Plamotion Challenge Actor
●なんやかんやの顛末
なんやかんやあったのだ。
何が、と問われたのならば、明和・那樹(閃光のシデン・f41777)が猟兵に覚醒したことや同じ猟兵であるウィル・グラマン(電脳モンスターテイマー・f30811)とザイーシャ・ヤコヴレフ(Кролик-убийца・f21663)とゴッドゲームオンラインで出会ったことである。
いや、それ以外にも色々と語らねばならないことがあるのだが、それはそれでもうなんていうか色々あった、と言うしかない。
形容すべき言葉が見つからないのは那樹に語彙がないからではない。
彼をしてもなお、その事の起こりと顛末というのを語るのは難しいものであったからだ。
「いや、一言で言えばいいじゃん」
ウィルの言葉に『閃光のシデン』としての姿で那樹は頭を振る。
そういうのってよくないと思うのである。
「そうよ。こういうことはしっかりとはっきりとさせておかないと。曖昧でいて良いのは、恋路の最中だけよ」
ザイーシャは微笑んでいる。
なんとも外見通りとは思えない艷やかな表情であるのは、自分のとびっきりの玩具――いや、ボーイフレンドのウィルに意地悪しているからである。
ボーイフレンドだったら味方についてもよくない? と思わないでもないが、そこはそれ。愛情の裏返しと言えば聞こえがいいかもしれない。
だいぶ猟奇的な気がするが、気の所為じゃなくても気の所為としておくが、周囲のマナーであろう。そんなマナーあってたまるかとウィルは言うかも知れないが。
ともあれ、どうしてこんなことになったのかという経緯を説明しよう。
「私の作ったとっておきの『性癖破壊ダンジョン』が……!」
カタリナ・ヴィッカース(ドラゴンプロトコルの組合員(ギルドスタッフ)・f42043)は打ちひしがれていた。
それはもうとっても。
なんでかって言うと彼女はドラゴンプロトコルである。
言うまでもなくゴッドゲームオンライン側でゲームプレイヤーを楽しませるために表向きはクエスト案内をしているギルドスタッフ。
しかして、彼女の正体は『これはと見込んだ少年少女を自らの作ったダンジョンに招いて健やかに性癖を歪める』競技を掲げる黒教ダンジョンマスターなのである!
此処まで言っておいてなんだが、ろくでもない。
「いや、本当ロクでもねーな!」
「うう……いいですか? ゴッドゲームオンラインは現実……即ち統制機構の抑圧から開放されるためにあるのです。でも、いずれ満たされてしまう。そう、即ちマンネリ! 人は刺激に慣れてしまう生き物! じゃあ、それを解消するためには?」
マイクを向けるようにウィルへとカタリナは手を差し伸べる。
その手をぺしっと叩きながらザイーシャが微笑む。
「新たな趣味嗜好の覚醒、でしょう?」
「そのとおりです!」
正解!
なんだこのやりとり、とウィルと那樹は思った。女性二人が盛り上がっている。なんか火花散っているように視えるのは気の所為であろう。気の所為。
「私は新たな目覚めを後押ししているだけなのです、なのに!」
そう、黒教の教えは『欲望による進化』である。
統制機構の元にあって、様々な刺激に耐性のない者などあっという間に新たな性癖に覚醒させてしまうことなど、お茶の子さいさいだったのである。お茶漬けサラサラするより簡単だったのである。
そのため、カタリナは常日頃からゴッドゲームオンラインにやってくる少年少女のゲームプレイヤーたちを監視している。
まあ、たまに別のNPCに唾を付けられているゲームプレイヤーもいるので、おいそれ手を出せないのであるが。いやまあ、それはそれで新しい癖に目覚めるきっかけになるからいっか、と思うのもまたカタリナである。
「質悪い」
那樹はそんなカタリナの言葉に素直な乾燥を抱く。
「ああ、そういう素直さを歪めたい!」
「わからないでもないけれど」
「いやでもよー、ちょっとデザインというか、ネタが古臭いよな」
ウィルの言葉にカタリナは衝撃を受ける。
後頭部をハンマーでぶっ叩かれたような気分だった。
「私の、『性癖破壊ダンジョン』が、古い……だと……?」
「そういうとこだよ」
そういうとこだよ。本当に。
確かにカタリナの『性癖破壊ダンジョン』は耐性のない統制機構で長らく過ごしてきたゲームプレイヤーたちにとっては刺激的なものであった。
だがしかしである。
彼女がこれは、と思ったカモ……もとい獲物は猟兵だったのである。
那樹はすでに猟兵として活躍している。まあ、多少は刺激があったのかもしれないが、いかんせん下地ができていないのである。
どれだけ豊かな土壌があっても耕していないのならば種も芽吹くまい。
そして、ウィルはあらゆる世界のあらゆるゲームをやり込んでいる。レーティング? なにそれ? な彼にとってはカタリナの言うところの『性癖破壊ダンジョン』など、数千年前に通ってきた道である。それは言いすぎじゃない?
