●フェルゼン&エルドレットの場合
セクレト機関の本部にて。
既に組織内がハロウィン一色なのを知ったたからは、いそいそと準備しておいた魔女の衣装に着替えてパンプキンバッグ片手に施設内部を歩いていた。
エイプリルフールも夏休み知らないくせにハロウィンだけは何故か知っているセクレト機関。
何故か知っている。何故だろうね。
「おや、たから殿ではないか。その格好は……」
「魔女の仮装かな? いいねぇ、可愛いじゃん」
お菓子をもらう最中、司令官エルドレット・アーベントロートと高位研究員フェルゼン・ガグ・ヴェレットに出会ったたから。
2人共仕事終わり直後なのか、エルドレットは片手にバッグを、フェルゼンは書類の束を持ち歩いていた。
しかしハロウィンというイベントは仕事疲れのおじさんたちにも容赦なく、この言葉が降り注ぐのだ。
「エルドレットさん、フェルゼンさん、トリックオアトリート!」
トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃイタズラするぞの合図とも言えるその台詞は、幼いたからにとっては魔法の呪文でもある。
そんな魔法の呪文を唱えられては仕方がないと、エルドレットはバッグの中からお気に入りのグミを1袋取り出した。
周りに粉砂糖が薄っすらとついたスイカの形のグミ。最近別の世界から取り寄せたようで、エルドレットの分は残ってるからとたからに分け与えてくれた。
「フェルゼンさんは?」
「む……。私はすまない、無いんだ」
「無い……。じゃあ、イタズラ、しても、いい?」
きゅぽんと水性ペンの蓋をとったたからに対し、フェルゼンは『あれ?』と言いたそうな表情。
どうやら彼はハロウィンイベントを少々勘違いしていたようで、じりじりとにじり寄るたからの雰囲気でようやく現実を知ったようだ。
「……あれっ、そんなイベントだっけ!?」
「そんなイベントだぞー、ゼン。大人しくイタズラ受けとけ~?」
「お菓子がない人には、イタズラ、オッケー!」
「ちょっ、待って待って待ってぇ!?」
「問答、無用ー!」
たからによってイタズラされていくフェルゼンの顔には、可愛らしい猫や肉球のマークが書かれる。
なお彼の顔には赤い紅が塗られていたが、それさえも容赦なく塗りつぶして上塗りされていくのだった。
●燦斗&エーミールの場合
「トリックオアトリート!」
「おや、たからさん。可愛らしい仮装ですね。はいどうぞ」
通路で|金宮燦斗《エーリッヒ・アーベントロート》と出会ったたからは真っ先に|魔法の呪文《トリックオアトリート》を唱え、彼から部屋に置いてあった口溶けチョコレートを一箱もらう。
とある世界の冬限定商品なのだが、今季は割と早い段階で解禁されたので箱買いしておいたそうだ。
「ありがとう、燦斗さん。ハッピーハロウィン!」
「はい、ハッピーハロウィン。あ、エーミールがそこの部屋にいるので突撃していいですよー」
しれっと義弟エーミール・アーベントロートの居場所をバラした燦斗。突撃していいの言葉に甘えて、たからは部屋へと突入。
横になっていたエーミールだったが、来客と気づいて慌てて起き上がり髪を雑に結い上げていく。
そうしてたからの|魔法の呪文《トリックオアトリート》を聞いたエーミールだったが、今日がハロウィンだということをすっかり忘れていたようで……。
「じゃあ、イタズラ、しちゃうね」
「ううっ。今年こそは忘れまいと思っていたのにー!」
悔しがる様子のエーミールに対し、たからは水性ペンでお花のマークをほっぺに描く。
更にたからは額に肉を書いてみるのだが、エーミールの前髪で隠れてしまったのが悔しくなってしまい、目を閉じてもらってまぶたに黒丸をつけて疑似眼をつけていく。
なおこの疑似眼、後にエミーリアに驚かれてから気づくという失態になったのだが、それはまた別のお話である。
●ジャック&ヴィオットの場合
「トリックオアトリート!」
「……?」
続いて出会ったのはジャック・アルファード。|魔法の呪文《トリックオアトリート》を唱えて両手を差し出してみるのだが……ジャックは首を傾げていた。
数分ほど無言が続き、ジャックもたからも一言も声を発さずにいたところをヴィオット・シュトルツァーが通りがかってくれた。
「何しとんのや、ジャック。たからちゃん困ってはるで」
「……いや、俺もどうしたらいいかわかんなくて……」
「んー? たからちゃん、何がしたいん?」
「トリックオアトリート!」
「あーね。そゆことか」
いそいそとポケットから猫型の飴を取り出し、たからへと渡したヴィオット。
こういうときの心得だけはしっかりと持っているようで、今日だけ持ち歩いているシュトルツァー家に伝わる特別なお菓子らしい。
可愛らしい飴を貰えてたからも嬉しそうだ。
しかしジャックはその様子にまたしても首を傾げた。
なんで今お菓子をあげたのか? そもそもトリックオアトリートとは? その辺りがわかっていないようだ。
「……ジャックさん、もしかして、ハロウィン、知らない?」
「はろいん?? なんだそれ」
「ジャックの世界にはない文化なんやろなあ。たからちゃん、教えたったれ」
「任せて!」
えっへん! と胸を張ったたからは近くのベンチにジャックを連れていき、座らせてからハロウィンについて語る。
元々の起源は秋の収穫を祝い、悪霊を祓うためのお祭り。仮装をするのは悪霊達から身を隠すために仮面をつけたりしたことが少し転じたのが由来とされている。
……が、幼子なたからにはこんな由来などを知ることはないので、ジャックには『仮装してトリックオアトリートって言ってお菓子をもらうかイタズラをするお祭り』と伝えておいた。
「ほーん……なるほど、お菓子がない人にはイタズラ……」
ここまで教えてもらったことで、ジャックは気づいてしまった。
――今ここで|魔法の呪文《トリックオアトリート》を言われたら、詰みだ!!
「じゃあ、ジャックさん。改めて……」
改めて|魔法の呪文《トリックオアトリート》を言おうとしたたから。
しかしその瞬間にはジャックはその場から逃げ出しており、全速力でセクレト機関の廊下を走っていた。
なおまだ言い切ってないため、お菓子をもらうこともイタズラすることも無いのだが、やっぱり狙っていたターゲットを逃したくはないたから。
ヴィオットと共にジャックを追いかけ始め、追い込み漁を開始した。
「まてー!」
「嫌だよイタズラなんてさぁ! なんだよその手に持ってるのー!」
「水性ペン、です!」
「ガチのイタズラじゃねぇか! くそっ、購買部どこだー!?」
購買部でお菓子を買えば、イタズラは免れると判断したジャック。
……なお、セクレト機関のマップを殆ど知らないジャックは購買部に辿り着くことは出来ず……あとはお察しの通りである。
成功
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