俺の幼馴染が可愛すぎる件
ホームルームが終われば自由の身である。
めいめい教室を後にする級友の群れに漏れず、一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)もまた靴箱へ急いだ。
急いでいる――とはいっても明確な約束があるわけではない。半ば習慣じみた待ち合わせの相手が、恐らくいつものように佇んでいることを当然と信じているだけだ。眼鏡の位置を直しながら辿り着いた昇降口には、やはり見慣れた薄桃の髪が立っている。
「飛鳥」
「ミカ! お疲れ。今日遅かったんやな」
「先生の話が長くなってな」
「災難やん」
幼馴染を目にするや破願した知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)に頷く。歩き出した足の隣に並び、それとなく歩調を合わせながら、帝は己よりやや低い位置にある桜色を見遣った。
今日も可愛い。
朝も同じことを思ったし、昼食を一緒に食べているときもそう思う。冬に傾きつつある秋風が冷たいのか、やや丈の長いカーディガンから覗く指を擦り合わせているさまも実に自然で愛らしい。
だが。
帝の目は誤魔化せない。少し彼が常の調子でないことは確かだ。理由にも心当たりがある。僅かに目を細めた青年は、跳ねるような足取りに問うた。
「今日は元気がないな」
「そらもう憂鬱や!」
何しろテストの時期である。中間といえども侮ってはならない。二年の冬ともなれば教師の目も厳しくなり、同時に総合的な対策が求められるようになって来るものだ。あまり勉強が得意とはいえない飛鳥にとっては気も重かろう。
「数Ⅱのテスト範囲広すぎん? あんなん間に合わへんよ」
大きく両手を挙げて、下ろす。唇を尖らせてみせるあからさまに不満げな表情がまた子供じみて可愛らしい。帝からすれば|広い《・・》とはいえない範囲だったが、飛鳥からしてみれば相当の絶望なのだろう。
この調子では先が思いやられる。だがそれもまた愛しいところだ。こうして同じ高校に進学して良かったと心の底から思える。何しろ点数が低ければ怒られてしまうだろうし、落ち込む姿はあまり見たいものではない。
「――また俺が教えてやるから。怒られない程度の点数は取れるようにしろよ」
「ほんまに!?」
ぱっと顔を上げた飛鳥が破願した。飛び跳ねんばかりに喜ぶさまに仕方がないな――とばかりの顔をするのもポーズである。
「俺一人だったら絶対赤点やわ。ほんまミカがおって良かった!」
このために生きていると言っても過言ではない。帝の心には得も言われぬ幸福だけが満ちた。守りたい、この笑顔。だがそれら一切の感情は、鋼鉄の表情筋を僅かに笑みに傾けるだけに留まった。
軽やかになった飛鳥の足取りと共に、話題は自然と移ろっていく。今日の休み時間にまたぞろクラスメイトがくだらないことをしていた話で笑ってから、紫紺の眼差しが帝を見上げた。
「せや、ミカ時間ある?」
「ああ」
一も二もなく頷いた。飛鳥に使う時間ならば常に無限に等しくある。
承諾を得るだけで心底嬉しそうに笑うところが飛鳥らしい。誰しもにこういう態度を取っているのだろうことは容易に推察出来るが、それはそれで帝にとっては心配だ。すぐにふらふらと騙されてしまいそうな純真ささえ感じる。やはりここは自分がしっかり守ってやらねばなるまい――というより、もうずっと一緒にいればいいのに。
「コンビニ寄らん? 新しいスイーツ出たんやて、ネットニュースになっとったやろ」
「そういえば言ってたな」
飛鳥の甘いもの好きは筋金入りだ。そのあたりの情報は逐一チェックしているらしい。喜び勇んで途中のコンビニに突撃する彼を追って、長躯の方は手持無沙汰に緑茶などを買った。
待ちきれないとばかりに袋の中から取り出されたホイップたっぷりの一口クレープを両手で持った飛鳥は、やはり期待を隠そうともせずにかぶりついた。口の中でよくよく味わうように噛み締め、小動物じみて頬を膨らませる仕草を余すことなく見詰める帝の視線を気にする様子もなく、彼はしっかり生地を飲み込んで笑う。
「んー! うま! 食研最高や!」
「これも活動か?」
「せやで! 俺が部長なんやから、俺が食研言うたら食研やろ?」
まあそうか。
飛鳥の可愛さの前では全てが些事かもしれないと、帝は本気で思った。眩しい笑顔に目が焼かれそうだ。比喩ではなく。だがもし飛鳥の笑顔を見て失明するのであればそれもまた本望である――とまで考えたところで、彼は思い直した。この笑顔が見られないまま生涯を過ごすのは耐えるに難い。
しかし脳裡ではどれほど限界じみたことを考えていても、表情に出力される感情はその内の一パーセントにも満たなかった。表面上、帝は僅かに目を細めたにすぎない。
それゆえに飛鳥が幼馴染みの挙動に不審を覚えることはなかった。ぺろりとスイーツを食べきった上機嫌な彼は、しかし唐突に身を震わせて、帝の腕へと抱き着いた。
「おわっビックリした!!」
衝撃に驚いたのは帝も同じである。思わず飛鳥に向けていた視線を前へ投げやれば、赤とんぼが飛んでいる。
それで合点がいった。飛鳥は筋金入りの昆虫嫌いだ。嫌いというよりは苦手と言うべきかもしれないが、とまれ虫と一部の節足動物は彼の天敵なのだ。それが蝶であろうが蛾であろうがとんぼであろうが、薄桃の髪はこうして生来の臆病を隠せずに帝に縋りつく。
帝からすれば蝶やとんぼの類と芋虫やムカデの類には大きな乖離があるように思うのだが、そういうものではないらしい。
「相変わらずだなお前は。そんなに怖がることないんじゃないか」
「いや、無理!! 飛んでる時点でもう無理!!」
大きく首を横に振ってひしとしがみつく、今にも泣き出しそうな顔を見遣る。可愛らしいことこの上ない反応だが、現実問題、とんぼにこれほど怯えるとなると将来が心配でもある。
虫にも種類があるが、殊に不快害虫に分類されるものには帝でさえ生理的嫌悪感を覚えるものも少なくない。さりとて将来的に一人暮らしを始めれば対峙は避けられないものだろう。そうなったときに一人で戦えるビジョンは全く見えない。
そうなれば仕方がない。帝が全て退治してやる他にないだろう。
というかそもそも一緒に住めば良いのに。飛鳥が苦手なことも危険が及びそうなことも全て帝がやってやれるし、帝は毎日可愛らしい飛鳥を見られるし、これぞ誠のウィン・ウィンである。
すっかり足が竦んでしまったらしい薄桃の幼馴染に溜息交じりの声を零しながら、内心をおくびにも出さず、帝は踵を返した。少し遠回りになるが他の道があることは承知している。
「分かった、向こうから帰るぞ」
「ミカぁー! 最高や! 最高の親友や!」
かくして大袈裟なまでに感激の声を上げる飛鳥と、足取りの覚束ない彼を引き摺るような格好で歩くことになった帝は、常よりやや長い下校路を楽しむこととなったのだった。
成功
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