ハロウィンが過ぎれば、街を彩った橙は深みを増して赤に、クリスマス色に染まる。
輕やかな鈴の音をBGMに、華々しく飾られた駅を通って帰路に就く男子高校生達は、いつもより言葉寡なに、じゃあ、と手を振って別れる。
道中、幾度と出掛った思いが音となる事は無かった。
📱Side Mikado
クリスマス・イヴが世間一般に特別な日である事は知っているが、何よりその日は想い人の誕生日だ。
一ノ瀬・帝は世界中で祝われる男より彼を祝いたいし、その日は世界中の誰でもない己こそ傍に在りたいと思う程には恋を自覺している。其が片恋である事も、切ない程に。
「唯、飛鳥は友達が多いからな」
社交的な彼の事だ。友人達は彼を誘うだろうし、気の良い彼も應じるに違いない。
「他の誰かが約束を取り付ける前に誘いたいが……」
言って、机の脇に置いたスマホを一瞥する。
帰宅後、鞄と共に無造作に置いた移動端末は、帰り道にも言いかけた言葉を思い出させた。
――クリスマス、二人で遊びに行かないか?
「……いや」
手に取ってはみたものの、電話するのは躊躇われる。
思い返せば、いつも誘ってくれるのは彼の方だった。想っているのは自分なのに。
着信履歴に竝ぶ愛しい名を擦った帝は、然しいつまでも受け身ではいけないと花唇を結ぶ。
(「踏み出るべきだ」)
己は永遠に彼を愛す覺悟があるが、他の誰かに奪われる未來が明日に訪れるとも分からないと、帝は自らを奮い立たせて回線を繋ぐ。
Prrrrrr……と鳴る呼出音が、宛で心臓の拍動のようだった。
📱Side Asuka
世間が「聖夜」と呼ぶ日、知花・飛鳥は歳を重ねる。
誕生日とクリスマス、まあるいケーキが食べられる日が一度で済んでしまうのを、幼い頃は残念に思ったものだが、高校生にもなれば、この日が万人にとって「特別」であるとは、特に街行く恋人達の姿を見て學んでいた。
「まぁ恋人は兎も角、ぼっちは寂しいから誰かに聲を掛けるとして――」
自室に戻るやソファに寝転び、スマホを手にメッセージアプリを起動する。
一言発信すれば、誕生日を祝おうと集まってくれる友人はそれなりに居よう。我が親友が言う通り、交友関係は広いと思うし、己も気の良い友人に惠まれたと思っている。
暫しグループのメンバーを眺めた飛鳥は、然し腦裏では“或る者”を思い浮べていた。
「……ミカ」
いつも隣に居てくれる彼と、大切な日も一緒に居たい――。
己が頼めば、彼はいつものトーンで「いいぞ」と答えてくれようが、唯だ、飛鳥はこれまで通り気安く電話するのは躊躇われた。
――クリスマス、どっか遊びに行かへん?
「って言えたら良かったんやけど……見てしもたもんな」
いつだったろう。
街で帝が女性と歩いていた。
彼女の荷物を代わってあげていた。
幾許か会話も交していた。……たぶん。
「……カノジョ居るとかよう言わんけど、まぁ向こうが放っておかんやろ」
自覺こそ無かろうが、帝が眉目秀麗、品行方正、成績優秀な「ハイスぺDK」だとは周知の事實。
伏し目がちな切れ長の目などは男でも見惚れる程なのだ。恋人が居ても可怪しくない。
(「付き合うてんのか、かる~く訊いといたらこんなに惱まんかったけど……聲も掛けられんかった」)
挨拶くらいしても良かったろうに、何故だろう、手も振れなかった。
翌日にでも話題に振れば良かったが、彼の口から「恋人だ」とか「好いている」とか、己でない誰かへの好意を聽くのは苦しく、未だ真相は知らない。
「――若しも」
若しもその女性が帝の恋人で、「クリスマスは彼女と過ごすから」と斷られてしまったら?
