ハロウィンナイト・ショック!
●ハロウィンナイト
シーツを被ったお化けが駆け足でアスファルトを蹴る。
蝙蝠羽根を背負った吸血鬼めいたメイクを施した育ちの良い坊っちゃんも、ジャックオーランタンの被り物をしたあの子も、みんな楽しそうに笑っている。
そう、今日はハロウィンナイト。
一年の内で子供らが楽しみにしているイベントの一つだ。
「急げ急げ、お菓子なくなっちまうぞ!」
「まだあっちには行っていなかったよね! まだお菓子あるかなぁ?」
「なくっても悪戯しちゃえばいんだよ。だって今日はハロウィンだからな。トリック・オア・トリートって言えば大抵のことは許してもらえんだから」
彼らは得意げだった。今日という日に子供の特権を最大限に活用しようとしていたのだ。
そう、今日という日に悪戯されて怒るのは筋違いだ。
お菓子を用意できていなかった大人が悪いのだ。
そういうわけで、少年たちは大手振って街中を駆けていく。
だが、そんな彼らを夜の帳の中に煌めくビルの上から見下ろす影があった。
それは二つの影。
「ラピーヌ、用意は?」
「ぬかりなく、こちらに」
二つの影の片割れ、笹乃葉・きなこ(キマイラの戦巫女・f03265)の問いかけにラピーヌ・シュドウエスト(叛逆未遂続きの闇執事ウサギ・f31917)は恭しく、いや、仰々しく応える。
彼女が手にしたアタッシュケースの中身は全てお菓子だった。
キャンディにクッキー、チョコレートに駄菓子。
おおよそ子供らが好きそうなものは全て取り揃えていた。ちゃんとハロウィン仕様に袋に小分けにしてラッピングまでしてあるのだ。
仕事が細かい。
その様子にきなこは頷く。
「ではそろそろ行こうかな」
「んだべ。子供らにお菓子をばらまくべ!」
身を覆っていたマントを二人は脱ぎ捨てビルの上から駆けていく仮装に扮した少年たちの元へと飛び降りる。
それはあまりにも突然の出来事だった。
「わぁ!?」
「な、なになに!? なに!?」
少年たちは目を見開く。
其処に居たのは確かに二人の女性だった。
けれど、その身にまとった姿がおかしかった。まるで裸みたいな服装。
体のラインがあえて出るように作られたかのようであり、またぴっちりと肌に吸い付いて食い込む布地。
布より肌色のほうが多いように思えた。
あいや、一人はもふもふしている。けれど、そのもふもふが寧ろ、キマイラフーチャーのキマイラ少年たちには電撃走るほどにどストライクであった。
「も、もふもふ……」
「うふふ、早速もふもふの魅力に虜になっているようだね」
「んだべ、どこ見てるかまるわかりだべ♪」
突如として現れたセクシー美女二人……それも仮面をした謎の怪人然としている。この明らかに不審者の登場に少年たちは身構える。
だが、彼女たちは大人のように思える。
「というか、なんでそんな寒そうな格好を……」
「いい質問だね。でも、いいのかい、そんなに興味津々にお姉さんたちを見つめて」
仮面を被った二人のセクシー怪人は、言うまでも無いがラピーヌときなこである。
彼女たちはハロウィンに乗じた悪さ……つまり、健全なキマイラフューチャーのキマイラっ子たちの性癖を捻じ曲げるためにこうしてなんとも目のやり場に困るコスチュームに身を包んで『悪戯』を仕掛けているのだ。
「うっ……だ、だって……」
「ち、痴女みてーな格好してんのがわりーだろ!」
少年たちの言葉に、きなこは『にこぉ♥』と笑う。それはそれは大変にいたずらっぽい顔であったが、仮面に隠れて口元しか見えない。
三人の少年たちは三者三様の反応を見せていた。
単純にきなこたちの姿に、なんでそんな寒そうな格好をしているんだろうという純粋な子。気後れしてしまっている内気な子。
