ゲームマスターは笑わせたい
●ゴッドゲームオンライン
ギルドに集うゲームプレイヤーたち。
今日も今日とてクエストボードには依頼という名のミッションが張り出されている。
それを眺めるゲームプレイヤーたちの眼差しは困惑していた。
「なんだこの依頼……?」
「マンドラゴラダンスを踊りながらエンシャントドラゴンを狩猟せよ……?」
頓痴気な依頼内容にゲームプレイヤーたちは困惑しきりである。
その様子をクレイユ・オブエミネンス(舞台裏で重要NPCになりたい竜娘・f41776)は眺め、内心笑う。
そう、その依頼は他ならぬ組合員(ギルドスタッフ)である自分が張り出したものである。
意味の分からない依頼内容とは裏腹に報酬は良い。
いや、良いのだがエンシャントドラゴンて。
エンシャントドラゴンと言えば、それはそれは高難易度のミッションに出てくる強敵である。
「な、なあ……」
「クエストの受注はこちらです」
「こ、このマンドラゴラダンスっていうのは……」
「クエストの受注はこちらです」
「馬鹿っ、NPCに聞いたところで詳細がわかるわけないだろ」
そう、今のクレイユは組合員という重要NPCである。
そういうロールプレイである、ということはゲームプレイヤーたちには知られてはならないことであるため、クレイユは己の感情を押し止めるのに必死だった。
マンドラゴラダンス。
そんなもんは存在しない。よしんば、仮に存在しているのだとしても、ゲームプレイヤーたちは知る由もないだろう。
なぜ、知る由もないことをミッションの条件にしたのかと問われたのならば、クレイユはきっとこう答えるだろう。
「そっちのが楽しいだろうから! エンシャントドラゴンをただ狩るだけなんて、そんなありきたりなミッションの何処に創意工夫があるというんだよ!」
彼女は重要NPCの振りをしたドラゴンプロトコル……即ち、|ゲームの管理者《ゲームマスター》なのである。
そんな彼女が第一に考えるのはゲームプレイヤーたちの得る楽しさ。
それ以外は何の意味もないと言ってのけるほどに管理者としての彼女は、熱心であったのだ。
いや、それは己が自我を持ったドラゴンプロトコルであるがゆえであろう。
ここが|仮想《ゲーム》の世界であることは理解している。
仮初であってもいい。
例え、仮想の外の世界がどれほどに酷く辛い現実が待っているのだとしても、此処にやってくるゲームプレイヤーたちは楽しさを求めている。
「だったら、笑ってもらいたいじゃない」
それだけなのだ。それが自分の楽しさ。己という生の証明であるのだ。
「で、でも、こんなおかしな依頼」
「レアレイドボスのエンシャントドラゴンだぜ? やる価値はあるんじゃないか?」
「今の装備で行けるか? 人を集めた方がいいし、マンドラゴラダンス……その、ダンス、か? そのモーションプリセット持ってるやつがいるかも知れないだろ。まずは情報収集から行こうぜ」
「あ、ああ。じゃあ、受注するよ」
「ありがとうございます。皆様のご武運を祈っております!」
そう言ってクレイユは、なんだよマンドラゴラダンスって……って首を傾げながら冒険へと旅立っていくゲームプレイヤーたちを見送る。
「……ふっふっふ」
悪い顔をしている。
そう、彼女は重要NPCのふりをしたドラゴンプロトコル。
ドラゴンと言えば洞窟の奥で財宝を溜め込み、迫る冒険者を返り討ちにするために存在しているのだ。
エンシャントドラゴンというのは、彼女のことである。
今は『受付嬢に身をやつした没落貴族』という設定でギルド受け付に立っているが、これはいわばマッチポンプなのである。
ゲームプレイヤーである彼等を楽しませるために打った一芝居。
「何も知らずにマンドラゴラダンスを模索するゲームプレイヤー……どれが正解かわからないままに変な創作ダンスを踊ってしまう彼等を肴にするのも悪くはないね」
悪趣味である。
だが、これがクレイユの一番の楽しみなのである。
一体どんなふうに踊ってくれるんだろうか。
自らの掌の上でゲームプレイヤーたちは、仮想の世界を生きる。
自分もあのように生きることが出来たのならば、どんなにいいだろうか。踊らされるのはまっぴら御免であるが、それでも。
思い出を共有できないというのは寂しいものがある。
所詮自分はNPCである。
ゲームプレイヤーたちの輪の中に入ることはできない。
「……でも」
受付から耳を澄ます。
すると聞こえてくるゲームプレイヤーたちの雑談の声。
「この間、マンドラゴラダンスっていう秘伝書を手に入れたんだけどさ」
「マ、何? なんて?」
「マンドラゴラダンス」
なんだそりゃ、という彼等の声を耳にクレイユは笑う。
自分が仕込んだ数々のミッション。
それについて花を咲かせるように語る彼等の姿を見て、クレイユは次はどんな仕込みをしようかとNPCのフリをしながら心躍らせるのであった――。
成功
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