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愚者の道行き

#獣人戦線 #ノベル #猟兵達のハロウィン2023

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ヴァンダ・エイプリル




 華やかな仮装行列において、ヴァンダ・エイプリル(世界を化かす仕掛人・f39908)が選んだのは花纏う旅人の衣装、タロットで言う『愚者』の仮装だ。旅立ちや新たな始まり、そして何よりも自由を象徴するカードだが、彼女にとってもまた、縁のある一枚だった。

●それは数年前のこと
「愚者? えーと、おろかものってこと?」
 あなたに相応しいカードはこれです。そう告げて札を捲った占い師は、ヴァンダの言い様に「うーん」と眉根を寄せた。
「言葉の意味としてはその通りなんですが……」
 意味するところは自由、天真爛漫、可能性――そんな解説を続けてはくれるが、ヴァンダは首を傾げたまま。わかるような、わからないような。そんな彼女の表情を見て、占い師はふと微笑んだ。
「まだ自覚がないのですね。大丈夫、すぐにわかりますよ」
「ふーん……?」
 つまり自由さが足りない? 縛られている? というか占い結果に「自覚がないだけ」とか言いだしたら何でもありなのでは? そんなことを思いつつも、とりあえずのところは引き下がっておく。よく当たると評判を聞いては来たが、あまり期待はしていなかった。
「気になるようでしたら差し上げますよ、そのカード」
「え、いいの?」
「私は次の街で新しいのを用意しますので」
 そんな風に言いながら、占い師は店仕舞いの準備を始めている。
「あなたも早めに発った方が良いですよ。この街は、そろそろ危ないですから」
「いやー……それはどうかなぁ」
 やはり疑わし気に、ヴァンダはそう応じた。占い師からは旅人か、大道芸人として見えているのかもしれないが、ヴァンダには『魔法』の力があり――行く先々で、現地の戦士達に手を貸しながら旅を続けていた。
 獣人戦線における戦乱の一端は、確かにこの付近でも展開されている。だがこの街を狙う超大国の尖兵は、彼女自身がつい先日打ち払ったばかりだ。すぐに形勢を立て直してくるとは思えなかった。