この電話で全てが判明って、帝の気持ちを知ってしまったら? ――怖い。
「あかん。柄にも無くウジウジしとる」
随分と子供染みた嫉妬をしていると、くしゃり、淡櫻色に煌く髪を搔きあげる。
帝は仲の良い幼馴染で、何をするにも眞先に思い浮かべる親友であるが、彼の隣に己でない誰かが居ると思うと――悶々たるものが胸に澱を落とす。
(「ミカは特別な日に傍に居て欲しい、特別な存在で……」)
……誰にも取られたくない。
年齢を重ねる毎に意味を持つようになった日を前に、こんな想いが萌すなんて、と――翠眉を顰めた瞬間、手に持つスマホが身を震わせた。
📲Now the phone rings ringing, his heart is jingling.
「え、わっ、ミカ?」
忽ち画面が切り替わり、着信を告ぐバイブレーションが持ち主を驚かせる。
ちょうど思い浮べていた彼の名前を文字として見た飛鳥は、跳ね上がる心臓を抑えるように「通話」をタップした。
「お、おう、ミカ。どないしたん?」
「――飛鳥。今いいか?」
「もっ勿論や」
聲を上擦らせたのは飛鳥の方だが、その實、帝も予想以上に相手が早く應答した事に驚いている。
唯だその緊張を音色に表さぬ彼は、普段通り――いや普段以上に平靜を裝って言った。
「クリスマスは二人で何処か遊びに行かないか?」
「えっ、ふぁっ」
「突然で済まない。今日の帰りに街の景色を見て、クリスマスが……お前の誕生日が近いと思ったから」
「、ッ」
自分が言おうとして言えなかった言葉が、言いたかった相手から聽けた事に驚いたのも一瞬。
帰り道、クリスマスムードに染まる街並みを見ていたのは自分だけでなかったと気付いた飛鳥は、同時に帝が自分の誕生日を思い浮べてくれた事に胸が高鳴る。
先程までワインの澱の如く赫黑く瓶底に溜まっていた感情が、喜びとか嬉しさといった気泡に包まれてシュワシュワ昇っていく――まるでサイダーみたいな感覺に、櫻唇はむずむずと緩んで科白を零した。
「ミカは予定、まだ入ってない?」
「思い付いたのが今日で、誘い掛けたのも飛鳥が最初だ」
「……そ、そか。俺も予定無くて、どないしよ思て」
まるで探り合うような遣り取りは、お互い臆病なる故に。
片や「恋人と過ごすのではないか?」と、片や「先約があるのでは?」と――言葉にすれば醜い感情まで晒してしまいそうな若者達は、普段通りの親しさを繕って会話を続ける。耳元に届くいつもの聲が、妙に擽ったくてムズ痒いのは祕密だ。
而して何処かホッとしたような二人は、少しずつ会話を繋いで、
「唯だ、具体的にはまだ何も決めてなくて。飛鳥の希望もあるだろうし」
「ほんなら今から調べたらええんちゃう? 俺、そういうの得意やし」
「一緒に考えて呉れるのは助かる。――それで、他の連中は誘わなくてもいいか?」
「せやなあ。二人の方が気安いしな」
と、言裏に「二人で過ごす」事を確認する。
積年の片恋を自覺する帝は、狂おしい独占欲が甘美な約束に慰められていく感覺を得ると同時、純粋に己を好く飛鳥に付け入るような――幾許の罪悪感も感じていよう。飛鳥をよく知るからこそ、彼に惚れた恋の囚人は優しい。
蓋し帝は知るまいか。
過日、|後輩の姉の荷物持ち《・・・・・・・・・》をしていた処を見られた所爲で、飛鳥が幼少時に抱いた嫉妬とは異なる感情を抱いた事を――まだ「恋」とは言えぬものの、其に近しい感情が芽生え始めた事を知らない。
故に花唇を滑るバリトンは、無自覺な色気を帯びて語尾を持ち上げ、
「じゃあ、誕生日は予定を空けておいて呉れるか?」
而して電波に乗るテノールは、柔らかく、嬉しそうに精彩を広げる。
飛鳥の返事は、勿論――。
成功
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