其は霹靂と一緒で、先ず光って、次いで音が鳴る。
これまでスマホの挙動を漠然と見ていたものだが、ソファに置いた端末が着信を示す時、画面が光ってから音が鳴る――些の僅かな時間に胸が跳ねるようになったのは、最近の事。
いつからと云えば、慥かに言えるのは、幼馴染の親友とクリスマスイブの約束を取り付けた数週間前から。
何気なく目を落としていた発信元に感情を搖り動かされる自分が居る事に、知花・飛鳥はもう気付いていた。
「……お、いいんちょやん」
光を帯びるスマホに一瞬ドキッとして、液晶画面に浮き上がる名前を確認し、一瞬でホッとする。
その感情が音色に滲もうか、繊麗の指がスワイプして回線を繋げば、向こうも同樣の気安さで佳聲を彈ませていた。
「よっ、飛鳥」
明快で芯のある聲の主は、クラス委員長。
飛鳥の同級生で、高校一年生の時から……否、小學校時代からずっとクラス委員長をやり続けてきたしっかり者は、最早「委員長」が渾名となった生粋のリーダー。故に飛鳥も「いいんちょ」呼びが染み付いている。
クラスで耳にする時と同じ伸びやかな聲を聽いた飛鳥は、扨てどんな聯絡だと柔かく語尾を持ち上げた。
「おー、どないしたん?」
クラス企画か、學期の行事か、果して。
賑々しい事を好む飛鳥が興味深げに訊ねれば、彼も樂しみを打ち明けるよう嬉々として切り出した。
「今年のクリスマスイブって日曜日だろ?」
「せやな」
「だからさ、お前の誕生日祝いとクリスマス会を兼ねて、どっか遊びに行かね?」
「あ~……俺の……」
途端、胸に温めていた記憶が迫り上がってくる。
クリスマスと誕生日が重なる「特別な日」を祝ってくれる友達から誘いがあるかもしれぬとは、数週間前に予想していた事だが、今、其が現實となった訳だ。ビンゴ。
「他の連中も誘って、カラオケとかボウリングとか……でも先ずは主役にやりたい事を聞かないと、と思って」
この配慮ある企画力。矢張り委員長はリーダーシップがある。
彼を心から尊敬するし、親切も有難いと口元を緩めた飛鳥は、然し櫻唇をむずむず、申し訳なさそうに打ち明けた。
「~~っ、ごめん! 24日は先約があるから、どうしても駄目なんや!」
「先約? えっ、もう予定入ってんのか?」
「せ、せやねん」
誕生日で、クリスマスな日に約束がある――。
回線を結んだ男子高校生は、多分、ここで同じ発想を抱いたろう。
「彼女でも出來た?」
「ちゃうわ!」
云われると思った。だから0.00001秒で返した。
ビデオ通話をしている訳では無いが、どことなく委員長の|アンテナ《・・・・》――勢いで生きる男子高生を纏める人間觀察力か洞察力のようなものが働いているのを悟った飛鳥は、果して彼が一発で的中させると思ったろうか。
「じゃあ……もしかして一ノ瀬か?」
「ふぇっ!? なん……なんで!?」
「然うか、一ノ瀬・帝か」
「えっ、いや、その……! まだ何も云うてへんけど……っ!?」
一ノ瀬・帝――。
委員長の口からその名前を聽いた瞬間、身体の中でシュワッと泡のようなものが彈ける。
コルクを回したシャンメリーが、ふつふつと気泡を溢れ差すような――妙に擽ったい音色に頬を染め上げた飛鳥は、回線を繋いだ向こうで吃々と含笑する委員長に|狼狽《どぎまぎ》する。
而して本人が否定しない事を「是」と受け取った委員長は、少々聲色を落として含みを持たせ、
「相變わらず分かりやすいなーお前」
と、冗戯をひとつ。
先約が入っていたのは残念だが、これくらい詰っても|予約先《・・・》は許してくれる(たぶん)と思っての戯れだ。
斯くして返答に戸惑う飛鳥を一頻り愉しんだ彼は、元の明朗を戻して告げよう。
「いや、逆に他校の見知らぬ女子とかじゃなくて良かったと思ってる。一ノ瀬は信頼できるし」
「まじで。誰より頼れる|甲斐性者《かいしょもん》が言う……?」
「今は俺達と別クラスになったけど、一年の時、お前の隣に居るあいつの事も見てたから。任せられるっていうか」
「……いいんちょ、探偵なれるんとちゃう?」
飛鳥は驚嘆の息を零しているが、その實、帝が飛鳥に抱いている感情には一年生の時から何となく気付いていた。
親友で。幼馴染で。でもそれだけでない感情が、硝子の奧に祕めた黑橡の瞳に煌いているとは思っていたが、本人が隱している感情を暴く無粋もしなかった。唯、彼等が時計の針を進めようとしているのなら、今やゆっくり動き出した齒車を見守りたいと思う。
時に委員長は幾分にも柔らかな佳聲を回線に乗せ、
「誕生日もクリスマスも年に一度しかないんだし、特別な日と重なるなら猶のこと樂しんでこいよ」
「お、おう」
「あ、あと結果報告も宜しくな~」
「結果報告!? 何のやねん!?」
再び喫驚に聲を上擦らせる飛鳥に、今度はケラケラと笑う。
初々しい彼の反應に滿足した委員長は、最後に、他の誰かが同樣の企画を発起した時には、己が上手いことフォローしておくと留め置いて通話を終了する。
その根回しの良さにも感動を覺えた飛鳥は、暫ししてブラックアウトしたスマホに目を落とすと、黑い鏡面に映れる己に大いに動搖した。
「……っっ……自分、なんちゅう顏して……」
眼眦を恥らいに緩ませ、羞恥が紅潮となって頬を彩って。
ビデオ通話でなくて良かったと改めて思うほど、照れた己の表情は顕らかで――鏡面を遮るように差し入れた左腕に赤面を埋めた飛鳥は、ここで漸と大息を吐いた。
(「……こんなん、|宛《まる》で」)
耳まで火照るとか。心臓が煩いほど早鐘を打つとか。
蓋を開けた瞬間、胸の奧からシュワシュワと泡を躍らせ溢れてくるモノの正体を、己は多分に「知っている」と櫻唇を結んだ飛鳥は、腕を瞼に押し當てた儘、ズル……とソファに橫臥わる。
刹那、肌膚に觸れる革の冷たさが有難いと躯を落ち着かせた飛鳥は、終話の間際に聞いた委員長の科白を反芻し、
「結果報告って……ほんま何やの……」
まさか進展があるとでも云うのか、なんて。
呟々とツッコミを入れつつ、僅かにも期待している自分が居る事に気付いたか――飛鳥はまた熱を上げる頬をソファに押し込めるのだった。
成功
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