#獣人戦線
#ノベル
タグの編集
現在は作者のみ編集可能です。
🔒公式タグは編集できません。
|
●黄薔薇は
戦禍において何の役に立たないものがあると説く者がいる。
例えば、友情であったり、思いやりであったり、幸福、温かさ。
そうしたものは柔らかく、容易く鋼鉄の硬さによって蹂躙されるものであったからだ。もしくは弱者のみが持ちうるものであったからこそ、強者に寄って食い散らかされるものであったかもしれない。
レヴィア・イエローローズ(亡国の黄薔薇姫・f39891)は思う。
時が逆巻くことはない。
過ぎ去った時は過去となって再び己の前にやってくることもあるだろう。
堆積した過去は容易く事実を歪ませる。
過去を遺物と言うことなかれ。
されど、と彼女は頬を伝う暖かなものこそ失ってはならぬものであると知る。
涙する者は眦を下げる。
頭を垂れる。
だが、己は違う。
「……いつか必ず、祖国を」
失われたものを贖うことができるのは奪い返すことだけだ。それ以外に人は未だやり方を知らない。
恩讐の彼方、そのさきを未だ見れぬ人の未熟さ。
しかし、それでも、その復讐の炎が人の心に灯るのならば、それは時として人を前進させるための力になるだろう。時が過去を踏みつけて前に進むように。人もまたその復讐の炎を背に受けて未来へと進むことができるのだ。
レヴィアは、前に進む。
●落日
それは後に『黄薔薇の奇跡』と呼ばれる出来事であった。
だが、今はまだ誰も知らないことである。そうあるべき、とされたのか、それともそうなる運命があったのかはわからない。
未来のことは誰もわからない。
仮に未来がわかったとて、それをどうにかする方策など人にはないのだ。
「……戦火の音が」
レヴィアは黄薔薇の園の大地から伝わる震動で、戦いの気配が此処にまで迫っていることを知る。
『イエローローズ王国』――それがレヴィアの国の名前である。
第五氏なれど序列は三位。
だが、その肩書は最早地に失墜しようとしていた。迫るは超大国『クロックワーク・ヴィクトリア』。
蒸気魔法文明とアンディファインド・クリーチャーをも擁する巨大な王国の名である。
敵対するものはすべからく支配される。
植民地支配を広げ肥大していく超大国は、その毒牙を己の国にまで向けているのだ。
戦争とは即ち外交の失敗であると語られる。
だが、超大国『クロックワーク・ヴィクトリア』には、その理屈は通用しない。
まるで戦争することが、植民地支配を広げることが目的であるというように外交という前哨さえも飛び越えて戦火を撒き散らすのだ。
震動に揺れる黄薔薇の花をレヴィアは、そっと掌で包む。
「どうか」
どうか、と願う。願いは祈りに変わる。己ではない、人の身ではないなにかに祈るしかない状況であることはわかっている。
それは是とするところではなかった。
己の気質を考えるのならば、祈ることなどしている暇などなかったのだ。
●暇
「ようやく来たか」
「ええ、遅いくらいでした」
ガチャガチャと音を立て、白煙を立ち上らせながら『クロックワーク・ヴィクトリア』の蒸気機械鎧を身に纏ったオブリビオン将校に率いられた軍勢が迫るのを『イエローローズ王国』の王宮にて、彼等は見下ろしていた。
残ったのは彼等の親衛隊のみ。
首都はすでに侵攻を許している。
遠くに己たちの王国の街が燃えている。
これがボタンの掛け違いによる結果であったのならば、己の無能を悔いるだけでよかった。
だが、これはボタンすら掛けることのできないことの顛末でしかなかった。
「まるで問答無用だな。だが、故にこちらも投げ打つことができる」
生命を。
それは遅きに失する決断であったかもしれない。
歴史家が後に語ることであったが、しかし、それは未来を見通せぬ人にとってはわかり得ぬことである。
最善の結果というものが如何なるものであるのかを知るのならば、『今』を見ぬ者に未来など訪れない。
故に王族たる己たちは『今』を見据えなければならない。
純然たる結果を。
「陛下。御身は」
「よい、敵の意識はこの王宮に引き付けられている。諸君らの……いや、今は貴兄らのと呼ばせてもらおう。その働きによって、それは為さしめられている。感謝しよう」
「もったいなきお言葉でございます。もとより我等の生命は陛下のもの。如何ようにもお使いください」
「ならば余は敬意を持って貴兄らに告げねばならぬ」
己と共に死んでくれと。
己の傍らに最期まであると告げた女性を抱き寄せる。立場というものがなければ、彼女だけでもと思ったが、己たちの意志は子らに受け継がれているだろう。
ならば、思い残すことはない。
「民間人の避難はすでに完了したのだな」
「は、万事ぬかりなく」
「よい。王は戴かれるのみにあらず。その威光でもって遍く民の心にかかる闇を振り払うことにこそ――」
●生命を使う
凄まじい轟音が響いた。
その音をレヴィアは黄薔薇の苗を手にしながら聞いただろう。
