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書割の紫電

#ゴッドゲームオンライン #ノベル #猟兵達のハロウィン2023

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明和・那樹




●日常
 それはきっと変わらないという言葉の意味を書き換えただけなのだろうと、明和・那樹(閃光のシデン・f41777)は思う。
 定められた通学路。
 定められたスケジュール。
 毎日の繰り返し。自分自身の成長すら感じられないほどに、ルーチンワーク化した日常に彼は息を吐き出すことも忘れていた。
|『統制機構』《コントロール》によって定められた『人生設計図』は彼に約束された未来を示して見せていた。
 確かに明るい未来であるように思えるかもしれない。
 父は治安当局に務め、母は看護師である。
 いわゆる中流の家庭である。しかし、それは恵まれたものだ。|『遺伝子番号』《ジーンアカウント》によっては、実の親と引き離されて里親の元へと送られる子供も少なくない。
 けれど、自分は恵まれているんだと思う。
 ふたりとも血の繋がった両親だ。
 血のつながりを感じられない養父母の元にいたのならば、きっと自分は自分の存在意義を見出すことはできなかっただろうと彼は思う。

 けれど。

 重たい音が冷たく耳を打つ。
 自宅の玄関を解錠して進んだホールはガランとしていた。
 人のぬくもりの感じられない空間。
 此処が自分の家だ。誰も出迎えてくれない家に那樹は感情が動くことなかった。
 まるで書き割りのなかにあるような、通り一遍な、それこそ『そうであることこそ』と言わしめるような家具に那樹は愛着を抱くことなどなかったのだ。
 テーブルの上を見やる。
 書き置きとラップを被せられた夕食。まるで、テンプレートだ。
 何も感じない。
 母親が夜勤に出ているのだろう。わかっている。そうするべきと定められているのだから、そうしているだけでしかない。 
 そこに愛情はない。
 嘘でもあると言えたのならば、どんなによかっただろうか。
 自身が愛されていると思い込めたのならば、どんなによかっただろうか。

 父親の姿など、ここ何年かは一年に何回かしか見たことがない。
 治安当局は忙しい。
 忙殺されている、というのは、斯くも家庭を蔑ろにする理由に値するのだろう。それもまた『人生設計図』に定められているが故のスケジュールであるのだ。
 家族全員が一堂に揃った試しなど、それこそ次のスケジュールを見ればわかる。
 それも一ヶ月ニヶ月先であるが。
 冷たい伽藍堂な空気の中、那樹はテーブルの上に置かれた作り置きの食事を摂る。

 食べている、という実感がまるでない。
 味がしない。
 もしも、此処にペットか何かが居てくれたのならば、まだ己の灰色の心は癒やされただろう。
 例えば、『猫』とか。
 けれど、それは禁じられている。どんな些細な小動物であろうとも、届け出をしなければならない。
 何をするにしたって許可がいる。
『人生設計図』から外れたことをしたのならば、それは即ち悪徳である。
 停滞こそ、不変こそが最も素晴らしきことである。
 成長や変化というものが最も悪しきことであることを那樹は学校教育で叩き込まれてきた。
 変化はいらない。
 将来に対する展望など考えるまでもない。
 なぜなら決まっているからだ。

 自分に今、家族愛というものが一欠片とて感じられないのもまた決められたことであるからだ。
 仕方ない。
 仕方ない。
 仕方のないことだと自分に言い聞かせる。これはきっと正しいことなのだと。

 けれど、本当にそうであろうか。
 この何一つ不自由のない生活は、本当に自由であると言えるのだろうか。ただ窮屈なだけだった。
 食事で腹は満たされたというのに、心が満たされない。
 虚のような穴がぽっかりと空いている。
 埋められない。
 この虚を埋められるものを己は何一つ持っていないという事実が、那樹を愕然とさせる。

 もしも、自分が家族というものにぬくもりを感じることが出来たのならば。
 この胸に去来する退屈という感情を捨てる事もできたかもしない。
 目新しさもない、刺激もない、何も変わらない日常を――。

●究極のゲームにようこそ
「ああ、今日からハロウィンイベントか」
『閃光のシデン』は、ゆっくりと周囲を見回す。これは自分のアバターネームだ。格好いい名前をつけられたと自分でも思う。
 そんなことは些細なことだ。今は、この光景の方に彼は目を奪われていた。

 それはログインフィールドに散りばめられた多数のカボチャやシーツお化け、はたまた道化師じみた格好をした人形たちが所狭しと動き回る光景であった。
 那樹の遺伝子番号を読み取ってログインした究極のゲーム……『ゴッドゲームオンライン』、通称『GGO』は現実世界の灰色を拭い去るように色とりどりに輝いているように思えた。
 今の彼のアバターは軍帽と軍服を纏い、二振りの刀を帯びた少年の|聖剣士《グラファイトフェンサー》の姿をしていた。
 外見年齢は、今の那樹とそう変わらない。
 年上の姿にしてもよかったのだが、どうにも性に合わないと思ってアバタークリエイトの時に自分の現実の姿と同じ年頃の少年の姿を選んだのだ。

「やっと来た、『シデン』」
「『閃光のシデン』な、『エイル』」
 軍服の裾を翻して振り返ると、そこに居たのは亜麻色の髪の少女アバターだった。
 少し前にGGO内のクエストで一緒になったのだ。
「あ、それってこの間出たばっかりのレア装備じゃないの?」
「ふふん、格好いいだろう? 早速手に入れたんだ」
 自分でも驚くほどに自慢気に語ってしまったことに那樹は少しだけ気まずい気持ちになってしまう。
 このアバターの装備は、小さい頃に見た父の制服姿に似ていたのだ。
 昔は将来は僕も父さんと同じ道に……なんて思っていたのだが、それも過去のことだ。『人生設計図』によって決められた進路しかないのならば、憧れは苦痛にしかならない。
 つまらないことだ。
 そんななことより、だ。

「そっちこそ新しい装備じゃないか。え、なんだそれ……? 実装されてるのか?」
「ふふん、『大将軍』ってジョブなんだ。ここだけの話ね」
「なんだ、それ! 発表されてないだろう? ど、どうやってそんなジョブ……い、いや、俺の『聖剣士』だって……」
「わかってるってば。積もる話はさ、あっちの限定課金装備カフェを見ながら話そうよ。期間限定の装備があるんだって」
「それって仮装装備だろ? なんだか子供っぽい……」
「それがさ、確率ですっごい技能ついたアイテムが手に入るらしんだよね。装備によって付与される確率が違うらしくってさ」
「T(トリリオン)が薄くなっちまう!」
「そうそう! だから皆、どれが確率高いのか、血なまこになって探してるってわけ!」
 そんな話をしている。
 きっと『統制機構』の齎す『人生設計図』には、こんなことに時間を使っているなんて無駄の極みで悪徳でしかないと書かれているのだろう。

 でも、楽しいのだ。
 ワクワクする。
 ドキドキする。
 心が躍る。灰色だった視界は、こんなにも色が溢れている。瞳に映る全てがキラキラしているのだ。
「しかも限定なんだろ? 数も!?」
「そう! で、モンスタードロップのコインで交換できるのもあるって」
「な、なんだよ! 時間が溶けちゃうぞ!?」
「だから、待ってたんだって。他のメンバーも揃えてさ、交換コイン探しに行こう!」
「ああ、行こう!」
 これが現実でないなんて知ってる。

 でも、此処が僕の居場所だ。
 今日はどんな面白いことが待っているのかな?
 未来は白紙だ。だから、楽しい――!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年11月07日


挿絵イラスト