散歩するアリウム・シーパ
●欲するもの
望めば望んだだけのものが手に入る人生というものがあるのだとして、きっと自分はそうではないと気がついたのはいつの頃だっただろうか。
世界は好きなもので溢れている。
やってみたいと思うことだってそうだ。
けれど、世界は自分にそれを許してはくれない。
『人生設計図』というものが、たった一枚の紙切れみたいなチャートシートが自分の眼の前に立ちふさがっている。
押せばペラリと揺れるようなたった一枚の紙切れ。
けれど、暖簾に腕押しという言葉あるように、自分があれをしたい、これをしたいと願っても、そこに記されていなければ何一つ許されない。
それが|『統制機構』《コントロール》が定めたことであるから。
「そりゃあ、疑問がなかったのかなんて言われたら、疑問しかなかったですし?」
ゴッドゲームオンラインというゲームを知ったのは些細な出来事だった。
ログイン画面を前にした時、これはよくないことだと理解もしていた。
『統制機構』が敷くレールから逸脱することだと。
踏み出してはいけない場所に己が足を踏み出そうとしていることだってわかっていた。
「でも、それでもあんなの見せられたら」
彼女は望んでいた。
何を。
「ものをつくりたいって思っちゃうじゃない」
彼女は端的にそういった。
小鹿・湖月――いいや、此処での名前はノーチェ・ハーベスティア(ものづくり・f41986)と言う。
胡桃の他国言語と収穫祭を組み合わせたハンドルネーム。
そう、彼女は、ノーチェは『ものづくり』がしたいと願ったのだ。
此処でならできる。
誰の目に憚られることなくやってみせることができるのだ。
素材回収クエストを受けていたノーエチェは冒険者ギルドの受付である亜麻色の髪をした少女NPCにクエスト完遂の報告がてら雑談していた。
他愛もない話だけれど、AIとは思えない反応を返してくれるので、ついつい話し込んでしまう。
「そうしたらもう止まらないし、止められないし、止めるなんて考えられないでしょう?」
「そういうものなんですか?」
NPCの言葉に彼女は笑った。
確かにゴッドゲームオンラインの内部ではアイテム合成や建築システムによってあっという間にアイテムや建築物を作り出すことができる。
現実ではありえないことだ。
それは二重の意味で、だけれど。現実では予定にない物を作り出すことは禁じられているし、一瞬で物が出来上がることなんてない。
「そうなんです。私、何かを作りたいって思ったから」
「楽しんでいるんですね、今を」
「ええ、とってもね。他のプレイヤーさんたちからしたら、生産職なんて、って思われるかも知れないし、花形ジョブでもないかもしれないけれど」
それでも、ノーチェは自分が『ものをつくりたい』という望みを今まさに叶えられていることに喜び、胸を満たしている。
でも、不思議なことだ。
『ものをつくりたい』という、ささやかな望みは確かに今叶ったのだ。
けれど、後から後から湧き出してくるのだ。
枯れることのない源泉のごとき望み。
いや、それは望みというにはあまりにも際限のないものだった。望みというより願い。願いと言うよりは欲求。
「今、私、とっても楽しいって思ってます! 作っても作っても、まだ足りないって!」
初めてアイテム合成した時の感動は忘れられないのだ。
そして、今は素材集めに勤しんでいる。
月光弓の弦を引けば、アイテムの素材となるモンスターを撃ち抜くことができる。
ドロップアイテムもそうだが、剥ぎ取りによって多くのアイテムが得られる。
背負ったリュックは特別製のアイテムストレージだ。
吊るしたスコップやコップ、後はモンスターからの緊急退避のための煙幕アイテム。
それに剪定ハサミやナイフホルダー、合成アイテムを一括して完了させる小鍋。
「これもアイテムガチャから出たんですよ。ふふ、サイドバックも素材を区分する機能もあって、薬草だったり木の実だったり、いろんな分け方ができるんで便利です。それに、カワイイでしょ、デザイン!」
こっちのホルダーは自分でアイテム合成で作り上げたのだ、と嬉しそうに語っているのを亜麻色の髪をした少女のNPCは笑って頷く。
「木の実……?」
「はい、お手伝い動物のクルミちゃんです! 木の実アイテムで素材アイテムを手伝ってくれるんですよ」
かわいいでしょ、と木の実アイテムをホルダーから取り出すと肩に乗っかって受け取る。そのままかじりながら素材アイテム収集に走っていくのだ。
「じゃあ、こっちの鍬は……?」
「私がレンタルしている農地スペースを耕すアイテムです! あ、そろそろ農地エリアの収穫時間ですね! 行ってきます!」
話しすぎちゃったかな、とノーチェは思ったが亜麻色の髪をした少女NPCは、また、と手を振ってくれている。
その様子に安心しながら彼女は農地スペースに走っていく。
今日はどんな作物が出来ているだろうか。
もちろん、アイテムが収穫されるのだが、その収穫したアイテムを使ってさらに別のアイテムを合成できるのだから、生粋のクラフターでもあるノーチェの足取りは軽い。
それに今回は耕作完了時間がちょっとおかしなことになっていた。
普段よりも時間がかかっているのだ。
「でも、何ができるかわからないっていうのも楽しい、か、も……」
あれ、と彼女は目をこする。
なんか妙なのが見える。
農地スペースになんか動く物体がある。
足みたいに見えるのは根っこか?
「おかしいな、私、玉ねぎが歩いているみたいに見えちゃってるんだけど」
ごしごしと目元をまたこする。
いる。
農地を元気に散歩するみたいに動き玉ねぎが。
「……んええええ!?」
え、なんで!?
なんで玉ねぎ歩いているの? ゴッドゲームオンラインだから?
え、それでも見たこと無い。
分類を見るとモンスターじゃない。アイテムである。
『たぶん玉ねぎ』
「たぶんって何!?」
ノーチェはわけがわからなかった。
でも、わかる。アレは自分が生み出してしまったものだと。そして、彼女は後に知ることになる。
自分が猟兵というものに覚醒してしまったことを――。
成功
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