「ええ、もっと刺激的にしてくださらないと。飽きてしまうわ」
ザイーシャはザイーシャで元々ゲーム感覚で『遊ぶ』と称して殺人行為を行ってきているのだ。根本がぶっ壊れているのである。
感覚が根本からおかしいのだ。
カタリナのカモとは、ある種健全な成長を遂げた者たちを対象にしている。
そういう意味ではザイーシャはあまりにも、その……と名状しがたいあれであったのだ。でもまあ、今はウィルをボーイフレンドにして辛かったり困らせたりして楽しんでいるので、まともになってきたのかもしれない。
そんなわけでカタリナ渾身の『性癖破壊ダンジョン』は三人はまるで刺さらなかったのである。
「強いて言えばさ、もっとゴーレムのデザインがもうちょっとカッコよければよかったよなー」
「加えて言うならトラップもありきたり。落とし穴というのならば、感覚遮断してほしかったし。何あの壁に埋まるだけっていう罠は。そこから先を何も考えていないことがまるわかりね。大方、どこかで見たようなものを上辺だけさらってきたのでしょうけれど、ダンジョンマスターとしての創意工夫以前に自らの性癖を開放しようっていう気概が感じられなかったわ」
カタリナの魂に核というものがあったのならば、そこにグサグサと刺さりまくる少年少女の容赦のない、いや、忌憚のない意見とい名のダメ出し。
「ぐ、ぐぅ……! 見事にど正論! 返す言葉もないです……!」
がくり、と膝をつくカタリナ。
那樹はなんだかな、と思った。でもまあ、これに懲りてくれたのならば、いらん仕様のクソダンジョンに突っ込むルーキーがひどい目に合わなくて良いのかも、と前向きに考えていたのだ。
「あ、そうだ」
そこでウィルが思い出したように手を打つ。
「ゴーレムって言えば、『プラクト』なんかすごかったよな。『セラフィム』ってロボットもかっこよかったし、クリーチャーも」
ウィルは異なる世界のことを思い出していた。
確かにカタリナの『性癖破壊ダンジョン』のゴーレムのデザインはダサかった。
今どき岩を組み合わせた無骨なだけのデザインなんて流行らんのである。せめて意味深なルーン文字が刻印されいてたり、それが発光していたりしてほしかった。
そういう意味ではアスリートアースにおける未だ非公式競技である『プラモーション・アクト』、通称『プラクト』におけるプラスチックホビーのデザインは面白いものがあったし、あれこそ刺激的だとウィルは思っていたのだ。
「『プラクト』?」
「そう、此処じゃない別の世界のホビー・スポーツの競技なんだけどなー」
「なあに、それ?」
ザイーシャがウィルがそんな世界に行っていたことを知らなかったので、ちょっと目つきが怪しくなる。
「痛い痛い。爪が肩に食い込んでる!」
「いいから。聞かせて?」
「肩離してからでもよくないか!? ああ、えっと、アスリートアースっていう世界があるんだよ。みんな超人アスリートで、殺人的な……あ、いや、全然死人はでないんだけど、そういうスポーツばっかりやっている世界」
その言葉に那樹は首を傾げる。
少しも想像ができなかったからだ。スポーツとは統制機構が定めるところのカリキュラムの一つに過ぎない。
そればかりをやっている、というのは一体全体どういうことなのだろうと思ったのだ。
ゴッドゲームオンラインで外の世界を知った那樹であったが、しかし未だ彼は井の中の蛙。三十六ある世界の一つとゲームの中の世界しか知らないのだ。
ならば、とウィルは頷く。
「知り合いのグリモア猟兵に頼んで転移させてもらおうぜ。百聞は一見にしかずってやつだ――!」
●顛末の後の末広がり
八洲・百重(唸れ、ぽんぽこ殺法!・f39688)はアスリートアースにてプロレス団体『物怪プロレスリング』に所属している東方妖怪……化け狸のプロレスラーである。
彼女は今日も今日とて練習に明け暮れている。
地方巡業にやってきていた『物怪プロレスリング』を見て以来、プロレス世界に憧れて上京し、この門を叩いたが、まだまだ若輩者。
所謂田舎っぺタヌキである。
過酷なトレーニングは苦にならなかった。
何せ、自分がやりたいと思ったことをやっているからである。
誰かに強要されたわけでもなければ、それしか道がなかったわけでもない。数ある道、数ある可能性の中から百重はプロレスを選んだのだ。
それはある種の幸福であったことだろう。
けれど、ただそればかりをやっているわけには行かないのが人生というものである。あ、いや、怪生か。まあ、それは些細なことだ。
「はぁ~そっか。もうハロウィンなんだべな~」
彼女は寮から外出し、月額制のトランクルームからの帰り道、商店街を彩るオレンジとパープルの模様めいた多くの飾りを目にしていた。
そう、ハロウィンである。
こういう時に商店街は商機を逃さない。
ハロウィンセールと相まって様々な催しが行われている。
「でもな~おらにはあんまり……」
彼女の目が見開かれる。
商店街の一角に彼女の視線が注がれる。
そこにあったのは模型店の文字!
