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まだ赫くはない絲

#UDCアース #ノベル #猟兵達の秋祭り2023

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#猟兵達の秋祭り2023


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比良坂・彷



六道・橘




 りん――。りん――。
 狐の仮面で貌を隠した若い女衆が、榊と神楽鈴の混ぜ物めいた祭具を振りかざし、神社の境内で円となって踊る。紅葉振るなか、中央に座すは籠の鳥――なんとまあ『お誂え向き』の舞台だろうか。
 木製の檻に捕えられた張本人である比良坂・彷は、珍しい催し物でも眺めるように彼らを見ていた。

 山の紅葉が赤く映えるこの季節、深い森に囲まれた過疎の集落で、密やかに行われてきた儀式の存在が発覚したのは一週間程前だったか。先祖代々、神聖な秋祭りの儀式と謳われてきたそれは――民間伝承的な謂れが色々あった筈だが、仔細は省略する――供物として選ばれた、もとい外から攫った人間が次々と競りにかけられ、落札した者だけが神に生贄を捧げることを許される。そういう『祭り』だった。
(へぇ。要するに因習闇オークションじゃん)
 思わず笑いそうになる彷だったが、生贄らしく振る舞わねば台無しだ。……今はまだ。
 そんな神は言うまでもなく邪神で、仮面を被っているが明らかに村外の富豪と思われる身なりの参加者達は、熱狂的な信奉者であろう。
 スーツを着たふくよかな男が、毛皮の外套を羽織った女が、籠の中の彷へざらついた視線を送っている。見目良く、どこか倒錯的な空気が人を誑かす年頃の青年である。自分が今年の『目玉』らしいとは捕まっている間に聞いたが、大した興味もなかった。唯ぼんやりと昔を思い出し、また少し虚しくなった。
 仮面の村人達は神妙に古代の民話を演じ、儀式を遂行しようとしている。
 |あの子《﹅﹅﹅》には黙って出てきた。いや、意識的に言うのを忘れたのか。邪神退治を買って出たのは常の戯言で、彷を案内したUDC組織の人間もあっさり騙されてくれた。仲間の日頃の善行には感謝せねばなるまい。

「緑一糸、拝領します。他の方」
「青二糸」
「拝領します」
 進行役の神主が、入札者から奇妙な糸を受け取っていくのが見えた。見れば、贄を求める者達はみな、色とりどりの糸の束を持っていた。恐らくこの場ではあれが通過代わりになるのだろうが、風習としての体裁を保とうをしているのがいよいよ可笑しく、彷はくつくつと低く喉を鳴らした。
「ねぇ。それって一本何円すんの? 俺今何万円?」
 厳かに進行していた『秋祭り』の空気が一瞬にして凍りつく。
「ひょっとして億いってる? 神聖な儀式の場で札束叩きつけあってたらそりゃあ不格好だもんねぇ」
「な、何を……」
「正直に吐いちゃいなよ、闇オ-クションだって。この村は都合の良い隠れ蓑。一番カネを積んだ人が教団内で発言力を手にする、分かり易い構図じゃない」
 意味を理解できていないらしい村の人々がざわつき始める。彼らにとっては、この『里』という狭い檻の中が人生のすべてなのだ。だから――少し、手を貸してやりたくなったのかもしれない。
「欲しいんでしょ? 俺が。権力が。神の力がさァ。ならもっと積んでよ、全然足りない」
 かつての神の子は嘯く。これで己が破滅するというのなら、それはそれで愉快だ。

 一種の賭けだった。この場に赴いた猟兵は彷ひとり。村の神とやらがどれ程強大な存在かも定かでない。幾ら富や名誉を築こうと命あっての物種、己の命以上に重い手札など唯一つ。つまり――この札なら切っても構わない。
 博徒の狂気にあてられた神聖な儀式の場は、混沌の宴と化していた。暴走した村人達が外からの客を捕らえ、次々と檻の中にぶち込む。彼らが持っていた糸を奪い取り、好き勝手に彼らの運命を売り買いする。
「うちには男手が足りないんだよ、あんたは手を引きな。黄三糸!」
「この女は俺の嫁だ、紫五糸!」
「要らないよそんな糞爺、川に捨ててこい」
 進行役を務めていた神主が逃走の機を窺う中、彷の拍手だけが心底愉快そうに響き渡る。
「イイねぇ、邪神降臨の儀に相応しい地獄絵図。さァ主催さんもぉ、お客さんもぉ、俺もぉ、もぉっと楽しんじゃいましょうよぉ♪」
「き、貴様……猟兵か!?」
 ようやく気づいたらしい。神主が社に向かって何事かをしきりに呟くと、広場に次々と雷が落ちた。其処から産まれ出るのは、先程見た面によく似た狐の使い魔だ。
 ――あ、これ駄目なやつ呼んだかも。
 秋空に渦巻く巨大な嵐雲。その中央からぎょろりと『生贄』を見下ろす二つの眼。正しく邪神だ。賭けは己の敗北かもしれぬ。いや、まだだ、彷はそれでも嗤っていた。
 落ちていた白い糸をふと手に取る。この色にはどんな値がついているのだろうか――。
 
