Acoustic Halloween ~一夜の宴~
――Happy Halloween!!
どの世界でも今日は|そういう日《・・・・・》だ。
いつもとは少し違う衣装、つまり仮装をすれば稼ぎやすい日ってわけ。
エンドブレイカー!の世界にある都市国家、エルフヘイム。
仮装をした吟遊詩人が、街角で楽器を奏でていた。アコースティックなリュートの音とそよ風のような軽やかな声に通行人は足を止め、一時の癒しの時間を楽しむ。最後の音を響かせ少し静まり返った後、自分の長い耳に入ってくるのは大勢の人から送られる拍手の音。
オレンジ色に飾られた街。『収穫祭』と呼ばれる|祭り《ハロウィン》を楽しむ人々に紛れてユレル・ガランドー(嘘つきなお兄ちゃん・f39634)は歩く。一仕事終えた後のその顔付きは、少々困った様子にも窺えて。
「減らないな……」
小脇に抱えた籠には山盛りのお菓子。おひねりと一緒に投げ込まれたそれがまぁ減らないこと。イタズラに忙しい子どもたちにも配ってみたが、それでも一人で持ち帰るには多すぎる量だった。
(「手作りオンリーと考えると、長くは持たなそうだよな」)
さてどうしたものかと悩みながら、ユレルは一口サイズのアップルパイを齧る。
(「他の世界に行って配るってのもアリか。それなら多少は減るかな」)
何気なく、ふと空を見上げた。街道の飾りを眺めようとしたつもりだった。しかし視界に入ったのは、浮かぶオレンジ色の光の珠。それを目で追うと、光はふよふよと街の外へと飛んでいった。
「……あぁ」
それがあったな、と何かを思い出した彼は、くるりと体の向きを変え、もと来た道を戻っていった。
あれから10分と少し。街の北部と南部を結ぶ森の小道。日も暮れてきて森の中は薄暗く、しかしユレルは灯りを持たずに歩いていた。
人気もモンスターの気配も特にはない。が、それ以外の気配をうっすらと感じ取った。耳を澄ましながら彼はゆっくりと進む。
風の音、揺れる木々の音、落ち葉を踏む足音、そして――何かが木に当たる音。
そこでやっとユレルは足を止めた。暗いはずの森の奥から、ぼんやりとした小さな光を見たからだ。街で見たあのオレンジ色の光……とは姿が違う。
道の真ん中で、ぼろぼろの小さな布切れが宙に浮いていた。布切れには笑顔らしき顔が描かれている。それはゆらゆらと揺れながらこちらへ近付いてくる。一体、二体と、その数は増えていく。
さらに布切れのお化けと共に現れたのは、顔が掘られたカボチャだ。あれはジャック・オ・ランタンの顔なのだろう。ひとりでに浮かぶカボチャも、その体を揺らしながら近付いてくる。時折笑うかのように小刻みに揺れては――ゴツンと木にぶつかる。
「……ふふっ」
あぁ、驚くつもりが思わず笑ってしまった。微笑ましくて、うっかり。
「随分と凝った仮装だ」
微笑むユレルを、布切れとカボチャのお化けたちが囲んだ。
『お兄さん、もしウチの裏の森に行く時があっても驚かないでね』
時は戻り昼頃。稼ぎに行く前に寄った売店で、店主のおばさんがそう話し掛けた。
『この時期になると森の妖精たちがちょっと、ね』
『……と言いますと?』
『その、悪戯が激しくなるの。悪気はないのよ、子どもたちの真似をしてるだけだから』
『なるほど、悪戯すればお菓子が貰えると思っているのですね』
『そう。ここ最近は街からカボチャや古い布とかを盗むようになっちゃって……それを被って驚かすのよ』
『はは、妖精たちも仮装したいってことですね。愛らしいじゃないですか』
そんな会話をしたな、と。森のお化けたちを目の当たりにしながらユレルは思い返していた。淡いオレンジ色の光をぼんやりと放つ布切れとカボチャたち。間違いない、これが噂の妖精たちだ。