彼女の心拍がギュンギュン上がる。息が荒く、けれど、彼女はいつのまにか早足になっていた。決して走り出すわけではなかったが、しかし、明らかに動揺……いや、これは高揚している、といって良いのではないだろうか。
彼女はすぐさま模型店の看板の元へとたどり着いていた。
店構えはショーケースが視える入り口。
古き善き模型店の風情が漂っている。
「はあ~……すんごいべ。この完成度! 相変わらずだべ~」
店の外から視えるショーケースの中には多くのプラモデル作品が力作と呼んで差し支えないほど並んでいる。
百重の知らぬところであったが、このショーケースの中には同じ猟兵たちの作品がチラホラと飾られている。
そう、この模型店の名は『五月雨模型店』。
猟兵であれば見聞きしたことのある者もいるだろう。かくいう彼女もまた、この店に訪れダークリーガーとの戦いに参加したことがあるのだ。
そんな彼女が何故、再びこの模型店を訪れたのかと言うと『新作入荷』の旗が立っていたからである。
「そうだべ、予約していたんだべ!」
ウキウキするのも無理なからぬことである。
そう、今日は新作の発売日。彼女が早足になるのも無理ない。
「何をそんなに興奮しきりなの? そんなに?」
「にゃはは、どうよ! このショーケースの中身! すんごいだろ!」
百重が振り返ると、そこにいたのは見覚えのある猟兵、ウィル。そして、その傍らにてこちらを見上げているザイーシャ。
その後ろに見慣れぬ猟兵である那樹とカタリナ。
一目で彼等が猟兵であることが理解できる。一体どうしたことなのだろうと彼女は首を傾げる。
「どうしたんだべ、今日はそったら大人数で」
「よう、久しぶり! いやさ、こいつらに『プラクト』のことを教えてやりたくってさ!」
ウィルが笑って三人を紹介する。
「はえ~なるほど。ほったら、おらもお手伝いできるな。こう見えて、おらも結構やるほうなんだべ」
百重はびゅんびゅん先輩風を吹かせている。
それはもうものすごく吹かせている。暴風雨みたいに吹かせているが、後のことを考えると心配になる。
だが、そんな百重やウィルたちとは異なる反応を見せたのが那樹とカタリナだった。
那樹にとって初めての異世界。
全てが眩しく視えるし、何もかもが鮮やかに思えてしまう。
統制機構に居た頃とは打って変わった世界に彼は感嘆の息を吐き出すことしかできなかった。
「ここは自由な世界なんだな……」
誰に決められるでもなく、自分で選択することができる世界。
確かにスポーツのルールという縛りはある。
けれど、それは統制機構の敷くレールじみた『人生設計図』に頼らない生き方だ。それがどうしても彼には眩しくて仕方なかったのだろう。
そんな彼の様子にウィルとザイーシャは互いに顔を見合わせて頷く。
那樹を取り巻く世界の事はかいつまんで聞いている。
自由もなければ、不自由もない世界。
決められたことを決められたとおりにこなすだけの世界。そんな世界からアスリートアースに来たのだ。
とめどない鮮やかな情景に彼は心を揺り動かされているのだろう。
特にザイーシャにとって統制機構という世界は、自分が猟兵として覚醒する前に寒村にて縛られていたことに重ね合わされてしまう。
けれど、それを語ることはない。
同情したって仕方ないし、自分がそうであったのならば同情されたいかと言われたら、そうではないと答えるだろうから。
ウィルも同様だった。
彼は、そのような不自由さを知らない。
経験したこともなければ、知りたいとも思わなかった。けれど、実際に停滞と管理たる世界に生きてきた那樹が息を呑む光景を見て、それが本当なのだと理解するだろう。
だからこそ、彼は大仰に彼の背中を叩く。
「……痛……った!? な、なんだよもう!」
「早く店の中入ろーぜ! 外から見てるだけじゃつまんねーよ!」
「だ、だってさ、僕こういうところは初めてなんだよ」
そう、統制機構において、知育玩具すら買うのに申請が必要になる。『人生設計図』において必要なものか、そうでないものか。それだけが区分であったからだ。
そういう意味では、自由になんでもしていい、というのは目の前にどうしていいかわからない程の大量の情報をばら撒かれたのと同じであったのだ。
「いいのよ。こういうのは感じるままに楽しめば。『遊び』ってそういうものよ」
ザイーシャはそっけなかったが、しかしウィルの手を取って『五月雨模型店』の中へと入っていく。
ズンズンとした足取りは普段の彼女からは考えられないものであったが、ウィルはわかっていた。彼女がこういう素っ気ない態度をとるときは、いつだって誰かの事を考えている時であろう。
