ショーケースの海
●作るということ
誰かに見せるために作るわけではない。
誰かに褒めそやされるために作っているわけではない。
誰かのためにと作るものであって、自分自身が称賛されたいということではないのだ。
詰まる所、作ることが楽しいという一言に集約されることであるのだが、常につきまとう問題というものがある。
それは即ち、心の栄養の枯渇である。
つまり、どういうことなのかというと。
「ぷっきゅ」
自分と同じ趣味を持つ者との交流である。
ぬいぐるみを作るということは、即ち一人で為すということである。なので、どうしたって、他人との距離は広がるばかりである。
特に巨大なクラゲである『陰海月』にとっては如何ともし難い問題である。
同種族、というものが存在しないのだ。
メガリスを食べたことによって巨大化した生物という括りであるのならば、同種族と呼べる者もいるかもしれないが。
けれど、同じクラゲで尚且つメガリスを食べてしまった、という存在は中々お目にかかれないだろう。
そういう意味では彼は孤独だったのかもしれない。
けれど、同じぬいぐるみを作る同好の士がいるのならばどうだろうか。
「ぷきゅ~!」
布を買いに出た手芸店。
以前、セールをしていたので大量に買い込んだため、暫く訪れることはないだろうと思ったのだが、刺繍糸が足りなくなっていた。
布足りて、糸足りぬ、という事態である。
いそいそと『陰海月』はまた手芸店に訪れていたのだが、以前無かったスペースが出来ているではないか。
それは展示ケースとも言えるショーケースであり、今まで手芸店では見ることのなかったスペースであった。
「あ~これはこれはお客様」
手芸店の店主が近づいてくる。
以前大量に購入したことで姿を覚えていたのだろう。
「今日は何をお買い求めでしょうか? 布は以前たくさん購入していただきましたので……ああ、何か細々としたものがご入用でしょうか?」
「ぷっきゅ!」
これは? と『陰海月』はちょうどよいと店主にショーケースのことを尋ねる。
それを見て店主は頷く。
「これは試験的になのですが、お客様がお作りになった作品を展示するショーケースですね。最近ではぬいぐるみを作られる方もお見受けしておりますので。少しでもお客様同士の交流になれば、と思いまして」
「ぷきゅ……」
へえ~と思う。
自分が作成した以外のぬいぐるみというのは、インターネットなどでしか見たことがない。既製品は見たことがあるが、そうではない手作りの、ハンドメイドの類のぬいぐるみはあまり直に見る機会がなかったのだ。
新鮮だ。
自分ではない誰かが作ったぬいぐるみ。
それがこうして目の前にあるということ。
ショーケースの中にはいくつかの作品がある。どれも自分とは異なる技術であったり、センスであったりで作られている。
「どうでしょう? お客様も展示されてみませんか?」
「ぷきゅ?」
自分も?
自分のぬいぐるみも?
そう思えば、確かにこれは模型店で見かけたプラモデルを展示するスペースと似通っている。
ただ飾っているものが変わっただけなのだ。
となれば、それはとても良いことのように思えたのだ。
「ぷっきゅ!」
なら、次に持ってくると『陰海月』は意気込んで屋敷へと戻るのだ。
手にしていたのは、このお店で買った材料で作り上げた『ちびクラゲぬいぐるみ』である。
自分でも良く出来たものであると思えたし、小さいのでそんなにスペースを圧迫しないということも選んだ理由だ。
「わあ、これは良いですね。クラゲですか。なんともふわふわとのんびりした雰囲気がありますね」
店主や店員たちの言葉に、少し自信が出て来る。
同じ趣味の人が作ったものからすれば、まだまだ技術的には拙いものがあると思えてしまう。けれど、それでも自分のその時持てる技術で作ったものだ。
誇らしい気持ちになるのは、どこか晴れ晴れしい気持ちになる。
「また後日作品も増えてくるでしょうから、その時にまたご覧になってくださいね」
そう告げられ『陰海月』は頷く。
まだまだスペースには空きが残っている。
次来る時に自分のぬいぐるみの横に誰かの作品がおいてあるかもしれない。
そう思えば、とても楽しみになるのだ。
そして、数日後。
『陰海月』は特に用事はなかったがいそいそと手芸店にでかけていた。
気になって、というのが正しいだろう。
作品は増えているだろうか。
そう思ってショーケースを覗き込む。
そこには、自分の作った『ちびクラゲぬいぐるみ』の隣に泳ぐようにして置かれたサメのぬいぐるみの姿があった。
同じ海の仲間同士ということであろうか。
此処だけ小さなグリードオーシャンのように思えてならなかった。
サメはちょっと怖いところもあるけれど。
けれど、ショーケースという名の海の中では、なんだか仲良しな友達のように思えてならないのだった――。
成功
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