「彷っ!?」
 勝った。
 あの子が。|一番大事な札《﹅﹅﹅﹅﹅﹅》が来てくれた。

 彼女は――六道・橘は、血色の彼岸花に彩られた刀を握り、わなわなと肩を震わせていた。怒っているのは明らかだ。敵ではなく、無断で屋敷を空けた彷に対して。ああ、その様子すら可愛くてたまらない。
「なんなのよこれ……ああもう、面倒だわ!」
 思考を放棄した橘の眼がぎらりと殺意を宿す。そして、狐の怪物を次々と滅多斬りにしていく。異変に気づいた村人達は、悲鳴をあげて這う這うの体で逃げ出していく。
「きっちゃーん、それやるならちゃんと俺の事も斬ってよ。約束でしょ」
「……っ。わたしが、わたしが、どれだけ心配したと、思って……」
「お願い」
「……」
 橘は檻の傍までずかずかと歩いてくると、格子の隙間から刃を通し、彷の手の甲を突き刺した。握っていた白い糸があかく染まった。嬉しかった。まるで、彼女が最終的な落札者であると今決まったような気がしたから。
 橘は相当に立腹していたようで、背に白い翼を携え空に舞い上がると、邪神すらも一人で滅多斬りにした。彷は檻の隙間から、ただそれを眺めていた。待ち焦がれたいつかの放課後のように、じっと眺めていた。賭けの報酬としては充分すぎる。
 囚われた自分を助けるよりまず、何も知らない敵に八つ当たるのが、あの子らしいと思い笑った。

 嵐は鎮まり、空が晴れた。雲ひとつなかった青空は、既に日が翳りかけている。橘はほう、と、未だ熱情を残した息を吐きだす。
 黒焦げの遺体がひとつ見えた。神主の男だったものだ。邪神の攻撃に巻き込まれ、息絶えたらしい。助けてくれ――境内に放り出された檻に囚われた人々が、口々に訴える。
 ここで何が起きていたのかなどどうでもいい。いや、頭になかった。橘は急ぎ遺体のもとへ駆け寄ると、しきりにその懐を探る。暫く何かを探した後、諦めた。そうして、広場の中央に鎮座する檻のもとへ向かう。
 鍵は見つからなかったわ。そう冷静に伝えれば良いだけ、だったのだが。
「ねえ。どうしてまた勝手に居なくなったりしたの。今度はわたしちゃんと探したのよ。それなのに何なの、ヘラヘラ笑って。莫迦みたいじゃない……」
 口が勝手に滑る。怒りと反比例するように喉から嗚咽が漏れ、ぱたぱたと涙が地に滴っていく。本当に、どうしようもない莫迦だ。わたしも、兄さんも。
「わたしの居ない所で死んだら許さないから」
「じゃあ、橘が居る所だったらいいの」
 また心がざわつく。何を言えばこちらが困るのか見透かされているようで、悔しかった。黙って俯いていると、不意に頭を撫でられた。額に、彷の血が垂れてくる――さっき自分が刺した傷だ、と思い出した。
「ねぇ。煙草吸いたい」
「……こんな時に何言ってるのよ」
「取り上げられちゃってさ。持ってきてくれてるんでしょ、あれ」
 暫し見つめ合う。……とても耐えられない。根負けした橘は、無言で煙草とマッチの箱を取り出した。蓋を開くと、季節外れの桜が仄かに香った。
 一本、火をつけずに彷へ渡す。もう一本を自分で取る。半ば自棄になっていた。
「きっちゃん、火ちょうだい。このままじゃ俺吸えないんだけど」
 檻の中のお姫様が煙草を咥えて何か言っている。橘はマッチを擦ると、自分の煙草にだけ火をつけた。檻の隙間から手を伸ばし、驚いている彷の顎をぐいと掴んで、引き寄せる。
「欲しければわたしから貰わなきゃ駄目よ。そう簡単に許すと思わないで」
 意を決して息を吸う。やはり煙たくて、思わず吐き出しそうになるが、今はこの男に諸々の仕返しをしてやりたい気分のほうが勝っていた。
 咥えた煙草の先と先がふれあう。以前教えられた通りに――もう一度息を吸うと、先端があかく燃え上がり、彷の煙草に火を渡す。暫くの間そうしていた――と、思う。
「……けほっ!」
 橘の肺に限界が訪れた。意地で咥えていた煙草が地に落ち、はっと我に返る。その様子を見た彷は、慣れた様子で煙草をふかしながら、にやにやと笑っていた。
「ほら。だから無理して吸うもんじゃないって」
 顔が爆発したんじゃないかという程の火照りを覚え、橘は思わず背を向ける。自分は今何をしていた? その場の勢いでとはいえ、とんでもない事をしたのではないか。
(わ、わたし、そんな……やってしまったわ!)
 鍵を探してくるわ、と言い残し、素早く走り去るしかなかった。

 彷と客人達を開放した後、事件のあらましを聞いた橘は、おおいに呆れた。しかし兄らしい行いだとも思った。この村がどうなるにせよ、組織の手が入れば、以前よりはましな環境になるだろう。
「今度はわたしにも相談して」
「ん、そうする。そういえば、結局どの色が何円だったのか訊きそびれちゃったなァ」
「気になるの、自分の価値」
「まァ少しはね」
「じゃあわたしがこれで落札するわ」
 そうして橘が選び取ったのは――白い糸だった。いつか捧げたあの花とおなじ色。
 彷は意味深な微笑みを返す。橘はその真意が判らず、唯まぶしくて、目線を少しそらす。
「俺は金色が一番高いと思うけどね。でも、橘が選んだんならそれで」
 ――かってくれる?
 『買って』なのか。『飼って』なのか。どちらにしろ表現に問題がある。暫く目を見られそうになかった。とりあえず、帰ったら久しぶりにご飯を作ろう。
 まったくもう。本当に、あなたって面倒なお姫様。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年11月25日


挿絵イラスト