 それが間違いであると判明したのは、何日か後のこと。彼女が街を出ようとしたそこで、敵襲と、住民へ避難を呼び掛ける鐘が鳴る。
 先頃追い散らしたはずの部隊が、再編して戻ってきたのか。とにかく去り際にもう一仕事していこうと、ヴァンダは街の門を守っているであろう守備隊の方へと顔を向けて。
「えっ」
『あっ』
 そこで、地面の一角が崩れるのを発見する。小さく開いたその穴から、姿を現したのはスコップを抱えたネズミの獣人達だった。
『オーイ早速見つかってんじゃねえか!』『うるせえな、こうなったらもうやるしかねえだろ!』
 恐らくは工兵の類、それが街の中までトンネルを掘ってきたというところか。
「まったく、仕方ないなぁ……」
 溜息をひとつ吐いて荷物を下ろし、ヴァンダは這い出てきた彼等に向き直る。
「お客さんなら大歓迎なんだけど、あなた達はお呼びじゃないんだよね!」
 突き出されるスコップの先端をひらりと躱して、横薙ぎの斬撃を誘って跳べば、空振りした敵の刃は隣の敵兵の銃剣にぶつかって、硬質な音色を奏でる。手拍子にしては味気無いそれを聞きながら、彼女は「出直しておいで」と言わんばかりに敵兵の一人をトンネルへと蹴り落とした。
 この程度の相手であれば、ヴァンダが後れを取ることはない。逃げ遅れ、居合わせた街の人々が不安にならないよう、彼女はいつものように愉快に笑って、敵をいなしていく。
 いいぞ姉ちゃん、かっこいー、などの声援も後ろから聞こえ始め、軽くそちらに手を振ってやったところで。
『しょうがねえ、爆破しろ!』
 そんな声と同時に、トンネルから爆発音が響き渡った。
 ヴァンダ自身が爆炎に巻き込まれることはなかったけれど、その代わりに崩落し、陥没した地面の分だけ、街を守る壁の一部が倒壊する。
「ええ……?」
 呆れと戸惑いの混じった声が零れる。自爆じみたそれによって崩れた部分は、さして大きくはなかったけれど、向こうに控えていた超大国の部隊が、そこから街の中へと侵入してきた。
『随分時間がかかったようだが――まあいいだろう』
 先遣隊、ヴァンダのやっつけたネズミ達へと横柄にそう告げて、クマの兵隊が担いでいた重火器を構える。同時に、随伴するネズミの歩兵達も、手にした銃をずらりと並べて見せた。
「なんだか、今日は盛況だね」
 表情を固くしながら、ヴァンダはどうにか軽口を絞り出す。
 敵の数が多く、味方はまだ到着していない。それどころか、後ろにはまだ逃げ遅れた人達が残っていて、敵の銃口はそちらにも向いている。
「……!」
 さて、この状態で打つべき一手は? いつも通りのやり方で、ヴァンダ自身は切り抜けられるかもしれないが――怒号、悲鳴、銃声、爆音、他の住民達が笑っていられる未来が見えない。
 どうすればいい? 何を願えば?
 思い付いたものを「それでは足りない」と順番に潰していって、最後に頭に浮かんだのは、足を踏み出す旅人の姿。
 悩みのなさそうな顔をした愚か者は、崖の縁へと踏み出そうとしているようにも見えた。
『死ね!』
 ネズミの一匹が引き金を引く。手にした銃の中で火薬が爆ぜて――次の瞬間、吹奏楽の音色が響き渡った。
『……は?』
 銃弾の代わりに飛び出したそれに、ネズミが目を丸くする。見れば、銃の先端がいつの間にか広がって、ラッパのようになっていた。
 混乱のまま、次々とトリガーが引かれる。その悉くは楽器となって、一部隊による一斉射撃は、でたらめなファンファーレとなって鳴り響いた。
「――そっか、こうすればよかったんだ」
 オーケストラの指揮者のように大きく指を振って、ヴァンダは深く息を吸い込む。清々しい空気を胸に、彼女は笑った。
 この魔法がどんなものなのか、まだいまいち掴み切れていないけれど、これくらいの願いには応えてくれるものらしい。つまり、もっと『自由』で良いのだと。
『てめえの仕業か!』
「おっと、危ない」
『吹っ飛べ!』
「ナイスパス! 返すね!」
 殴りかかってきた敵兵を躱して、放たれた手榴弾をジャグリングして順番に投げ返す。敵部隊の真ん中で弾けたそれは、花火となってきらきらと戦場を彩る。
『ええい、何をやっている!』
 そんな状況に焦れて、一声吠えたクマの重火器兵は、手持ちの大砲をヴァンダへと向けた。
『消し飛べ!』
「うわわ――!」
 火薬の爆ぜる轟音と共に発射された砲弾を、ヴァンダは両手で広げた外套で以て受け止める。貫かれることはなかったものの、かっ飛ぶそれを捕まえた彼女は、支えの片足を軸にして、コマのように高速回転。ありえないその光景に、重火器兵は口をあんぐりと開けた。
『……は?』
 でたらめとしか言いようがない。けれどそこは既に、彼女の望んだ喜劇の中だ。
「――飛んでけーッ!!」
 呆気に取られたところに、文字通りの砲丸投げで放たれたそれが着弾、冗談みたいな大爆発が巻き起こる。花火にしては少々物騒な、耳をつんざく爆発音と広がる煙、それらを突き破るようにして、敵兵は遥か彼方へと吹き飛んでいった。
『……そんなことある?』
 空中に描かれた爆煙の軌跡をしばし目で追って、ネズミ達が呟く。思った通りの敵の反応に、ヴァンダは満面の笑みで応じた。

 ――さあさ、皆さんお立合い。今日の悲劇はこれでお終い、ここからは大騒動の喜劇の時間だよ。拍手喝采でお迎えください!

 もっと笑顔を、驚きを。戦乱の世に抗うように、愚者は舞台へと踏み出した。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年12月02日


挿絵イラスト