彼女がそういうことを表に出したがらないことはわかっている。
まあ、嬉々として自分に女装させたり悪戯したりするのは……なんていうか自分を特別に見てくれていることなのだろうということは理解できる。
彼女なりの気持ちの表現なのだろう。
「そうだぜ、行こうぜ!」
引っ張られるままにウィルは那樹の手を掴んで道連れ、というような強引さでもって彼を店内へと誘うのだ。
そんな微笑ましい少年少女たちのやり取りを見ていた百重はもう一人の猟兵カタリナが会話に参加していないことに首を傾げる。
だが、すぐにわかった。
「なんともけしからんそうでけしからんくない格好じゃないですか。これはこれは、なんとも……いやらしくないのにいやらしいけど、いやらしさを打ち消すような爽やかさ……なんともマイルドに健康美を大っぴらにできるウェア……」
カタリナはアスリートアースの人々……即ち、アスリートたちの服装に大変感服していたのである。
今さっき、少年少女の良いシーンが繰り広げられていた傍とは思えないほどに下卑た光景である。
彼女は自身の『性癖破壊センサー』がビンビンしているのを自覚していたのである。
ろくでもないセンサーである。
「あんの~……お連れの子たちはみんな中に入ったべ?」
「……――ハッ!? 私としたことが。ええ、私のセンサーがビンビンしているのは、やはりこの店内! いざ往きましょう。新たなる性癖破壊のために!」
「ほんとろくでもないっぺ……――」
●五月雨模型店
店内は独特の香りがした。
紙の匂いであったり、溶剤が揮発した匂いであったり、はたまたホビー・スポーツに勤しむアスリートたちの汗の匂いであったりが混ざりあったものだった。
この店内には制作スペースも完備されているため、換気は十二分に気を使われたものであったが、しかし、それでも染み付いた独特な香りというものがある。
詰まる所、それは時に青春の香りとも表現できるものであったことだろう。
「……」
那樹は絶句していた。
いや、夢のような世界に頭がついていかないのだ。どれもこれもが産まれて初めて見るものばかりだった。
那樹には知りようもないことであったが、それは統制機構が全て発禁した模型玩具ばかりだったのだ。
恐る恐る手を伸ばす。
プラスチックホビーの箱。色とりどりの文字やパッケージアートが目まぐるしく視覚からなだれ込んでくる。
「お、お目が高いなー『ヴァンガイ』かー! 大手だからこそできる技術満載で組みやすいんだよなー」
「え、あ……」
横から声をかけてきたのは、那樹と年の頃は同じくらいの少女だった。
勝ち気な雰囲気がするのは、なんとなく覚えが在るような気がしたのだ。だから、戸惑っていると彼女は笑う。
既視感が那樹を襲う。けれど、それがどうしてかわからない。
「よう、『アイン』。相変わらずだなー! 世界大会はどうよ」
ウィルの言葉に『アイン』と呼ばれた少女が振り返る。
「絶好調よ! ふふん。なんだよ、久しぶりじゃん、ウィル!」
いえーい、と二人は拳を突き合わせる。
すると制作スペースの置くから、また一人二人と少女と少年が現れる。
そう、彼等こそが『プラクト』チーム『五月雨模型店』のメンバーである。
「はじめましてのお客様ですね。こんにちわ」
「そちらに見えるは百重お姉さんではないか。予約していた新商品は届いているぞ!」
「こ、こここんにちわ……!」
『ツヴァイ』、『ドライ』、『フィーア』。
彼女たちが名乗るとさらに那樹は困惑する。
なぜなら彼女たちの名前は、彼が知るゴッドゲームオンラインのクランに所属するゲームプレイヤーたちと同じ名前であったからだ。
「そちらは?」
「こっちはオレの友達!『プラクト』知らないっていうから連れてきたんだ」
「そっか! 私は『アイン』な。よろしく!」
そう言って手を差し伸べる少女に那樹は頷く。
確かに名前は同じだし、雰囲気も似ている。『フィーア』だけがどもっているのは、異なっていたが、でもそれでもこの雰囲気を彼は知っている。
ドイツ語数字だから、偶然なのかもしれない。
けれど、とも思うのだ。もしも、いつの日にかリアルで『憂国学徒兵』のみんなと、本当の自分たち同士で顔を合わせることができる日も来るかも知れない。
「オレのはこいつ『ベアキャットEX』な! どうよかっこいいだろう!」
ウィルはなんとも子供らしい陽気さで場を温めるように自分のホビーを見せてくれる。
とは言え、自分も何か選ばなければならない。
このプラスチックホビーは、自分で作くらなければならないのだという。
