トーラーは示す、エースの所在
●キャンプ地
『第三帝国シーヴァスリー』はオブリビオンマシンの蠢動によって壊滅的な破壊に見舞われていた。
幸いにしてプラントを他国に奪われたという事実はない。
けれど、首相を失っている。
『ノイン』と呼ばれた存在。
彼女の存在は『第三帝国シーヴァスリー』において大きな意味を持っていた。
キャバリアの操縦技術だけではなく、政治的な手腕も持つ彼女の存在は平和な『第三帝国シーヴァスリー』の内政において要そのものだった。
けれど、彼女がオブリビオンマシンに囚われ、壊滅的な破壊をもたらした事実は人々に大きな喪失感をもたらしたことだろう。
「『ノイン』首相は行方不明、か」
『第三帝国シーヴァスリー』の兵士たちは、己たちに命令するものを失って途方にくれていた。
本来であれば。
そう、オブリビオンマシンを手繰る者にとって、本来であれば、の意味であるが、『第三帝国シーヴァスリー』は新たな小国家『プラナスリー』に吸収される形になるはずだったのだ。
徹底的な破壊。
それによって人的な損害がどれだけ出ようとも彼らには関係のないことだ。
彼らは無人とも言うべき荒廃したかつての平和の園に踏み込み、プラントを得ればよかったのだ。
だが、猟兵たちの働きによってプラントのみならず、『第三帝国シーヴァスリー』の人々も救われている。
大きな誤算が生まれている。
人とは確かにリソースである。
けれど、人をリソースたらしめるのは、彼らが生きて生産していればこそだ。だが、生きる以上、コストがかかる。
小国家『プラナスリー』の誤算は其処である。
『ノイン』首相による平和な内政。その結果、『第三帝国シーヴァスリー』の内部には多くの戦えないが、生きている人々というコストしかかからない者たちしかいないのだ。
だからこそ、『プラナスリー』は跡地となった『第三帝国シーヴァスリー』に介入してこない。
プラントを得るために、多大なコストとなる彼らをも得るのは得策ではないと判断したのだろう。
とは言えである。
破壊され尽くした国内の跡地を前にしても人は生きていかねばならない。
生きる術がわからなくっても、生きている以上、生きていかねばならないのだ。だが、その指針を打ち出すことのできる人材がいないのだ。
「なんか大変そうだね!『第三帝国シーヴァスリー』跡地をキャンプ地とする!」
違った、と月夜・玲(頂の探究者・f01605)は頭を振る。
彼女は『第三帝国シーヴァスリー』を巡るオブリビオンマシンとの戦いに参じた猟兵の一人だった。
「折角、『第三帝国シーヴァスリー』ボロボロになってるんだから、火事場泥棒しようぜ!」
違うったら。
玲はもう一度首を振る。なんていうか、我欲が漏れ出ている気がする。しかし、彼女はそれを隠さない。それもまた人の側面であるからだ。
それを否定しては己が己ではなくなってしまう。
だからこそ、彼女はテイクスリー! と言わんばかりにもう一度宣言する。
「何か『グリプ5』に連れて行く前に『ノイン』首相を湯治に連れてきたから」
彼女のその言葉に温泉小国家『ビバ・テルメ』を運営していた四人の『神機の申し子』たちは目を丸くした
唐突が過ぎる。
今回もまた、と思ったことだろう。
玲は突如として姿を表して、四人の『神機の申し子』たちを引っ掻き回していく。
「ど、どういうことですか?『ノイン首相』って……」
『エルフ』が、え、まさかと、玲が抱えている女性を見て口をつむぐ。
なんで?
