0
淡月と初恋

#ダークセイヴァー #ノベル #猟兵達の秋祭り2023

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#ダークセイヴァー
🔒
#ノベル
🔒
#猟兵達の秋祭り2023


0



ベスティア・クローヴェル




 好きな人がいる。
 僕の住んでいるところにはあまり面白いことがない。それでも大人たちは今までよりずっと明るい顔をしているし、ご飯がなくて辛い思いをすることもほとんどなくなった。それもこれも、猟兵という人たちが手助けをしてくれるようになったお陰だ。
 大人たちの言う領主様とも、村にいる兵隊たちとも違う、猟兵という人たちはとても強い。僕たちはいつでも領主様に虐められて、一生懸命作ったものを根こそぎ持って行かれて、時々人間も連れて行かれる。だけどあの人たちは、僕たちの村を壊そうとした怖い奴らを纏めて倒してくれたのだ。
 ――その中でも、銀の髪に赤い目をしたお姉ちゃんはよくこの村に来てくれる。
 ぼろぼろになりながら僕たちを助けてくれた腕は、今は沢山の物資を運んで来てくれるようになった。最初のうちは感謝だけしかなかった心の中が、少しだけ違う温度になり始めたのに気が付いたのは最近だ。
 表情があんまり変わらないから、綺麗な顔はほんの少し冷たく感じられて、一目見るだけでは近寄りづらく見える。けれど僕は知っている。お姉ちゃんは本当はとても優しくて暖かい人だ。
 今日も勉強を教えてくれるお姉ちゃんの横顔を見ている。お姉ちゃんは大きな箱に詰めた食べ物や木材――これは建築資材というのに使うものだと僕は知っている――を大人たちに手渡す。その中には何種類かの野菜の種が入っているというのもおばさんが話してくれた。それまでも畑を耕して野菜を作って生活していたけれど、お姉ちゃんがくれる種を蒔くようになってからは、おじさんたちが持って来る野菜とおばさんたちが作ってくれる料理の品数が増えた。
 おばさんが言うには、そういうことが大事なんだそうだ。
 お姉ちゃんが持って来てくれるものに頼りっぱなしでいるのは良くないらしい。そうすると僕たちはお姉ちゃんが来なくなったときに何も出来なくなってしまう。だけど僕たちが自分で畑を耕して、自分で食べ物を作れるようになれば、お姉ちゃんがもし来てくれなくなっても――そんなの僕は絶対に嫌だけど――ちゃんと暮らしていける。そういうのを|ジリツ《・・・》というんだとおじさんが言っていた。
 村の|ジリツ《・・・》について大人たちと少し話をしたら、お姉ちゃんは必ずといっていいほど僕たちのところに来てくれる。そして文字の書き方や計算の仕方を教えてくれたり、そのあとで一緒に遊んでくれたりするのだ。
 今日の授業はもう終わっている。一緒にお姉ちゃんの教えてくれる話を聞いていた子たちが、とっくに遊びに出掛けている中で、僕はお姉ちゃんの隣にいた。
 他の子たちが遊びに出掛けるとき、僕は少しだけお姉ちゃんを足止めするのが恒例だった。もっと聞きたいことがあると言えば、絶対に納得いくまで教えてくれるのを知っているからだ。その間、僕はお姉ちゃんを独占していられる。
 けれど今日の恒例行事はいつもより緊張した。大人たちは少し余裕というものが出来たみたいで、このところずっとやっていなかった秋祭りの準備をしている。普段から面倒を見てくれているおじさんやおばさんが話し合っていたのを、僕は盗み聞きしていた。
 一番に気になったのは、お姉ちゃんが来てくれるかどうか。
 秋祭りは特別な日だ。特別な日には、好きな人と一緒に過ごして思いを伝えるものだというのは、大人たちを見ていれば分かる。だから僕も、意を決する――というのをしようと決めていた。勿論、お姉ちゃんが来てくれれば、という前提ではあるけれど。
 口の中が乾いている。口の中に貼り付きそうな舌を何とか動かして、僕は綺麗な赤い目を見上げた。
「今度、秋祭りがあるんだけど、お姉ちゃんは来る?」
「ああ――そのつもり。秋祭りなら色々あった方が楽しいだろうし、物資も持って来るよ」
 ――なんだ、知ってるんだ。
 きっと大人たちが先にお姉ちゃんに教えてしまったんだろう。ずるいと思った。そうだったの、それなら来るよ、教えてくれてありがとう――なんて、本当なら僕が言ってもらえたかもしれないのに。
 けれどお姉ちゃんが来てくれるのなら、許してやらないこともなかった。複雑な気持ちのままで頷く。本当はお姉ちゃんを誘って、一緒に秋祭りで遊べたら良いとも思ったけれど、僕の口は上手く動いてくれなかった。
「これ、お礼!」
 いつものようにとっておきの宝物――今日は花畑で見付けた綺麗な石をあげて、僕はお姉ちゃんに背を向けた。こうするときはいつも顔が赤くなってしまうから、隠しておくためにはそうするしかない。
 ともかく。
 お姉ちゃんは秋祭りに来てくれる。ならば、僕には用意をしておかなくちゃいけないことが沢山あった。皆が棒きれで遊んでいるところに合流しながら、僕はお祭りの日のことを考えて胸を弾ませていた。



