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君よ、夢より幸せに

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鳳仙寺・夜昂





 また、この季節がやってきた。
 つめたい指先にそっと触れられた心地がして、夜昂は白い息をつくと首元のマフラーを巻き直す。
 街は既にクリスマスムードで忙しない。浮かれきったみたく色鮮やかな包装の品々は店先まで並べられていて、サンタのコスプレをした店員が笑顔を振り撒きバルーンを配っている。行き交う人々はもれなく大荷物。担がれた箱入りクリスマスツリーはきっと、暖かな家庭に迎え入れられるのだろう。
 数年前ならば遠回りしてでも避けたかった、幸せ、の空気だ。今はといえば、流れるままを日常のうちとしてぼんやり見送ることが出来るけれど。
「お兄さん、クリスマスの準備は出来てるかい? 恋人や家族に贈り物は?」
「へ? いや、俺は……」
 とはいえ依然、縁があるものでもない。
 いつの間にやら近寄ってきていたサンタからバルーンを差し出されても、なんとも拒み難く眉根が寄るだけで。そんな夜昂の手を追い越して、朱色の翼が横からぴょいっと伸ばされた。
「おい、ひよ……」
「かわいい子、もしかして鳥型ぬいぐるみロボット? いいねぇ、子どもが喜びそうだ」
 翼の主は、夜昂が肩に乗せ連れ歩いている赤ひよこ、雛鳳。ひよことは言うが尾羽は燃えていて、成程キャラクターものめいた見栄えではある。その翼にきゅっと握らされたバルーンもまた赤く。
 よければうちの店も見てってねー! そう振られる手に、雛鳳の羽ばたきは手を振り返すような。一部始終を見守らざるを得なかった夜昂が溜息を零し、今にも解けて飛び立ちそうなバルーンを取り上げる。
「お前なぁ、好き放題に荷物増やすなって言ったろ? 持つの俺なんだから」
「ぴ!」
 これはあれだな、聞いてないときの「ぴ」。
 なんだかんだ長い付き合いのせいで、察せてしまうのは良いのだか悪いのだか。あったか尾羽に冷えた頬を擽られると、まぁいいかという気がしてくる。
 それにしても全く、自分のような男に贈り物を勧めてくるとは見る目がない――自嘲気味な笑みをマフラーの下で浮かべる夜昂。
 本日の目的は買い物ではあったが、同じ買い物でも、もっと色気のないもの。
「ただでさえ今日は大荷物になるんだ。カーペットにこたつ布団に……ついでに鍋の新調もしとくか」
 やれ鍋パーティーだと、いつ転がり込んでくるとも知れぬ面々を脳裏に思い浮かべたときには、自然とふっと笑いが零れた。

 ――……夜昂。
 決して声には出せぬ名をなぞる。人混みにも、すっかり上背のある青年の後ろ姿を見失わぬ理由は、黒衣の男にとってそれだけではなかった。静かに後を追ってデパートへ入る。暖かな空気に迎え入れられ、前を行く足取りが心なしか弾んだ様を目にして、サングラスの奥の瞳を微かに細めた。
 男の名を、天槻・敬悟。鳳仙寺、否――椿・夜昂の実父であった。


「ぴ! ぴよ!」
「おー、毛糸……二号の家でも作るかぁ?」
 賑わう手芸コーナーに差し掛かった頃。騒ぎだした雛鳳は、どうやら留守番中の二号こと毛糸のひよこへの土産を欲しているらしい。毛糸とは言うがある種の生き物で……ともかく、そんな二号にもまた冬支度は必要、か。
 顎に手をやり前向きに検討する夜昂はカラフルな毛糸玉たちを見下ろす。雛鳳はワゴンの端にとまり中を覗き込みながら、くく、と首をあっちへこっちへ傾げて共に悩み悩み。
「家っていうか巣かね。でもお前、巣作りとかできたっけ? ずっと俺が世話してるけど」
「ぴっぴっぴ!」
 ふむ、これは抗議。
 ばささーと広げられた翼から舞った羽根が売り物に混入する前に、ちょいっと指で摘まんでキャッチを。「ああそう、じゃあ一緒に頑張ってやれよ」やれやれと夜昂が選んだのは濃い緑の毛糸玉だった。雛鳳の赤と並ぶと見事にクリスマスカラー。
 自覚していないだけで場の空気に引っ張られているのかもしれない――、少しの気恥ずかしさとともに、行くぞと顔を上げたとき。
「パパ、ママ、はやく~! おもちゃがにげちゃうよ!」
 傍らを、明るく華やぐ幼い声が駆け抜けてゆく。
 注意しながらも穏やかな、少し遅れて追いかける男女の声も。優しい、暖かい声だ。父がいて、母がいて、当たり前の幸せな家族。

『夜昂、父さんが肩車してやろう。遠くの玩具まで見えるぞ』
『あら、お母さんがおんぶしてあげようと思ったのに』
『じゃあどっちも! 順番にして、父さん、母さん!』

「っわ! ごめんなさいおじさんっ」
 ――――。もしも、を淡く夢想する敬悟の意識は、駆ける幼子がぶつかった弾みで現へ引き戻された。
 敬悟は知らず口元に滲んでいた微笑のまま、大丈夫かい、と緩やかに首を振り少年を立たせてやる。頭を下げながら足早にその両親がやってきて、ご迷惑を……と続く言葉を遮るように、柔く笑みを深めた。
「構いません。怪我がなくてよかった。子どもは健やかでいるのが一番ですから」
 視線の先には遠く、夜昂の姿。
 敬悟はサングラスに手を掛ける。気付かれぬうちに此処を去る前に、もう少しだけ近くに感じたかった。真に愛した女性との宝、大きく成長した我が子を――ほんの一時、その一時。偶然にも同じ親子に気を引かれていた夜昂が振り返った。
 鏡写しのような、緑。鮮やかな瞳が、互いに互いを映してゆっくりと瞬く。
「…………?」
 なんだ、と訝しむ間もなく夜昂の肩で雛鳳が尾の火を大きく揺らめかせる。
 その赤に一瞬気が取られて――横切る人々にも遮られ、二つと瞬いたときには黒衣の男の姿は失せていた。「……今の、」目が合った。いいや。気のせい、だろう。遠目でよく分からなかったが、知人とでも見間違えられたか。まぁ、この色だって別に珍しいもんじゃない。昔よりは見ていられるようになった己が瞳の彩を、映り込む硝子の中に見て。
 俺はもう、大丈夫だ。
「ぴっぴよ!」
「あーはいはい、なんだ次は。飯? たしかに腹減ったなぁ」
 感傷に浸る暇さえくれぬ雛鳳に苦笑して頭を掻いてやれば、夜昂は歩き出す。
 美味い外食で癒されて帰ろう。冬支度の荷物は重くって、帰ってもまた重労働に違いないから。そうして、辟易しながらも続く日々のことを考えている。二度と死ぬ気なんて、起きないくらい。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年12月04日


挿絵イラスト