え、なんで敵国の首相が其処に? と尤もな疑問を抱く。
「誘拐してきた!」
「誘拐!? な、何故です!?」
『ツヴェルフ』の言うことに玲は深く頷いた。頷いただけだった。説明は? してくれない感じなのかと彼女は思った。してくれない。
「深くは聞くなということだろうか!」
「静かにしようか! こっちは病人を抱えているんだよ!!」
ぴしゃ! と玲は『ドライツェーン』の言葉を遮る。
どう考えても玲の方がうるさかったけど、と『フィーアツェン』は思ったが黙っていた。いらん事言うと絶対余計なことをやらされると知っているからだ。
けれど、玲はにっこり笑っている。
あ、これ絶対逃げられないやつだと四人の『神機の申し子』たちは理解してしまった。
「色々情報もらって炊き出しでも行こうぜ!!」
えぇ……相手敵国だったし、つい最近不平等条約を締結されてしまった相手なのだ。
普通なら助ける義理も何もない。
それは小国家『ビバ・テルメ』の民意であったことだろう。
けれど、玲は関係ないと言わんばかりに手で彼らを制する。
「御意見無用! あ、うそ嘘。嘘だってば。いや、本当に『第三帝国シーヴァスリー』はボロボロのボロなの。大変なんだよね。袖振り合うも多生の縁って言うじゃない? 大変な人は見捨てておけないのが人情だし、君たちは」
そういう人達でしょ、と玲は笑う。
よくわかっているようだった。
『神機の申し子』たちは確かに造られたアンサーヒューマンたちである。
だからこそ、分かっている。
生きるということの困難さが。故に、彼らは窮地にある者たちを捨て置くことができないのだ。
「そ、そ、それは……」
「そこでどもる時点で、そうだって言ってるようなものでしょ。まあ、ほら。そういうのは建前にしておいてさ。あ、違うか、これ逆だね」
玲は笑う。
「建前としては、援助ついでに『第三帝国シーヴァスリーfeat.温泉国家』とかに改名して傀儡政権作ろうぜ!」
「逆! 普通、それは逆では!?」
「まあ、いいじゃん。新しい産業も生まれるよ? 雇用だってばっちりだよ? あっちには手つかずのプラントがごっそりあって、いろんな物を生産すればお安く仕入れができちゃうよ?」
そう、温泉国家『ビバ・テルメ』の短所は、観光資源と僅かなプラントしかない、というところである。
これから来る冬に備えるのならばプラントの増設は不可欠である。
けれど、この小国家にはキャバリア戦力が極端に少ない。
厳密に言えば、今動けるの四人の『神機の申し子』が駆るサイキックキャバリア『セラフィム』の四機だけなのだ。
「……でも、僕らが動けば」
「自分たちだけで全部解決するってのいうのは止めたんでしょ。なら、ちょっとはこの国の皆を信用しても良いんじゃない?」
「……信頼しろ、と?」
「任せることも大切だよ。それに気がついてないわけじゃないでしょ――?」
●湯治
「とは言ったけど、まあ、湯治はするよね」
玲は四人の『神機の申し子』たちに『第三帝国シーヴァスリー』の跡地を任せて、温泉国家たる所以である温泉に身を浸していた。
湯気立つ温泉。
たまらん。
骨身にしみる。かこーんって鹿威しの音が聞こえる。
別に野生動物がいるってわけでもないだろうに、と玲は思ったが、まあ、こういうのは雰囲気である。
「んん? なんかあれ、形変わってない?」
玲は温泉から見た、『第三帝国シーヴァスリー』に向かう四機の『セラフィム』の変化に気が付く。
赤と青の装甲は変わらない。
けれど、装備が異なっている。
『エルフ』機は大型突撃槍を手にしている。
『ツヴェルフ』機はアサルトライフルと積層可変シールドを有している。
『ドライツェーン』は大型のスナイパーライフルの如き砲を抱えていた。
『フィーアツェン』の機体は背面部に何かの装置のようなものが増設されている。
「あんなんだったっけ?」
違うったよなぁ、と玲は記憶を掘り返す。
彼らの機体『セラフィム』はサイキックキャバリアであり、光の渦を越えてやってくる。しかし、赤と青の装甲に包まれている以外は、プラズマブレイド以外の装備はなかったようだ。
なのに、今見た彼らの機体は異なる装備をそれぞれに有していた。
『ビバ・テルメ』にあのような装備を作り出す余裕はない。
「ま、いっか。気にしない気にしない。で、体調はどう、『ノイン』」
