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兎を連れて――秋の食祭

#UDCアース #ノベル #猟兵達の秋祭り2023 #北海道美食シリーズ

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ルシエラ・アクアリンド




「はい」
「……はい?」
 突如差し出された包みに青年は赤茶色の瞳を向け、そのまま視線を上に向ければルシエラ・アクアリンド(蒼穹・f38959)の笑みがそこにあった。
「お土産。ラッドシティで貰ってきたんで渡しに来たよ」
「わざわざ、此方まで、私に……ですか?」
 ヴァニス・メアツ(佳月兎・f38963)は両手で差し出されたそれを受け取る。中は何だろうと軽く揺さぶってみればカサカサと軽い音。これは菓子だ、と甘党兎は勘付いた。
 数分後。封を開けた中身――ラッドシティに漂う紫煙を模したマカロンクッキーがテーブルの上に置かれ、注文された紅茶がポットで供される。
「へぇ、綺麗な色ね。私達も頂いて良いの?」
 猫店長のカフェで料理担当をしているエルフがトレイ抱えたまま覗き込み、許可を得た上で一つ摘まんで口に放り込んだ。瞬間、緑色の瞳を輝かせ。
「ん……! なにこれおいしいっ!!」
「ラッドシティの紫煙の如く、ふわっと口の中で煙の様に溶けて消える――最近流行りの銘菓だそうで」
「やっぱりお菓子には詳しいんだね、ヴァニス」
「まぁ一応、情報屋やってましたし?」
 ルシエラが感心する様に首傾げれば、ヴァニスは悪戯じみた笑みで返しつつ、思い出した様に告げる。
「そうそう……先般の戦争はお疲れさまでした。ルシエラさんも大活躍だった様で」
 幾つかの戦場で見かけました、と青年は言う。最後、天空回廊ヘイズワースの地で終戦を見届けた彼女はこくりと頷いて紅茶のカップを口に運ぶ。
「ライムちゃんも無事に見つかったしね。長老の所にちゃんと届けて来て……あ、長老撃たなかったよ」
「ぶふっ……!? いや、あれは冗談というか初見の方々向けで言った訳ですし……!」
 口に含んだ茶を噴き出しそうになりながらヴァニスは肩竦めた。どうもこの娘はキチンと報告しないと気が済まない性格なのだろう。
「で。ヴァニスもお疲れさまって事で、ハロウィンも近いし甘いもの含めて食べ歩きに行かない?」
「……何なんですか、そのノリと勢いで行こうな感じは」
「このパンフレット、玲頼が|札幌《実家》に戻った時に行った秋のお祭りらしいんだけど楽しそうだなぁって」
「ってか|この世界《UDCアース》は詳しくないですよ私??」
 展開の唐突さに思わずツッコミが口から零れ出る。だが当のルシエラは彼のその反応すら楽しんでいるかの様に笑みを崩さない。
 パンフレットには札幌オータムフェストの文字。北海道は札幌市の中心にある大通公園に所狭しと飲食ブースが立ち並び、北の大地に育まれた秋の味覚が楽しめるイベントとの事。ぺらぺらと捲れば出店している店の情報が満載で、ラーメンやカレーと言ったがっつりゴハンから、海鮮や肉の炙り焼きの様なお酒のお供になりそうなものまで多種多様。
「ソフトクリームやパフェもあるみたいだね」
「パフェ……気にはなりますけど。ここは玲頼さんに案内お願いした方が良いのでは?」
「それもいいけど、折角だから開拓するのもありかなと思って。まぁほら、足で稼げともいうし」
 何を。そんなツッコミを表情に出しつつもヴァニスは明らかにパフェの写真に心揺らいでいる。ならば押して駄目なら引いてみろと言わんばかりにルシエラは僅かに声のトーンを落として告げる。
「嫌なら仕方がないから諦めるけども……」
「……嫌、とかそんなじゃなくて。その、勝手が違う世界に慣れて無いんですよ私」
 所謂西洋ファンタジー的な世界出身の二人。そこの金髪エルフと違って現代科学文明に馴染めないのだとヴァニスは珍しくどこか不安そうな表情を浮かべていた。
「そも、ホッカイドーとやらに行った事あるんですかルシエラさんは」
「え? 蝦夷には行った事あるけど北海道は無いよ?」
 にこにこ。純粋な微笑みで返事がなされ。
「大丈夫、行けばきっとなんとかなる!!」
「言っとくけど飛行機は乗れないからな!!!」
 高い所は怖くない。デジタル機器が怖いだけ。