 秋祭りの日になって、お姉ちゃんは言葉通り村に来てくれていた。
 お姉ちゃんが持って来てくれたもののお陰で更に活気が出る。普段は|ビチク《・・・》だとかで出してくれない贅沢な料理も、今日は特別だから食べて良いことになった。ちょうど採れたばかりの野菜を料理するおばさんの横で、僕はよく目立つ銀色をじっと目で追っていた。
 やっぱり約束しておけばよかったかもしれない――少しだけ、僕は後悔している。
 お姉ちゃんは忙しそうにしているばかりで、僕にはあまり構ってくれない。何しろ大人たちがあれこれとお姉ちゃんに頼っているからだ。そんな風に一人に頼るのが良くないことくらい僕にも分かるのに、もっと大きな大人たちが分からないのは何だか理不尽に感じる。偉そうに|ジリツ《・・・》のことを話していたおじさんまで、お姉ちゃんにお願いごとをしているのだから、それくらい思ったって良いだろう。
 それに、僕より小さい子供たちの相手も大変そうだった。猟兵という人たちは確かに強くてかっこいい。お姉ちゃんだってこの村を助けてくれて、あんなに強い兵隊たちを追い払えるような人だ。だからといって、ああいう風に囲んで腕を引っ張るようなこと、子供っぽすぎて僕には出来ない。お姉ちゃんに迷惑をかけるようなことだってしたくはなかった。
 でも――。
 でも、やっぱり心がもやもやする。
 大人たちがお姉ちゃんに何か頼みごとをするたびに、子供たちがお姉ちゃんにちょっかいを出すたびに、そしてお姉ちゃんがそれに少し笑って応えるたびに、僕の心の中にある決心は大きく強くなっていった。
 やっぱり僕はお姉ちゃんが大好きなのだ。
 だって誰にも渡したくない。
 ようやくお姉ちゃんと話が出来たのは、僕もそろそろ眠くなって来た頃だった。子供たちはとっくに遊び疲れて家に帰ってしまった。まだ起きている大人たちが本当に久し振りにお酒を飲んだり、笑ったりしている輪から少し離れたところで、お姉ちゃんはじっと焚火を見ていた。
「お姉ちゃん」
 呼びかけると、お姉ちゃんは少し驚いたような顔で僕を見た。銀の髪が焚火に照らされて、きらきらと光って綺麗だ。
 緊張する僕の様子に不思議そうに首をかしげて、お姉ちゃんは立ち上がってくれる。
「どうしたの?」
「こっち、一緒に来て」
 手を引いて歩く僕に抵抗せず、お姉ちゃんは後ろをついてきてくれる。
 どこで言うべきかはずっと悩んでいた。村からあまり離れたところはきっと良くない。危ないし、何より村の大人たちでは敵わないやつらが突然来るかもしれないからだ。けれど皆の前で言うなんて勢い任せなのも駄目だ。大人たちは好きな人を抱き締めたりするとき、皆から隠れてこっそりしているのも見たことがある。
 だから――。
 僕が一番気に入っている、村の奥にある花畑に来ることに決めていた。
 花畑の前で立ち止まる。綺麗に光る花の種類や名前は知らない。けれど多分、お姉ちゃんだって好きなはずだ。前に面倒を見てくれるおばさんに渡したときには凄く喜んでくれたから。
「――僕」
 口の中がからからになっている。呑み込んだつばも痛いくらいだ。
 でも言わなきゃならない。今言えなかったら、僕はこの先も言えないままだ。そうしたらお姉ちゃんはずっと大人たちと話をしたり、子供たちに囲まれたりしていることになる。
 それだけなら良い。もしかしたら僕の知らない人のところに行ってしまうかもしれない。それはもっと嫌だった。
 少し俯いて深呼吸する。顔を上げて、お姉ちゃんの綺麗な顔を見上げた。
「お姉ちゃんのことが大好きなんだ。お姉ちゃんの名前も出身も知らないし、多分、歳も離れてると思うけど、でも」
 ――ずっと。
 僕たちの村を救ってくれたときからずっと。ぼろぼろになりながら、逃げ遅れて転んだ僕のことを庇ってくれたときからずっと。
「お姉ちゃんのことが大好きで、誰にも渡したくないって思うんだ」
 お姉ちゃんのことだけを見ていたのは本当だ。誰かと話をしているのを見るだけでもやもやするし、笑ったりしているだけで胸が痛い。お姉ちゃんになら宝物をあげてもいいと思えた。それどころか、お姉ちゃんにあげるためにとっておきの宝物を探していたことだってある。
 震える手で、僕は花畑の中に隠しておいた花束を拾った。お祭りが始まる少し前に摘んでおいたものだ。恥を忍んでおばさんに教えてもらって、要らない紙をもらって包んでもみた。お姉ちゃんに似合うほど綺麗な出来にはならなかったけれど、それでも僕にとっては渾身の出来栄えだ。
 それを差し出して、僕は真っすぐにお姉ちゃんを見る。
「だから、僕と結婚して欲しい!」
 言ってしまった。
 いつの間にか強く拳を握り締めていた僕を、お姉ちゃんはまじまじと見詰めた。少しだけ考えるような仕草をして、困ったように眉の間を寄せて、それから――。