「なんにするんだべ?」
自分の予約していた商品を手に百重が那樹に尋ねる。
どれが、と言われると困ってしまう。だって、これまで那樹の人生は選ぶのではなく、選ばされてきたものであるからだ。
だから、どう選んでいいかわからない。
その様子を見たザイーシャはさり気なく棚に手を伸ばしてキットの箱をくるりと回して那樹に見せる。
そこにあったのは、ロボットのプラスチックホビーながら、しかし女性的なシルエットをした機体の姿だった。
「男の子ってカクカクしたものばかりお好きなのね。でも、私は」
こういう曲線で構成された柔らかで流麗なものが好き、とザイーシャは、その箱を抱える。
「私、これに決めたわ。あなたは?」
「う……」
「自分に似たよなのがいーぜ! 得意なことってあるだろ?」
『アイン』の言葉に那樹が思い浮かべたのは、ゴッドゲームオンラインのことだった。
自分のアバター。
聖剣士。
そのジョブは二刀流だった。最高のDPSを出す覇権ジョブ。
『アイン』の助言に那樹は一つの模型に手を伸ばす。
「おお、二刀流の! スピードタイプだな! 扱いが難しいと言われているが、使いこなせば圧倒的な手数を出し切ることができるはずだぞ!」
『ドライ』が解説してくれる。
「なら、これを……」
「工具は貸し出してくれるからな! 早速組もうじゃないか!」
そう言って制作スペースに連れ込まれてしまう。
なんとも面映ゆい。頬が緩む。自分らしくない、と思ってしまうけれど、それでもなんだか心が跳ねるような気持ちになってしまうのだ。
そんな那樹の様子を見ていたウィルは連れてきてよかったと思うのだ。
「カタリナはどうすんだー?」
「私はこれです、これ! これにします! これ一択です! あ、いえ、他にもほしいのは在るのですが、これが! 私の『性癖破壊センサー』にビンビンきてします!」
「あ、そ、そう……」
彼女が手にしていたのは所謂美少女プラモと呼ばれる分類のものだった。
那樹やザイーシャが手に取っていた『ヴァンガイ』のプラモデル。同じ企業であるのだが、一斉を風靡した美少女プラモ界隈に満を持して大企業『ヴァンガイ』が参入した商品だ。
所謂『エンジェルエ』と呼ばれるメカをまとった、カタリナ的に言うなら『けしからん衣装でメカを纏った美少女』である。
そのパッケージアートもまた見事であった。
センサービンビンである。
「はー……なんとも美しい造形美。肌の質感も見事ですね」
頬ずりしているカタリナ。
ウィルは、こいつは放っておいていいな、と判断してその場を離れる。カタリナとしては、新たなる性癖破壊のための因子をゲットしたと内心ほくそ笑んでいるのだが、その実彼女の性癖に直撃したことを自身でも自覚できていないのだ。
そんな彼女を置いて那樹の様子を見に行くウィル。
何もかもが初めての状況であるが、百重や『五月雨模型店』のメンバーがあれやこれやとアドバイスをしてくれている。
「そうそう。ランナーっていうんだぜ、これ」
「ニッパーの使い方が上手ですね。本当に初めてですか?」
「二度切りも即座に使いこなすとは! 素質があるな!!」
「す、すすすごいです。ゲート跡綺麗に消せましたね。綺麗ですよ」
ちやほや。
めちゃくちゃ『五月雨模型店』のメンバーにちやほやされている! 那樹の挙動一つ一つを褒めまくっている。
なんていうか、ビギナーを絶対沼に沈めるまでは離さないという気概が感じられる光景であった。
「は~、おらもはじめはあんな感じだったんだべなぁ」
感慨深そうに百重は頷いている。
いいのか、今が先輩風びゅんびゅんする絶好の機会であるが。
「これなら、おらも作り始めてもんだいないべな」
うんうん、と購入した新作を彼女は開封する。ウィルも興味があったのだろう、どんな感じなのかなって覗き込む。
「お~……これはまたすんごいパーツ数だべ……」
「関節駆動のフレームがえげつないな、これ。本物のキャバリアみたいなパーツ数じゃねーか?!」
ウィルは百重の購入した新作のランナーを見て目をむく。
そこに広がっているのは、細かいパーツのオンパレード。百重の体躯からすると、本当に小さく見えてしまう。
「んだ、おらもだいぶ上達したべさ。これくらい……!」
やってやれないことはないと言わんばかりに百重はニッパーを手に取る。
「いざ! だべさ~!!」
百花繚乱。
パーツが宙を舞う。見事なニッパー捌き。二度切りで飛ぶプラスチックのランナー片。されど、ゲート跡は綺麗に白化せずに処理されていく。
彼女が上達した、というのもうなずける。
だが。
あいにくとどこにでもいるのである。
何が?
