召喚の儀は恐怖の夜に!
トリコフィトン・トンズランス
【召喚の儀】
む、これは召喚陣。それに気がついた私は慌ててオサレでカッコいいポーズをとります。
「水難の悪魔、召喚に応じ……あれ?」
なにやら言い争いをしていますね。どうやら召喚事故でもう一人召喚されていたようです。なるほどあのかわいらしい方が主人のようですね。どれどれステータスオープン! ほうほう未有魔王陛下であらせられますか、お姿だけでなく名前もお可愛らしい。かようにお可愛らしい方に仕えられるとは悪魔冥利につき……え?これは、そんな。交友関係を見た私は膝から崩れ落ちました。
ええ、ええ、これだけお可愛らしい方ですもの、お手付きであってもおかしくはありませんね。BSSにすら到れないとか、がっくし。
いえ、もう一人の一緒に召喚された方もお可愛らしい方ですね。ステータスオープン! ……おや?こちらは記憶が無いのですか。名前以外はまっさらですね。ボアエスさんというのですね。このまっしろなキャンパスをいずれ私の色に、くくく。
お、話し合いが終わったようですね。では改めてご挨拶いたしましょう。
「我は水難の悪魔トリコフィトン、召喚に応じ馳せ参じました。なんなりと御命令を魔王陛下」
ふふふ、これから楽しいことになりそうです。
ん?虚偽の申告はするな?な、何を言ってるのかわかりかねますな地の文様。おまえは水難ではなく水虫の悪魔だろうって、私の種族を開示しちゃらめぇ!!
津上・未有
【召喚の儀】
(魔王城の一室にて)
|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》。……と。
ふふん、昔、力がなかった頃はこの手の召喚は一度も上手くいったことはなかったが、魔王となった今なら上手くいくんじゃないか?
――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
……まあ、ほんとに召喚されちゃったらそれはそれで驚いちゃうけど、まあその時はその時だ。
さあ、出でよ、我がサーヴァントよ――!
……うわぁ、ほんとに出ちゃった。しかも2人もいる!
ちょっと遊びでやっただけなのにマジで成功するとはな……。
う、ウソウソ冗談、遊びじゃなくて、えーと、なんだ。そう、我が城がかなり広くて掃除が行き届いていなくてな。
ちょっと掃除とか家事を手伝ってくれないかなーって……。
わ、わー、そんな怒んないで!そうだ、後で食べようと思ってた手作りのクッキーあげるから……。
掌返しがすごい!?ま、まあ、その条件でいいのなら、それでお願いするぞ。
もう1人の方もそれでいい……か?(ステータスを見て百面相しているのを見て)な、なんだ?
あ、ああ、いいのか?じゃあお願いするぞ?
(呼んでおいてなんだけど、変な奴らだ……)
ボワエス・ゲラン
【召喚の儀】
……っ、ここは……?
ゴスロリ少女と悪魔のような女性がいらっしゃいますが、これは一体……。
……なるほど、このゴスロリ少女に召喚魔法で呼ばれたのですね。
はい?遊びで呼んだのですか?
私召喚前の記憶が定かじゃないのですけど?この乱暴な召喚のせいではないのですか?
掃除のお手伝いですか?
(トリコフィトンとチラっと見て確認して)我々は悪魔ですよ?そんなもの、家政婦でも雇って任せれば……
……こんなクッキーで私を手懐けようとでも?この私をバカにするのも大概に(もぐ)では一日三食おやつ付きで手を打ちましょう。
私はボワエスと申します。どうぞ宜しくお願い致します。
トリコフィトン様もどうぞ宜しく……(ゾワッと寒気が走って)
な、何か嫌な悪寒が……気のせいでしょうか……。
「問いましょう、あなたが私のマスターですか。くーっ、これ一度言ってみたかったんですよねぇ! ってことで私こそは水難のあくま……」
「これは召喚の儀ですね。お呼びに従い参上いたしまし……」
虚空で閃光が煌めき空間が軋んだと見えたと同時に二つの声が交錯し、そして次の瞬間。
「「いったぁーい!!」」
どんがらがっしゃんと派手な音、そして濛々と上がった煙の中から、二人の少女がもつれ合い絡み合って、ごろんと転がり出た。
「|閉じよ《みたせ》。|閉じよ《みたせ》――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。……と、おー……成功した。遊び半分だったが」
目から星を飛ばしている二人の前で、なんか他人事のようにぱちぱちと手を叩いているもう一人のゴスロリ少女の姿があった。
「昔は召喚など上手くいったことがなかったが、魔王の力すげー。……さて、二人の従者よ、我こそが真の魔王、津上・未有だ」
未有と名乗った彼女の前には、複雑にして精緻に構築された魔法陣が展開され、強い魔力の残滓を纏わせて朧気に輝いている。二人の少女はそれを目の当たりにし、確かに眼前の少女、未有が己を呼び出した召喚主であることを察した。
「二重召喚!? 珍しいことを……まあ可愛いからオッケー! 未有陛下、我が名はトリコフィトン・トンズランス、水難の悪魔です!」
口火を切ったのは、『エメラルドグリーンに輝く美しい髪に黄金に煌めく瞳を備えた嘆息すべき可憐な少女』であった。
MS注:「ん?」と思われた読者諸氏、その直感は正解です。
「二重召喚と言うよりは召喚事故と言った感じですけれど……呼ばれたからには仕方がありません。ボワエス・ゲランと申します。どうぞ良しなに」
続いて優美に礼を示したのは、『深い藍色の瞳と髪、そして特徴的な角を備えたもう一人の妖艶な美少女』だった。
MS注:うん、読者諸氏の考えてる通りだよ!
