ハロウィン・ニーディは等身大に
●いつもどおりをいつもどおりじゃなく
祭事、というのは日常と非日常の境目にあるものである。
そういう理屈を語ることはナンセンスであるけれど、それでもハロウィンというものは播州・クロリア(踊る蟲・f23522)にとって得難い機会であるように思えた。
それは即ち――。
「あにさん、トリック・オア・トリート!」
悪戯かお菓子か。
二者択一。
その言葉を投げかけた相手、黒影・兵庫(不惑の尖兵・f17150)は目を丸くしていた。
「ハロウィンの?」
「はい、ハロウィンの、です。よくやるやつです。お菓子をください」
そういうクロリアの瞳は輝いていた。
純真な子供の眼をしていた。
しかしながら、兵庫は渋い顔をする。だって、今から戦闘訓練をしようってストレッチを終えたばかりなのである。
さっきからクロリアがストレッチもせずになんだか機会を伺っているのには理由があるのだろうと思っていたが、こういうことだったのかと兵庫は得心が行く。
「今日は戦闘訓練のつもりできたからお菓子をもってないよ……」
「あにさん、準備が悪いです。常在戦場なのと同じように常に常在祭事であるべきです!」
「難しい言葉を言った上に取ってつけたようにでっちあげない!」
「じゃあ、お菓子ください」
はい、とクロリアは手を差し出す。
けれど、兵庫は頭を振るのだ。
「でなければ、『いたずら』ですが」
「ごめん! 訓練の後で渡すから! この話は一旦後にしよう! ね、ストレッチまだだろう? 済ませてしまおうよ」
そんな彼の様子にクロリアは深く、深くため息をつく。
「はぁ~……これだから、あにさんは……」
そんな深くため息をつかないでもいいじゃないかと兵庫は思ったのだが、こういうときに頭の中の教導蟲は何もアドバイスをくれない。
ということは、せんせー、これは自分で乗り越えるべき問題ということですね! と兵庫は一人で勝手に獲得していたが、彼のなかにいる教導蟲はそういうことじゃないんだけどなぁ、と頭を抱えることになる。
けれど、こういう問題は当人同士が解決し、そして時にはすれ違っていくものである。
まあ、今の兵庫とクロリアの互いへの認識は大いにズレている。
クロリアの心、その感情を慮る機微が未だ兵庫は掴み取れていないところがある。
ならばこそ、教導蟲が下手に口出しするのは憚られる。
こういう問題は繊細だし、当人以外が口を出してうまくいった試しがない。
「いいですか?」
「な、何が?」
「私はあにさんより背丈が大きいですが、十歳の女の子です」
そうである。
忘れそうになるのだが、兵庫は自分より身長の高いクロリアが自分より年下だということを思い出す。
種族ゆえの特徴であるのだから、身長だけで一概に相手の年齢を推し量るというのは失礼というものであるのだが、とは言え、である。
「それはわかっているよ。だからさ……ストレッチを……」
「いーえ、わかっていません! あにさんがお菓子を持っていないことはわかりきっていました!」
「え!? なんで!?」
「あにさんがそういう人だってことを私はわかっているのです」
むふん。
胸を張るクロリア。兵庫は益々持ってわけがわからなかった。
お菓子を持っていないことを理解していながら、トリック・オア・トリート、なんていうことは実質一択である。
「つまり『いたずら』させろってことです」
「……遊びたかったってこと?」
「そういうことです! 此処まで説明しないとわかってくれない、あにさんはひどいです!」
「そ、そうかなぁ……他の人でも多分わからないと思うんだけれど」
「いいですか! いたずらの代わりに遊ぶことで代用してあげようっていうのです。こんなにも心優しく配慮のできるものも居ないはずです。あにさんは私に感謝すべきです!」
それって押し売りっていうんじゃないかなぁって思うのだが、クロリアは早速、兵庫から距離を取る。
何を、と思っていると。
「じゃあ、おいかけっこです! そのままかくれんぼに移行して、キャッチボールです! むむ、これは新たなその他スポーツが生まれる瞬間なのでは!?」
「いや、それはないと思うんだけれど!」
テンションの高いクロリア。
走り出す彼女はあっという間に遠くに行ってしまう。
何ていうか、勝手に引っ張り込まれた感じがしているのだが、兵庫もそんなに悪い気はしていない。
あとでお菓子を買ってあげないといけないな、と思いながら兵庫は黒リアを追いかける。
「よーし! クロリア! 今日はお兄ちゃんがくたくたになるまで付き合ってやるよ!」
「じゃあ、後で相撲もしましょう! はっけよい!」
「今かよ! まっ! いいか! さぁこい!」
どっすん! とものすごい勢いでクロリアが飛び込んでくるのを兵庫は受け止めながら、もみくちゃになって遊ぶ。
それはハロウィンの悪戯。
ちょっとだけかまって欲しいクロリアのワガママ――。
成功
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