振り返ることは許されなかった。『イエローローズ王国』の象徴たる黄薔薇。その苗を別天地でもって根付かせるために、この作業は手を止められなかった。
死が迫っている。
己の肩に手を掛けている。
はっきりとわかった。これは戦火が全てを飲み込む時の感触だ。
生命も。悪しきことも善きことも、全て飲み込む。戦火とはそういうものだ。万事区別なく。あらゆる物を炎の破滅でもって呑み込んでいく。
「……――」
レヴィアは声成らぬ声を上げた。
あの轟音はきっと敵を引き付けるだけ引き付けて自爆する生命を使う行いの結果であったことだろう。
成功したのか。失敗したのか。
結果はわからない。
わからないが、しかし、己の手にした黄薔薇の苗が光り輝いた時に全てを理解した気がする。
己の近しいものが世界からいなくなった。
もう二度と会うこともできない悲哀が胸を塗りつぶしていく。だが、同時に手にあった黄薔薇の苗が変貌していく。
花園にあった全ての薔薇が魔力へと変換されていく。
「何が……!?」
一つの滅亡は、一つの生誕を示すというのならば、それはあまりにも皮肉なことだった。
生命は巡らない。
生命は還らない。
されど、人の思いは回帰するというのならば、目の前の威容を見よ。
「パンツァーキャバリア……?」
レヴィアは目の前にそびえ立つ、黄薔薇の苗であったものを見上げる。
絢爛たる輝き放つ装甲。
それはまるで、『生と死を羨み糧にするもの』のように思えてならなかった。手を伸ばす。美しいと思ったからではない。
目の前に力の象徴がある。
これに手を伸ばせば、これを手に入れることができたのならば。
戦える。
非力な己を変えることができる。
そして、力はいつだってそうだけれど、其処に在るだけだ。
「ならば、わたくしは!」
目の前のパンツァーキャバリアのコクピットハッチを開く。誘われたからではない。己が望んだのだ。己が望み、そして踏み出したのだ。
誰に強要されたわけでもない。偶然が重なったわけでもない。
必然的にレヴィアは選んだのだ。
己が戦わなければならないと。そうであることが、レヴィア・イエローローズであると己が今定めたのだ。
「殿下! なりません! 貴方様が出ては、なんのために……!」
侍従が見上げている。
だが、レヴィアは振り返らなかった。
その瞳にあるのはユーベルコードの輝き。
闘志ではなかった。
復讐でもなかった。
そこにあるのは、純然たる力に対する欲求。
「貴方たちは、後方の民間人を保護しているタンカー部隊と合流なさい」
「姫様! 今からでは最終防衛ラインに残った方々は間に合いません」
「問答は無用! それでも……いいえ、ならばこそ、こういいましょう……『それでも』と!」
その言葉は戦場知らぬ無垢なる者の言葉だった。
だが、力がある。
其処に在るだけの力を如何にして使うかを決めるのは意志である。
レヴィア・イエローローズとして己が為すべきを決めた瞬間、黄薔薇のパンツァーキャバリアは凄まじい勢いで戦火渦巻く戦場へと飛び込んでいく。
「我が黄色に応じて開花せよ、羨望の深淵。それは正確無比に最終戦争を放つ鋼鉄の無垢。砲塔から破壊を放ち、理不尽を蹂躙せよ」
機体の形が変貌していく。
巨大な戦車砲塔。
そして、ばら撒かれるミサイルの雨。
その全てが乱打のように思えて、正確無比なる一撃となってオブリビオンだけに降り注ぐ。
「オブリビオンと言えど、一兵卒。撃てば打ち倒せるというのなら!」
恐れるに足りないものである。
燃える王宮が滲む視界の端に映る。あれはもう救えない。
皮肉なものだった。
全てを救えるだけの可能性たる力が今あれど、それは全てを失ったがゆえに得たものである。
もっと早くに、という思いに蓋をし、零れそうな涙をこらえながらレヴィアは最終防衛ラインを割らんとするオブリビオンの軍勢を蹴散らす。
吹き荒れる爆風は黄薔薇の花弁の如く戦場を席巻する。
生命を使うことで民間人を逃がそうとしていた将校たちは見ただろう。
己たちの奉じる国の象徴たる黄薔薇を。
全てを失ったがゆえに生まれた象徴。
その花が咲き誇るようにして、その力を示している。
知らず声が漏れるのを止められなかった。
「今のうちに撤退を! 此処で死ぬことをわたくしは許しません。生きて祖国を奪還せんという意志あるのならば、走りなさい。貴方達の背はわたくしが守ります!」
レヴィアの声が響く。
それはいつの日にかと願うことで『今』を生き抜く力を命捨てる覚悟を持つ者たちに与えるものだった。
生命を使うのだとしても、それは今ではないのだと示すように黄薔薇は咲き誇る。
たとえ、花が落ちようも実は残される。
実は大地に落ちて、種を。
種は芽吹き、また花を咲かせるだろう。
「征きなさい、その胸に奪還の意志を燃やして」
レヴィアは、黄薔薇の落日を奇跡に変え、戦禍を乗り越える――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