 帰途につきながら、ベスティア・クローヴェル(salida del sol・f05323)は曇天の|層《・》に阻まれた天を見上げた。
 手には小さく不格好な花束がある。資源が絶対的に少ないダークセイヴァーで子供が作ったにしては手が込んでいて、それだけに贈り主の想いは十二分に伝わっている。
 随分と|プレゼント《・・・・・》をくれる子供がいるとは思っていた。日によって綺麗な石だったり、可愛らしい花だったりしたが、概ねどれも子供らしい感性で選ばれたものだったように思う。ベスティアには断る理由もなかったし、どれも礼を言って受け取っていたが、まさかそれが浅からぬ好意からもたらされたものだとは思ってもみなかった。
 嬉しいか嬉しくないか、相手と自分の年齢がどうか――という以前に、彼女にはそもそも恋愛に構っている時間がない。元より人狼としての宿命は彼女の命をいつ潰えるかも分からない代物に変えてしまった。身に宿した借り物の力も未だ体を焼き続けている。まして猟兵としての使命を優先してしまうとなれば、共にいる時間そのものがほとんど存在しないも同義だ。
 それでは|恋愛関係《・・・・》にあるとはいえないだろう。
 などと、大人相手であれば率直に述べるところだったのだが。
 相手はまだ年端もいかぬ子供である。恋愛観をそのまま叩きつけて大きな傷を刻むのは本意ではないし、何より彼のそれが年月とともに醒めていく夢のようなものであることも、ベスティアは予見していた。
 だから時間を置くことにしたのである。
 ――気持ちは嬉しいけど、今は少し難しい。私にはやることがあるから。
 告げた後の悲しげな、どこか分かっていたような落胆の表情に心が痛まないではない。彼女とていたいけな少年の心を傷付けるのは本意ではないのだ。それ以上に、彼の想いに安易に応じることを、正しいとは思えないというだけで。
 ――そうだな……。多分、10年くらいあればある程度は状況も安定すると思う。その頃にまだ私の事を覚えていて、好いていてくれたなら、その言葉を伝えに来て。
 勿論、そう告げた彼女には分かっている。
 もしこの約束を彼が律儀に覚えていて、十年後にベスティアの元へ会いに来ようとしても、彼女が生きている保証はどこにもない。万一その日が訪れてしまったら――と考えると、心の底で罪悪感が疼くのは確かだ。
 けれど言葉で説明したところで納得は出来ないだろう。少年の中にある感情は、彼にとっては確かに恋心なのだ。
 時間が解決してくれることを願う他に、ベスティアに出来ることはない。
 煙草に火をつけて紫煙を吐き出す。それからふと目下の懸念事項に思い当たって、彼女は額に手を当てた。
 ――次からどういう顔をして会えば良いのだろうか。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年12月01日


挿絵イラスト