カレイド・ホイール
●色相環
此処がゲームの世界だなんて、誰が信じられるだろうか。
ゴッドゲームオンラインは究極のゲームだ。
ログインした世界は変化に富んでいた。決まった動きや展開しかないのがゲームの常だと誰かが言ったかも知れない。
けれど、自分はそれを信じない。
今目の前に広がる光景は確かに変化していた。
「すっごいな」
四阿・杏輔(HN:Cyan(シアン)・f41824)――ゴッドゲームオンラインにログインしている時は『Cyan』と名乗っている。
シアン――つまりは、青緑。
色の三原色の一つ。
目の前に広がっているのは膨大な水が流れ落ちる滝だった。
大樹そびえ立つ森の中にあるという滝を目指すクエストを請け負った物好きはきっと自分くらいなものだろうと思う。
掲示板に貼られたクエストは人気がないのか随分とくたびれているように思えたのだ。
所謂お使いクエストと言うやつだった。
「確かに市街地からは離れていくから、戻るのが面倒なのもわかるけれど」
それでも、と杏輔の心は踊るようだった。
「こんなに綺麗な光景を見ないなんて損をしている」
光景と言った。
グラフィック、とは言わない。
それは彼なりのこだわりであったのかもしれない。たとえ、ゲームの世界であったとしても、そこは彼なりのポリシーであったのだ。
「おっと……」
杏輔の足元に弓矢が飛来し、オートスキルで攻撃を回避する。
どうやらクエストを受注した時に警戒対象とされてエネミーからの攻撃だった。
コボルトとも言われる類のモンスター。
弓矢を連射されたのは複数で行動しているからだろう。
戦って勝てない相手ではない。
何せ、このクエストは初心者も初心者向けであるからだ。
「でもまあ、無駄に倒す必要はないさ。僕は……戦うためにクエストを受注したわけじゃあないからな」
スキルが発動する。
己のキャラクターデータは機動力特化にビルドされたスキルツリーが構築されている。いくつかのスキルを組み合わせれば、戦闘から力づくで離脱することができるのだ。
確かに此処はゲームの世界だ。
何度も言うが、そうなのだ。
けれど、ゲームの世界でも杏輔は自分がジャーナリストであると思っている。
多くを見て、多くを記す。
現実世界ではがんじがらめだが、此処でならばそのしがらみもない。そして、己が記したゲーム内のスクリーンショットとレビューでもって同じゲームプレイヤーたちが現地を訪れようと興味を持ってくれるのだ。
反響があるということは何物にも代えがたいものだ。
喜び、と言ってもいい。
「じゃあね、君たちのことも記事に書いておくよ」
そう言って杏輔はスクリーンショットにモンスターたちの行動を収めていく。
スキルによる離脱によって一気に滝の麓までたどり着く。
冷たい空気を感じる。
生い茂る木々の葉の間から陽がこぼれている。息を吸い込むとどこか心が落ち着くようだった。
「おっと、ただ見ているだけじゃあな」
スクリーンショットを起動する。
ゴッドゲームオンラインの内部は現実世界の季節とリンクしている。
なら、また春先、夏にも違った光景を見せてくれるかも知れない。
「真冬なら凍ったりするんだろうか」
心が浮き足立つような気がした。
此処には確かな変化がある。
些細なことかもしれないけれど、現実世界とは大違いだ。
「季節が変わったらまた来よう」
このゴッドゲームオンラインは多くの光を見せてくれる。
ログインするということは統制機構たる現実、灰色の世界にはない万華鏡を今も覗いているのと同じだ。それが杏輔にはかけがえのないもの。
きっとこれが己が書きたいものだと真に思えたのだった――。
成功
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