茶の花香纏う朝の三里
●界の外を思う
休日というものの捉え方は人それぞれである。
多種多様な考え方があるだろう。
それはたとえ、緩やかに滅びゆくサイバーザナドゥであっても変わりのないことだった。
己の義眼が瞼の皮膚を貫いて日の光を感知する。
瞼の下では趙・藍樹(圈养的牡丹・f40094)の義眼に備え付けられた小型コンピューターが己の寝所の環境情報を即座に収集する。
「朝ですか……」
気怠げに身を起こす。
義眼である翠の瞳はすでに開いているが、未だ生身の眼球を覆う瞼は開かない。指でゆっくりとほぐすようにしながら藍樹は少しだけ考える。
もう朝とは言い難い時間である。
目覚めには少し遅いが、それは今日という日が休日でなければ、であろう。
そう、今日は休日なのだ。
なら、こんな時間まで起きないことを誰が咎めようか。
一つ息を吐きだして、己の背を伸ばす。
筋繊維と筋膜が剥がれる音がする。己の内蔵はほとんどが機械化されている。
だから、という訳では無いが生身であった頃よりは融通が効く。
食事というものに頓着しなくていいのも、融通の一つだろう。
けれど、藍樹は寝所から立ち上がる。
朝一番行うことは決まっている。
休日であろうとなかろうと変わらない。
部屋に備えられた小さなコンロで湯を沸かす。緩やかな朝の始まりとは打って変わって、火力を強化されたコンロはすぐさま水を沸騰させるあろう。
沸騰した湯を少し休ませるように彼は考える。
「せっかくの休日なのです。たまには良いでしょう」
金属の缶を手に取る。
中から現れたのは粒のような茶葉だった。所謂中国茶だ。
サイバーザナドゥにおいては、こうした品は貴重だろう。だからこそ、休日に相応しい。
ころりとした茶葉を茶壺に入れてお湯を注ぐ。
そこに沸いた湯を掛ける。
温めた茶壺は注がれたお湯の温度を下げないためだ。
気怠げな顔をしながらもざっくりとした、けれど手慣れた所作でもって藍樹は、朝の一杯を用意する。
細い筒めいた聞香杯に注ぐ。
黄金色めいた茶であるが、それを捨てる。
「まずは一煎目……うん、良い香りです」
香りだけを楽しむ。
贅沢だとは思うが、この香りを吸い込むと心が落ち着くのだ。
さて、と藍樹はゆっくりと茶器と共に寝所のシーツの上に横たわる。
行儀が悪かろうがなんだろうがいいのである。こういうのは所作がどうのこうのよりも、楽しむことが大切なのだ。
「だいぶ様になってきましたね」
横たわる姿さえ絵になるだろう。
ともすれば、この姿を額縁に入れて永遠に眺めていたいと思う者だっているかもしれない。
それほどまでに藍樹が茶を楽しむ姿は陽の光を受けて美しく思えた。
飲み込む茶は飲み味がすっきりしていていい。
人工の臓腑に落ちていく黄金の茶は己の四肢の末端まで熱を届けるようであったし、また藍樹の思考をクリアにしていく。
喫緊の要件はない。
今の彼にはそのような自覚さえない。ただ茶を楽しむことだけだ。
「とは言え、まだまだ茶の世界は奥深いもの。昼……はもう過ぎていますね。少し出ましょうか」
藍樹はもう一つ伸びをする。
骨の節々が鳴る。
心地よい音だった。茶杯を傾ける。香りを、味わいを堪能する。
「他の世界には、雲の中の如き高所に茶畑があるといいますし」
そういう場所へと向かっても良い。
いつか、ではなく。今すぐにでも、と言えるのが今の藍樹だ。
「まあ、もう一杯頂いてからでもよいでしょう」
伸びをした体を寝所のクッッションの上に投げだ出す。
思い立っても、足が動かぬこともあるのだ。少し位揺蕩うように足踏みしたって良いだろう。
だって、今日は休日なのだから――。
成功
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