔法よりも解けない魔法を信じるんだよ。れーくん。ぼくはね」
ぼく、と言う彼女はとっくに心を許している。
童話のように立場だけで心許すわけではないのだ。
きっと彼が望むのならば、自分は灰だって被って見せるだろう。他のどんなことだってやってみせるだろう。
それだけの期待が彼女の胸にはあった。
けれど、彼がこれを、『勇気を出した』結果だっていうのなら。
微笑む。
吐息のような笑みを浮かべるティアは、誰がどう見ても魔法の階段を上っていくお姫様じゃあなくって。
『君だけのシンデレラ』になりたいと思ったのだ。
傍にいてほしい。
彼が踏み出したのなら、自分は階段を駆け上がろう。
「この硝子の靴なら、駆け下りていくことなんて考えないよ?」
例え、魔法が解ける零時を過ぎたって。
それを証明するために時計の針が天頂を示して鐘が鳴っても、ティアは黎に微笑むのだった――。
成功
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