「……いえちょっと待ってください、そちらにいるのは|私では《・・・》?」
「え? 何言って……うわホントだ! そっちに私がいます! えっでも私ここにいますよね!? 何これー!?」
トリコフィトンとボワエスと名乗った二人は同時にお互いを見つめ、そして同時に相手を指さす。そう、眼前に存在する「自分の姿」に対して!
「こ、これはまさか──」
「私たち──」
「「入れ替わってるー!!!???」」
二人の|絶叫《おやくそく》が雷のように虚空を裂いて轟いたのだった。
そんな二人の姿に、肝心の召喚主である少女は腕を組んでうんうんと頷く。
「さっきの召喚事故の時だな。空間が歪み因果が捻じ合わされ、時空がなんやかんやになった結果、二人の魂がなんか入れ替わったんだ」
「大事なところを適当に流しましたね!?」
「落ち着いてください私。と言いますか私の体の、ええと、ボワエスさん」
「ですが私! というか私の体の、トリコフィトン様でしたか。この状況は……」
「まあまあ、これはこれで楽しいじゃないですか。それにね? ボワエスさん(の体)可愛いし……」
背筋(トリコフィトンの(でも中身はボワエス)))がぞわっと総毛だつのを感じ、ボワエス(体はトリコフィトン)は一瞬にして間合いを取る。
「何か良からぬ空気を感じたのですが? って、……何をしているのです!?」
おお、トリコフィトン(ボワエスの体の)は、はあはあと息を荒げながら自分の体(ボワエスの)をさわさわと撫でまわし始めたではないか!
「ああ、このイイ感じの無垢な肢体……ペタンな胸もむしろステータス……私色に染めたい……ステータスオープンしちゃいたい…いろんな意味で……」
「何をスカートオープンしようとしているのです! 人の体を勝手に使わないでください! ってツッコミたいですがあなたの体は私の体なのでどうしましょう! ……魔王様、責任取ってください!」
「えー我がー? うーん……強い衝撃を与えれば元に戻るかも(適当)」
「強い衝撃……?」
ボワエス(略)が首を傾げたところへ、上気した頬のままトリコフィトン(略)がめっちゃ圧を掛けつつ迫る!
「わかりました、精神的インパクト、つまりちゅーですね! ちゅーしましょうボワエスさん! ってその顔は私ですがこれはこれで背徳的で!」
「私の顔で血迷うのやめてください!?」
と、二人の顔がギリな距離まで近づいたところで。
「えい」
二人の後頭部を掴むや、未有は思いきりその頭をぶつけ合わせたのだった。
「「いったーい!!!」」
景気のいいガツンという音と共に、悲鳴を上げてぶっ倒れたトリコフィトンとボワエスであったが、しかし。
「何するんですかー! って、あれ?」
「悪魔が言うのもなんですが今日は厄日ですか……あら」
二人はお互いの姿を見比べ、次いで自らの姿を見ろす。
「「も、戻ってる!」」
そう、二人の心は今の衝撃できちんと元のあるべき場所へと帰還していたのだ!
