散財は巡って世界を救う
●ハロウィンフェア
フェア、というのはいつだってそうだろうけれど、お店側の都合で始まるものである。催しがあればこれ幸いとばかりに銘打って残されている在庫を売りさばいてしまおうと思うのだ。
それが穿った見方であることは言うまでもない。
素直に催しがあるから安くしました、安くなっている、でいいではないかと巨大なクラゲ『陰海月』は思うのだ。
「きゅ」
何故そんなことを思ったのかと言えば、今まさにやってきている手芸のお店にハロウィンの垂れ幕が下がっているからである。
ハロウィンと言えば、古くは収穫祭であり子供らが仮装をしてお菓子をご近所さんへとねだりにいく祭事でもある。
だが、近年においては意味やあり方が変容していっている。
そもそもの興りを知らなくてもいい、というのならば、それはそれで乱暴な言い方になるのだろうが、しかし文化とは受け入れられ、変わっていくものだ。
ただ自分たちが今変化の節目にいる、ということを受け入れるだけでいいのだろう。
そんな小難しいことを『陰海月』が考えている。
いや、嘘である。
『陰海月』が今考えているのは、いつものぬいぐるみの修繕のための費用をどのように工面すべきかということばかりであった。
そんな折に手芸店で布がお安くなっているというのを見れば、色々と考えることが多くなってしまう。
安くなっているのは去年の在庫であろう。
ハロウィンだから仮装をする人が増える。増えたのなら衣装が必要になる。となれば、出来合いのものではなく、自分だけのものをほしいと思う人が増える。
そういうロジックで手芸店は大量の紫やらオレンジやらの布を取り揃えたのだろう。
だが、結果は言うまでもない。
ハロウィンというイベントを楽しみたいということと、自分だけの仮装がほしい、と思うことは似ているようでいて異なる事柄であったのだ。
「ぷ」
故にこんなに余っているんだなぁ、と『陰海月』は深く頷く。
色味の違い、生地の違い
後は模様が入っていたり、手触りが違ったりしている。
「あ~こちらはですね~良い生地となっておりまして~」
店主の手揉み所作がなんともお得意様を見つけた時の独自なものであって『陰海月』はちょっと笑ってしまった。
今どきこんな風にしてすり寄ってくる人がいるんだ、とちょっとした感動さえあったのだ。
「ぷきゅ」
「ええ、ええ! そうでしょうとも」
何を言っているのか伝わっているのだろうか。
それともニュアンスだけで伝わっているのかもしれない。
『陰海月』の言葉に店主はしきりに頷いている。
「こちらの生地なんかお勧めです。ハロウィンコスプレ用に型紙なんかもご提供させていただいておりますので~」
手渡される型紙に『陰海月』はなるほど、と思う。
確かに仮装をしたいと思っても何から手を付けていいかわからない者だっている。
『陰海月』はぬいぐるみ作成で少しは覚えがあるのだが、本当の初心者というのは、自分に何が足らず、何が必要なのかがわからないものである。
ともすれば、そうしたことを煩わしいと思う者だっているだろう。
そういう者のために店側が出来ることは、一つの提案である。
オールインワン。
全ての必要なものが此処に。
そういうことである。その一つの取っ掛かりとして型紙を配っているのだろう。
「きゅ~……」
図面を見やる。魔法使いの帽子やローブ、そうしたものがデザインを変えて作れるようにシンプルなものとして描かれているのだ。
布と糸さえあれば『陰海月』はこれくらいならば作れる、と思ったのだ。
「ぷきゅ! きゅ!」
これは! いける! と『陰海月』は頷く。
その様子に店主は深く深く頷く。
どうやら店主の狙いはうまく行きそうである。
「きゅ、きゅ、きゅ」
『陰海月』は自分のお財布の中を見やる。
いつものお小遣いの他にぬいぐるみを修繕した時にもらった費用と技術代金が入っている。これだけあれば、家族のみんなの分の仮装も十分に作れる。
それに、と紫や黒、黄色と言った色の生地は安売りをしているのだ。
ふんふん、と鼻息が荒くなるようだった。
いや、『陰海月』に鼻の穴がないので、そういうふうに見えただけ、であるが。
「きゅ、ぷきゅ!」
「え、お客様!? 此処から此処まで全部、ですか!?」
「きゅ!」
「え、多……あ、いえ! お買い上げありがとうございまぁす!!」
まるでセレブの買い物である。
布セレブ。
今の『陰海月』の触腕が示すのは、セールの棚の右から左まで、である。大量に用意された在庫処分セールの棚の殆どを『陰海月』一人が買上げることになってしまったのだ。
多くの在庫がはけて行くのは店側にはありがたいことだが、ハロウィンフェアの昇りがなんというか物悲しいことになっている。
ガランとした棚。
流石に買いすぎたかも、と『陰海月』は思ったが、だって安かったんだもん! と思い直す。
そうだ。
これは家族への恩返しみたいなものなのだ。
「ぷきゅ!」
そうと決まれば善は急げである。
もしかしたら、仮装が急に猟兵の仕事で必要になるかもしれない。そんな時に出来合いの仮装を馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)たちにさせるわけにはいかない。
『陰海月』の予想は見事に的中した。
この後、ケルベロスディバイドの世界に侵攻してきた十二剣神の一柱『大祭祀ハロウィン』を名乗るデウスエクスとの戦いにおいてハロウィン仮装をしていることが戦いのカギなったのだ。
「サイズ、ですか?」
「きゅ!」
「一体何を……」
「ぷ、ぷきゅきゅ」
「秘密? それまたどうして……」
そんなやり取りがあったのだが、あくまで『陰海月』はサプライズのつもりだったのだ。もろバレであるが、しかし主たる四柱は絆されてしまった。
「まあいいですが……あまり根を詰めないように」
「ぷっきゅい!」
だって『陰海月』が一生懸命だったんだもの!
主に似るものであるが、こんなところまで『陰海月』は似てしまったようである。
しかし、それを誰が咎められようか。
結果論だけれど、『陰海月』の爆買いのおかげで世界が救われたのであるのだから――。
成功
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