首相、と付けなかったのは玲なりの気遣いであったのかもしれない。
呼びかけられた『ノイン』は息を吐き出すようにして、温泉の温かさに溶けていた。彼女はオブリビオンマシンに囚われていた後遺症で目覚めていなかったが、ようやく意識を取り戻していたのだ。
そして、玲の勧めに従って、こうやって『ビバ・テルメ』の温泉に浸かっているのだ。
「おかげさまで。しかし、私がこうしていていいのでしょうか」
「だって、あのままあの場にいるのは危険でしょ。首相がいきなりトチ狂ってキャバリアで自国を滅ぼしました、なんて」
そんなの小国家の民に石を投げられる程度で済めば良いくらいことをしてしまっているのだ。たとえ、それがオブリビオンマシンによる望まなかった事であったとしても。
一般人たちにはキャバリアとオブリビオンマシンの区別などつかないのだから。
「だから、行方不明、消息不明のままがいいんだよ」
玲は温泉のお湯を掌に掬って見せる。
指の間からこぼれ落ちていくお湯を見やる。それは世界のあり方を示すようでも在った。
どうあっても全てを救うことはできない。
掌の湯を全てこぼさぬことができないように。
「それで、何もただの善意で私を匿っているわけではないでしょう。私を如何がなさるおつもりですか」
「いきなり核心ついてくるじゃん」
玲はおかしそうに笑った。
せっかく、『グリプ5』からの誘拐依頼の寄り道しているのにせっかち、と笑ったのだ。
「物事は簡潔に。それでいて果断に、とが私の信条です」
「なら、簡単だよ。どうにもしなーい。『グリプ5』までは君を送り届けるけど、『グリプ5』のあの子らも君をどうこうしようって思ってないよ」
その言葉に『ノイン』は眉根を寄せる。
意図するところがわからなかったのかもしれない。
己を誘拐する。
けれど、誘拐した後に身代金をどうこうでもなく、殺すでもないと言う。
まるでわからない。
「ならば、何故」
「言ってもわからないから説明しないけど。でもまあ、君を助けて欲しいって言った子が居るってことだけは覚えておいてよ。そして、それはあの『グリプ5』に居るってことも」
「それこそ尚更わかりません」
「わかんないかー私もわかんないから、これ以上説明しようがないんだけど」
あっけらかんと玲は言い放つ。
守秘義務とかどうなってるんだと『ノイン』は思ったが、しかし、元々そういものを求めない依頼主であったのかもしれないと彼女の中で判断を下す。
「わからないことだらけですが、たった一つだけわかることがあります。私はあなた方に感謝しなければならないことを」
「生命を救ってくれたなんて思わないでいいよ」
「違います。我が小国家の民に対する人道的な措置に、です。彼らは戦う術を保たない。私がそれを奪ってしまったからです」
平和のために。
その言葉に玲は手をふる。
「あー、いーってば。そういんじゃないよ。傀儡政権作ろうぜ! って此処の連中をそそのかしただけだし」
「いえ、彼らはそれを望まないでしょう。これまでの経過からもわかっています」
だから、と彼女は深く頭を下げた。
この後の『ノイン』は『グリプ5』へと向かうことになる。
けれど、彼女としても心残りだったのだ。『第三帝国シーヴァスリー』の後先というものが。だからこそ、玲の言葉に彼女は救われたのかも知れない。
「勝手に救われた感じにならないでよ」
「でも」
「生きることは頼まれなくたって人間やらないといけないことでしょ。だったら、誰かから奪ったり、奪われたりを繰り返す連鎖から離れるきっかけがあったんなら、それに乗っかれば良いんだよ」
そう言って玲は湯を掬う。
どうしたって湯は指の間から落ちていく。
けれど、それでも掌に残る湯があるのだ。
それを顔に叩くようにして玲は頬を濡らす。
「何も心配しなさんな。君は君の生きることをしていればいいんだよ」
そうしたのなら、いつか良い方向に転がっていくからさ、と玲は温泉の岩の縁にもたれかかりながら、空を見上げる。
夕焼けに染まる赤い空。
昇る日はきっと青い空を呼び込むだろう。
なら、と彼女は湯気立ち込める中にあって、『ノイン』の湯治という名目のままに温泉を堪能し、秋風から冬風に変わろうとしていいる季節を思うのだった――。
成功
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