「これで紛らわしくなくなるな」
うんうん、と満足げな未有に、ボワエスは、む、と桜色の唇を尖らせる。
「……もともとは陛下の召喚事故のせいです。一体なぜこのような」
「あ、ここだ、ここですよボワエスさん」
と、少し離れて魔法陣を調べていたトリコフィトンがボワエスを呼び、一角を指し示した。
「この魔法陣のここ、この記号が断絶してて、きちんと描けてないんです。それで魔力が上手く循環せずに暴走して事故ったんですね」
「あ、確かに……」
「うん、やっぱりな」
「そう、やっぱり……今やっぱりって言いましたか陛下!?」
さすがにマイペースなトリコフィトンも思わずツッコまずにはいられない。
「うむ、我とて、記号をきちんと繋げて描くべきというのは分かっていた。だが、できぬ理由があったのだ。とても深くて大きくて重い理由がな」
「そ、その理由とは……?」
「|規律《ルール》、嫌いなんだよ我」
「「…………ちょっと何言ってるかわかりませんが」」
思わず異口同音にトリコフィトンとボワエスが眉間にしわを寄せる! しかし未有は頓着せず我が道を突き進む。
「我は決められた道やルールなどに縛られるより、自由に生きたい。だからこの魔法陣もあえて正式の手順というルールをブッチしてみた。そしたら事故った」
「……ボワエスさん、この魔王様、なんかこう、ダメなのでは?」
「失礼ですよトリコフィトン様。そういうことは思っていても口にしてはいけません」
「思ってはいるんですね……」
ひそひそと囁きかわす二人の使い魔にくるっと向き直り、未有は人差し指をピッと立てて凛々しく宣する。
「ということで、早速働いてもらいたい」
「世界征服ですか? それとも宿敵との戦い?」
「それより前に、まず非常に重要なことがある。それは!」
「そ、それは!?」
「我が城の掃除をしてほしい」
「「…………ちょっと何言ってるかホントにわかんないんですが」」
再び異口同音に肩を落とすトリコフィトンとボワエス! しかし未有は我関せずと優雅に手を広げ、今いる部屋を指し示した。
よく見ると確かにそこは……文字通り足の踏み場もなく乱雑に入り乱れた不要物の山! と言うかむしろ不要物の中にちょっとだけ部屋っぽいなんかがあるような状態!
「なぜこんなになるまで放っておかれたのです……」
トリコフィトンはあまりの惨状に思わず見なかったことにしたそうな顔で目を背け、ボワエスは疲れたような吐息を重く漏らす。その言葉に、未有は答える。
「『片づける』って、つまり規律だろ? 規律嫌いなんだ我」
「……トリコフィトン様、この魔王様、やっぱり駄目なのではないでしょうか」
「ボワエスさん、そういうことは思っていても……言った方がいいですねこの魔王様には!」
目と目で絆を確認し合う二人を意に介さず、未有は部屋を見回しつつ続ける。
「だから放っておいたが、そしたらこのように歩くのも一苦労、寝る場所にも困る状態。自由を突き詰めると逆に不自由になってしまう……うむ、深いな」
「ボワエスさん、この魔王様やっぱり……」
「もう皆まで言わないでください……っていうか私たちが片付けるのはいいのですか陛下」
「うん、だって我が片付けるんじゃないから、規律に従ったことにはならないし」
「わーすごーい、この口ですかー、そんなトンチキを抜かしやがりますのはー?」
天使のような微笑の中に悪鬼のように青筋をバキバキブチ切れさせながら迫るボワエスの迫力に、さすがに未有も冷や汗を浮かべつつ慌てて後退する。
「ま、待った待った! く、クッキー! このクッキーあげるから落ち着こう!?」
へどもどしながら、未有は傍らのサイドボードに置いてあったクッキーを指し示す。ボワエスは険しい目つきで眉間にしわを寄せながらそれを一瞥した。
「そんなもので誤魔化されるようなスカポン甘ちゃんだと思われたのなら大間違いです私を馬鹿になさるのも大概にモグモグおかわりくださいお菓子の天才ですか陛下はいやむしろ神ですか」
「てのひらドリル!?」
「これほどのおやつを毎日いただけるのなら手を打ちましょう、私もトリコフィトン様も」
「えっ私の同意権いつの間にかボワエスさんが持ってたんです!? まあ面白そうですし、良いですけど……。では改めてこの水難の悪魔、トリコフィトンもよろしくお願いいたします」
MS注:文中に誤表記があったことをお詫びいたします。
「えっ何も間違ってませんよ? えー、この水難のあく……すいな……ん……ああっ口が勝手に動いていく!? わた、私は……!」
そらそうよ。地の文を甘く見てはいけない。
「わた、私は……み……水虫のあくまですぅぅぅぅ! わぁぁん、何ですかこの羞恥プレイー!! あっでもちょっと癖になりそう!」
「えっ、私、さっき水虫の悪魔様の体に入れ替わって!? なんかムズムズして来たのですが!?」
「……呼んでおいてなんだけど、変な奴らだ……まあ自由でいっか!」
成功
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