そう、妖怪パーツ隠しである! ぱちん、と音がいて百重の手元から飛ぶパーツ。確かに床に落ちる音を聞いた。飛んだ方角も見た。
けれど、ない!
「ない!? ないべさ!? え、なんで?! なんでこっちにないんだべ!?」
「い、いや、よく探せばあるって! 床に落ちた音したし!」
ウィルと二人で床を血眼になって探すが見当たらない。なんで? え、なんで!? そう、それが妖怪パーツ隠しの仕業である。新し妖怪である。嘘。いるかもしれないが、今のところいない。多分。
単純に落ちた方角でパーツの形からか方向を転換して見当違いの場所に飛んでいったのだろう。
これがプラモデル制作がどれだけ熟達していっても、起こりうる事象なのである。
「ないない?!」
「あっちじゃねーのか!?」
そんな百重にかかりっきりなウィルの背中に、どすん、と音がする。
「ぐえっ!?」
「あら、椅子かと思ったわ」
ザイーシャである。彼女がパーツが飛んでいった床を四つん這いになって探していたウィルの背中に座っているのである。
今それどころじゃないのであるが、しかしザイーシャはツンケンしていた。
「なんだよ、今パーツ探してて……」
「それどころじゃないの」
「いやだって……」
「私、ニッパーというの? あの挟み切る工具で指を切りそうなの。どうにもうまくいかなくって」
ザイーシャは白い指をウィルに見せる。
別に傷もなにもないんだけど、と思ったが、しかしそれは己の手を取れ、という意思表示であった。
「見てくださる?」
「えー?」
ウィルの見立てとしては、ザイーシャはプラモデルを問題なく組み立てることができると思っていた。
殺人技巧的なことではなく、彼女の知能指数の高さ故に、即座に説明書を読み込むまでもなく理解できるだろうと思ったからだ。
なのに、彼女はできない、と言ったのだ。
「いいから。こっちに来なさい」
そう言ってザイーシャはウィルを百重たちから離して制作スペースの一角へと引きずり込むのだ。
「いや、ここまで組んだのなら、もう完成だろ……」
そこには組み立てられたパーツの数々が並んでいる。後は接合していくだけだ。なのにザイーシャは微笑んでウィルの手を取るのだ。そして、自分の手に重ねさせる。
「ここからが一番肝心なのではなくって? 一緒に組んでくださる?」
「確かにそうかもな。じゃあ、一緒にやろうぜ」
次からは自分でやれよな、とウィルはぶつくさ言いながらも、二人の仲睦まじい共同作業という名のプラスチックホビー完成への道程を歩むのであった――。
●君が思い描き、君が作って、君が戦う
『プラモーション・アクト』――通称『プラクト』。
それはプラスチックホビーを作り上げ、自身の動きをトレースさせ、時に内部に再現されたコンソールを操作して競うホビースポーツである。
思い描いた理想の形を作り上げるというのならば、たしかに『プラクト』は心・技・体を兼ね備えたスポーツ。
プラスチックホビーを作り上げ、フィールドに投入し自分自身で動かす。
想像を育む心、想像を形にする技術と、想像を動かす体。
そのいずれもが欠けてはならない。どれか一つでも欠けたのならば、きっと勝利は得られないだろうから。
「という前置きはいいからさ!」
「お約束ってやつだよ!」
「じゃあ、レギュレーションの確認はいいか?」
「おうともよ! くーチーム戦楽しみだな!」
そう、プラモデルを作ったら戦う! それが『プラクト』の醍醐味である。
自分で作って、自分が動かす。
それはある種、プラスチックホビーを嗜む者たちの夢であったことだろう。それがどんなに難しいことはかは言うまでもない。
自分の体に近づけた機体は、たしかに可動域さえ許せば、己の動きを完璧にトレースする。けれど、その可動域を越えた動きはできないのだ。
そういう意味では確かにアスリートスポーツであると言えただろう。
「コンソールは、これ、で……武器スロットルに合わせて、後は自分の体で動かすのか」
那樹はゲームプレイヤーらしく『プラクト』の仕様にすぐさま順応していく。
完成したプラモデルはツインブレードを持った二刀流。
前衛なのは普段のゴッドゲームオンライン内部での役割と変わらない。とは言え、自分の体を動かして、自分の体ではないものを動かすというのは不慣れであろう。