お化けだぞ、と主張するかのように布切れのお化けが腕を動かす。カボチャのお化けもぐらぐらと揺れているが、多分驚かそうとしている動きではない。頭が重いのだろう。木にぶつかっているのはそのせいなのかもしれない。
「あーあ、困りました。怖いお化けに囲まれては先へ進めませんね」
わざとらしく、そう声に出しながらユレルは道を外れた。そばに合った木に寄り掛かって座り込むと、お化けたちも一緒について来た。もちろんお化けたちの目的は彼……ではなく、籠に入った山盛りのお菓子だ。
「……え、もうそっちに釘付け?」
もうお化けはやめてしまったらしい。布切れやカボチャから顔を覗かせる妖精がちらほら現れ始めている。
なんだ、最初だけだったのか。少し名残惜しいような、別にそうでもないような。ちょっと複雑な感情を抱きつつ、ユレルは適当にお菓子を一つ摘まむ。
「どうぞ。こちらで悪戯は勘弁してくださいね」
一匹の妖精の前に運んでみせると、妖精は嬉しそうに受け取った。周りの妖精たちが羨ましそうにそれを眺める。
「安心して下さいな、ちゃんと全員に渡しますから」
次々と配られるお菓子。もはや仮装など忘れた妖精たちが小鳥のように群がる。それもそのはず。等身大の甘いものがたくさん食べられるのだから、彼女らにとっては夢のような出来事だろう。
マフィンやチョコ、クッキーなど。籠に入っていたお菓子が次々と消えていく。楽しそうにお菓子を食べる妖精たちの様子に、ユレルは思った。
(「物を盗むって言うからもっと悪ガキかと思ったが、違うみたいだな」)
純粋に|祭り《ハロウィン》の真似事をしていただけのようだ。とはいえお化けの仮装は……妖精だと知っていなければホラーチックで普通にビビる演出かもしれない。そういう意味ではやりすぎなのかも。
「あの、このお菓子は好きなだけあげますので……街から物を盗むのは控えていただけませんか?」
そう妖精たちに伝えてみるが、むむ、と困ったように首を傾げられてしまった。テンションを下げてしまったようだ。
「そうですね……その代わり、次からあなた達用の仮装を用意してもらうよう、街の人に打診してみましょう。それなら盗む必要もないですし、もっと良い仮装だってできるかもしれません。どうですか?」
咄嗟に思い付いた案を口に出してみると、妖精たちの顔はパッと明るくなり、羽をはばたかせた。お気に召したようだ。
「よかった、後ほど頼んでみますね」
ホッとしながらにこやかに微笑んだユレルだが、内心は「あぁまた余計なことを……」とちょっぴり頭を抱えていたのは内緒である。
さて、お菓子を食べ終え機嫌を良くした一匹の妖精がユレルの元へ近付いてきた。オレンジ色の光を残しながらくるくると彼の周りを回る。
(「なんだ? 悪戯のつもりか?」)
などと思いながらにこやかな表情を|見せて《作って》いたが、妖精は一生懸命回り続ける。流石に様子がおかしいなと思い始め、
「……何をしているのですか? 目は回りませんよ」
と、率直な質問を投げてみた。これで機嫌を損ねるかと思いきや、妖精は自分の頭をポンポンと叩く仕草を見せる。
頭? と、ユレルも自身の頭を触ってみる。あぁ、もしかして。
「怪我を……治そうとしてくれてましたか?」
妖精は頷いた。そういえば今の自分の恰好は――。
「あはは、これも仮装なので怪我はしてませんよ。ありがとうございます」
包帯ぐるぐる巻きと血のりで勘違いさせてしまったようだ。それを知った妖精はびっくりした後、頬を膨らませてポコポコ叩いてきた。
森の中、妖精たちとの戯れはまだまだ続きそうであった。
成功
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