そして、二人のセクシー衣装の意味を理解しているものの、いや、しているからこそもじもじとしてしまう子。
そういう幼い子たちを見てきなこはわがままボディを揺らして一歩、また一歩と少年たちに近づいてく。
「あ、あ……」
正直に行って、ラッキーなことである。
けれど、少年たちはある種異様な、それこそ怪人めいた二人組に後ずさる。
夜の街であったことも不幸なことだった。
彼らは近道しようとして路地裏に入り込んでしまっていた。此処には大人たちの目も届かない。
「こんな細い路地に入り込むなんて、ボクたちに襲って欲しいって行っているようなものだよね」
「だべ♥これは徹底的に食べてしまわないとならないべ♥」
ボイスチェンジャーを仕込んだ二人の言葉に少年たちはいよいよもって追い詰められてしまう。
一人はなんていうか、すでに目覚めてはいかん何かに覚醒しかけていた。
「あ~大変だねぇ。キミたちの大切な大切なハジメテ、まるっと食べられてしまうねぇ?『悪戯』されちゃうよ? それとも『悪戯』されたいのかなぁ?」
ラピーヌの言葉に少年の一人が、はっと気が付く。
そう、『悪戯』である。ラピーヌときなこのいうところの『悪戯』は多分違う意味だけど、彼らとて今宵の魔法の言葉を知っている。
これを唱えれば、大人はみんな大げさに困ったように悪戯されては敵わないとお菓子をくれる。
眼の前にいる二人だって大人なのだ。
なら!
「トリック・オア・ト……むぐー!?」
「はい、捕まえたべ♥ んっ、暴れちゃダメだべ。こういうのは優しくしなきゃ♥」
むぎゅぅっときなこのわがままな体に抱きすくめられる少年の一人。それはハグと言うより、柔らかな温かいお布団に包み込まれたようなものだった。
じたばたすれば偶然、幸せな感触を覚えたりする。
何か、いけないことを覚えてしまいそうだった。
そんな一人を捕まえたきなこと同時にラピーヌもまた、もう一人の内気な気後れしていた子を捕まえていた。
もふもふ毛皮の掌が少年の体を弄る。
「ほらほら、『悪戯』されちゃうよ?」
「あ、あっ、あっ」
「それとも『悪戯』されちゃいたいのかなぁ?」
ちろりと覗いた赤い舌に少年たちの何かが瓦解していくようだった。
「と、トリック・オア・トリート!」
「ふふ、今更おそいよ♥」
「そう、悪いお姉さんたちに『悪戯』されちまうんだべ♥」
ラピーヌときなこの追い込みで腕の中の少年が叫ぶが、しかし二人は止まらない。本当に食べられると思った瞬間、二人は悪戯っぽい、それでいて妖艶な表情を浮かべて少年二人を開放して、手にしたお菓子の袋を空に投げ放つ。
それは弧を描いて地面に落ちる。
「へっ……?」
何故?
あっけにとられている少年たちの背後から『スタァァァップ!』というハロウィンの秩序を守る正義の自警団がやってきているのだ。
「アハハハッ、這い蹲って拾うといいさ! っていうか、やば、ハロウィン|ガード《警察》が来てるよ」
「やべー! 逃げるべぇ♪ あっ、お菓子は好きに拾え! トリート塗れだべぇ♪」
セクシー美女二人は、そう言って笑いながら逃げ支度を始める。
もじもじしていた子は、取り残されてしまう。
その様子を見た二人は屈み込んで、その子の前にそれぞれの体を見せつけるようにしながらお菓子の袋を手渡す。
「はい♥」
「たっぷり楽しんでね?」
少年の中の何かが捻じ曲がった音を聞きながら、二人はにんまりと笑って、じゃあねとお菓子のパッケージをばらまきながら追い迫る自警団を振り切る。
その後姿を見送りながら、三人の少年は一夜の経験にへたり込むしかなかったのだった――。
成功
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