これから行われるは、世界大会に参加するようなチーム『五月雨模型店』との練習試合だ。
緊張するな、という方が無理な離しだ。
だが、それでもと思う。
これは楽しいスポーツだ。自分で選び、自分で作り上げたもので、自分らしく競い合う。それは予定調和しなく、管理されたスケジュールしか許されぬ世界にあって、変化という名の成長であったのだ。
故に那樹は己の機体、そのツインブレードを抜き払う。
「『閃光のシデン』、行くぞ!」
「にゃはは! オレも続くぜ『ベアキャットEX』!」
那樹とウィルの機体がフィールドに飛び出していく。言ってしまえば、ゴッドゲームオンライン内部におけるパーティプレイ。
重戦士に相当する『ベアキャットEX』内部のモーターが関節部で唸りを上げ、そのトルクでもって一気に『五月雨模型店』のメンバーの操る機体に飛びかかっていく。
「どうだ、このパワー! 百萬馬力なんて目じゃねーぜ!」
普段のウィルであれば、電脳魔術を使ってのトリッキーな戦術が目立つ。けれど、今回はそういうユーベルコードを封じての戦いだ。
今の彼は真正面からぶつかり合う先方しか取れない。
けれど、それでもウィルはよかったのだ。
勝敗にこだわらないこともある、と那樹に教えたかった。決まった予定調和。変化のない世界に生まれ育った彼に、世界はこんなにも広いのだと教えたい。
そして、色鮮やかな世界の中で生きていけること、そして、それを取り戻すことができると……いや、そんな小難しいことは考えてもいなかったのかもしれない。
ただ、できた友達と一緒に遊ぶ。
そんなシンプルさであったのかもしれない。
「いやーなんともこう、背徳的な感じがしますね!」
カタリナの改造した美少女プラモが戦場を練り歩く。
練り歩く、というか、モデルウォーキングである。しゃなり、しゃなりと動く機体。いや、フレッシュカラーが多めになっているような気がしないでもない。それは青少年の性癖をぶち壊しかねないデザインの衣装を纏ったカタリナの作り上げた美少女プラモだったのだ。
「すんごい格好だべさ」
「いや、本当にそうですね」
「おっと、危ないだべさ!」
ひらりと『ツヴァイ』の一撃を躱しながら百重は、先程までの妖怪パーツ隠しにひどい目にあっていたお|狸《たく》はそこにはいなかった。
新作プラモデルのフレキシブルなフレームに寄って『プラクト』の『モーションタイプ』の操縦をダイレクトにフィードバックした機体が舞う。
まるで蝶のようであり、また反撃の一撃は蜂の針のよに鋭い。
「やはり本職がプロレスラー! 凄まじい動き……やはり動きが洗練されている。無駄に見えてまったく無駄ではないですね……!」
「『ヤッシマー魔魅』此処にありだべ~! かもん、『ベアキャットEX』!」
「よっしゃー! ツープラトン攻撃だ!」
「だめよ」
え、とウィルが振り返る。
すると、そこにいたのはザイーシャの駆る流線型美しいプラスチックホビーの姿であった。
にこり、と微笑んだように見えたのは気の所為である。
重量級でさらにモーターを関節に仕込んだパワー自慢の『ベアキャットEX』が何故か味方であるザイーシャのプラモデルに抑え込まれているのだ。
「なんでだ!? 今から連携攻撃っていうのに!」
「そういうのは」
自分とやるべきだ、とザイーシャは言いかけて言わない代わりに微笑んだ。
「手が滑ったの」
「そんなわけねーだろ!?」
そう、『ベアキャットEX』の駆動部にザイーシャの放った武装、子機が突き立てられ、その機体の制御を阻害しているのだ。
トリッキーさを極めたような装備にパワー自慢の『ベアキャットEX』が完全に封じられているのだ。
いや、味方なんだけど。
「何やってんだよ。ハハハッ!」
百重とウィルのツープラトン攻撃は失敗し、そこに漬け込むようにして一気に『五月雨模型店』のメンバーたちが攻め込んでくる。
絶体絶命だ。
けれど、楽しい。那樹はそう思う。
皆チームなのに、好き勝手に遊んでいる。渾沌めいた光景。だけれど、それが心地よい。いろんな色があって、いろんな人間がいる。
決められたことではなく、決められていないことを、そのまま受け入れる。
変わっていくこと。
それが悪しきことだと教わってきた
けれど、それでも。