 ◆

「ありがとうね、玲頼」
「んじゃ、迷子にはなるなよー」
 現地に送って貰うだけなら、とグリモア猟兵のテレポートを駆使して頂き。ルシエラは札幌の地を踏みしめた。
 9月末ともなれば寒さが段々増してくる。白いワンピースにショールを羽織り、時々吹き付ける木枯らしへの対策はバッチリ。肩には仔竜のシエラがもふっと鎮座。時々抱かせて貰うと温もりが暖かい。
「さて、ヴァニスは……?」
 いつもの格好で出掛けようとした彼はTPOを考えろとこの世界出身者達に止められていた。着せ替えが終わったら追い付くからと現地待ち合わせと相成って。
 駅前通りの大きな幅の車道にはひっきりなしに自動車が往来する。星霊建築とは違い、綺麗に真っ直ぐ高くそびえるビル群を見上げ、自分達の世界とも小世界群とも全く違う文明に感嘆の息を呑む。
 猫カフェがある街も都会ではあるが。この札幌は整備された区画にビルが建ち並び、その谷間に自然の憩い場の如く緑溢れる公園が存在する都市。だが目の前のオータムフェストの賑わいは、自分達の世界における収穫祭の賑わいと変わらぬ活気に溢れている。大地と水の恵みに感謝し享受する事は世界を越えて変わらぬ営みなのだ。
「――ルシエラさん」
 聞き覚えのある声が振って降りてくるのに振り返ると。見覚えのある長身がそこにあった。
 細身の黒ジーンズに濃緑のシャツ、黒いジャケット。常はバンダナが巻かれた髪も黒のフェルトハットに収められ、変わらぬピアスだけが揺れている。
「遅くなりまして」
「ううん。この世界のコーデも似合うね」
「そう言って頂けたら安心しました」
 ホッと息をつくヴァニス。心底安心したのが見て取れる。
「あ。お仕事ご苦労様でしたの意味もあるので全部奢るね」
「え、いや、それはこちらの台詞ですよ」
 一緒に歩き始めたところでルシエラの申し出に焦り声でヴァニスが言う。いいから、と続ける言葉の先。
「来てくれたお礼も含めて、ね?」
「……じゃあ、次があれば奢ります」
 遠慮しすぎるのも失礼に当たるか、とヴァニスは肩竦め。ならば折角の機会、美味しそうなものをしっかり二人で楽しむ事で応えるべきか。
 まず向かったのはラーメンやカレーのブース……に紛れて在ったソフトクリームのお店。
「いきなり米や麺は腹に溜まりそうですし」
「そうだね。ん……! このソフトクリーム、三つそれぞれ味わいが全然違う」
 三つの牧場それぞれのミルクを使った食べ比べ。甘さもコクも違ってどれもさっぱりまろやかで美味しい。
 のっけから別腹と言うなかれ。アイスは溶ければ水分。固形物はこれからだ。
「なんでヤキトリって名前なのに豚肉なんですか、ねぇ」
「不思議だね。でもタレが美味しいよ」
 室蘭やきとりは豚肉と玉ネギをタレで串焼きにした郷土料理。一応鳥肉もあるが有名なのはやはり豚肉。洋ガラシを付けて食べるのが美味いと聞き、試してみるも。
「……辛っ」
「え、ヴァニス辛いの苦手??」
 甘党兎は辛子が苦手。ルシエラ心の一句(自由律)。
 更にホタテの磯焼きやカニの甲羅焼きなどの海の幸、牛豚鶏羊鹿の各種肉の炭火焼きなど山の幸を頂きつつ、多種多様な地酒を供するエリアに辿り着くと座席を確保して様々な美酒に酔いしれる。
「ふふ、お酒も甘いの選ぶんだね」
「どうせお子様舌ですよ」
 甘口の白ワインを傾けるヴァニスはわざといじけた台詞を吐き出した。そんな天邪鬼な様子がどうにも面白い。
「……面白がってません?」
「あ、バレてる?」
「そりゃあ、まぁ」
 ザンギを口に運びながら告げるヴァニスに対し、一口塩ジンギスカンを摘まみながらルシエラは苦笑い浮かべ。
「私が長年の付き合いさせて貰ってるスカイランナーの人も、大の甘い物好きでね」
「……ほぉ?」
「ふふ、特徴似てるからかな。つい気を許してちょっと面白がっているのは否定出来ないかも」
「そんなに似てるんですかその方」
 興味を示したらしく。ベリー風味のビールに口をつけながら、ヴァニスは思わず目を細めていた。
「ならばいずれお会いしなければいけませんかね? ああ、甘いものが好きならば」
 テーブルの上にパンフを広げ、こちらと指差した先に書かれた文字は。
 クレープ、の四文字。
「お土産に出来るものであれば良いのですが」
「どうだろう。無理ならさっき見かけたイチゴ大福でも買って帰ろうかな」
 別腹に詰め込む甘味とお土産を吟味しながら、更けていく秋夜の時間を楽しむ二人であった。

 なお、クレープは生クリームが有り得ない量が乗っていたので持ち帰る所じゃ無かった。
「良く完食したね……」
「別腹の方が入るんですよ私」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年11月16日


挿絵イラスト