万華鏡のように変わっていく『プラクト』フィールドの中に那樹は己の生を見ただろう。
「行くぜ!」
『アイン』が突っ込んでくる。
その踏み込みは、『閃光のシデン』とロールプレイする己と同じ位、速度に優れていた。同じ『閃光』の渾名を持つ者同士。
そこには確かな共感があったのかもしれない。
楽しい。
それが最も大切なことだと理解するように那樹は『プラクト』に興じるのだった――。
●それぞれの帰路
「あー、楽しかったな! 面白かった!」
「んだべ、良い試合だったべ!」
試合が終わり、『五月雨模型店』のメンバーたちと駄菓子で大盛りあがりをした後、解散という流れになっていた。
ウィルの言葉に百重は同意するようにうなずき、マイ工具ボックスを手に今日完成し、そして試合で共に駆け抜けた機体を丁寧に梱包してから手をふる。
トランクルームに一端寄ってこれらを預けてから寮に戻らなければならないのだ。
「また誘ってくれると嬉しいべ」
そう言って晴れやかに帰っていく彼女の顔は晴れやかだった。
そして、その隣で山積みになった商品をダンボールに幾箱も梱包したカタリナは満足げだった。
今後の『参考』にするのだろう多くの戦利品。
山程のお宝は、文字通り彼女の財宝となるだろう。
「このお宝は絶対誰にもわたしませんからね!」
「いらないわ」
にべにもなくザイーシャが切って捨てる。
「あまりにも塩対応じゃないですか!?」
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「楽しかったわ。また遊びましょう。|Пока《またね》?」
『五月雨模型店』のメンバーたちにとっては、それは聞き慣れない言葉だっただろう。
けれど、ウィルは知っている。
彼女が母国語の言葉を使う時、それはたいてい本音を含んだ時のことなのだと。きっと楽しかったのだろう。
偽りのないこととして伝えるために彼女は敢えて、その言葉を選んだのだ。
「おう、またな!」
「是非、今度も練習相手になっていただきたいです」
「いつでもまっているぞ!」
「こ、こここんどは、絶対勝ちますからね」
『五月雨模型店』のメンバーたちも手を振って見送る。
ウィルとザイーシャもまたな、と店の前から歩いていく。彼女たちはまた別のところで打ち上げをするのだろうが、それはザイーシャの望みであり、やりたいことなのだろう。
那樹も自然と手を振って別れていた。
またな。
その言葉が頭の中で反芻されている。
まるで夢から覚めるようにして那樹ヘッドギアを外す。
目を見開けば、そこは灰色の自室だった。それまで見ていた鮮やかな世界などどこにもない。
わかっている。
頭を振る。そう、わかっていたことだった。あの夢心地のような世界の中にあって、どこか自分が浮足立っているように感じた理由を。
そう。
ゴッドゲームオンラインを介して猟兵として他世界に言っただけなのだ。
己の手元には、あのプラスチックホビーはない。残らない。どれだけ一生懸命作ったのだとしても、決してこの世界に持ち帰ることはできないのだ。
それがどうしようもなく寂しいと思ってしまった。
「……」
それは裏返しだった。
完成した時、ゴッドゲームオンラインのレイドランキング上位に食い込んだ時と同じくらいの高揚感と充足感が彼の胸を占めていたのだ。
それに、また、と言ったのだ。
また彼等と共に遊びたいと思ったのだ。けれど、それがあまりにも遠いことのように思えるほど、この世界の灰色にくすんだ光景が現実を己に知らしめる。
けれど、『閃光のシデン』は知るだろう。
再びゴッドゲームオンラインにログインした時、彼のアイテムボックスの一覧に見慣れぬアイテムがあることを。
夢のような時間であったけれど、あれは夢でもなんでもなかったのだ。
そして、そのアイテムのテキストには最後にこう記されていた。
「歓迎。新しい|挑戦者《チャレンジャー》」
確かな実感が胸にある。
変わらないことなど何一つ無い。不変など無い。
けれど、今己の中にある感情は変わらないことではなく、変わっていくこと、膨れ上がっていくこと、成長する喜びに震えるのだった――。
成功
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