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見えざる狂気は赫し夜に目を醒ます

#シルバーレイン #ノベル #猟兵達の秋祭り2023 #踊り狂いて秋月夜

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鳥羽・白夜




 狂っている。
 狂っている。アイツは。
 狂っている。俺がやらないと。
 狂っている。だから、俺がアイツを――、


「落ちてきそうな月ですねェ」
 虹目・カイ(○月・f36455)が月を仰ぐ。
 耀く冴えた黄金の月だ。しかし月も、月と同じ彩したその双眸も冷めていた。
 カイは知っている。猟兵になる以前は能力者であった。故に理解するのはここが特殊空間であるという事実。終わりのない夜、沈まず触れられそうなほどに近い月だ。
 そして視線を落とせば、人の影が映るのだ。
 見覚えがあった。
 佇むその姿は、赤い三日月を携えて。
 カイの知る姿と違うのは、瞬くごとに明滅するかの如く刹那、紅へと塗り替えられる瞳のみ。
「――鳥羽様?」
 その名を呼ぶ。
 鳥羽・白夜(夜に生きる紅い三日月・f37728)の名を呼ぶ。
 慎重に、相手の出方を窺うようにして。だってここは特殊空間だ。己のように噂を聞きつけ足を運んだ――にしては様子がおかしい。
 まるで彼こそが、特殊空間の主であるかのように見えるものだから。
「虹目か」
 声は明瞭。
 しかしその瞳は。
「俺がお前を、止めてやる」
「え」
 赤黒く、澱む。

「――|起動《イグニッション》」


 三日月が己の首を狙った。
 それを認めたカイもまた、短く起動を告げて。
 宝石にも似た刀身の薙刀で、受け止めた。
 紅の三日月と金の繊月が、交わされる。
「鳥羽様、どうか正気に」
「正気? ……俺が?」
 心底。
 理解出来ない。――そう、明滅続ける白夜の瞳は語っていた。
「正気じゃないのはお前の方だろ!」
 目を覚ませ。
 今の白夜は心から、そう咆える。
 カイは悟った。
 ここは『そういう場所』だ。
 迷い込む者を狂気に染める。能力者が言うところの『見えざる狂気』に、その症状は似ていた。
 そうと解れば冷静に、淡々と。
 くるり薙刀回して静かな瞳で紅を見据えて。
 とは言え、猟兵としての実力は白夜の方が上。正攻法で勝ち目はなさそうだ。
「不本意なんだけどな……緊急事態だ」
 普段の彼なら、変じない筈の真の姿。
 紅い瞳に蝙蝠の翼。その姿はまさしく吸血鬼。
 カイは原初の吸血鬼について考えを馳せたが、すぐにやめた。
 彼は貴種の血こそ引いてはいても、銀誓館の能力者であり、猟兵だ。その存在とは根本的に違う。
 思考する間にも、三日月はカイの頭上に降ってくる。早く止めなければ白夜の命さえ危うい。
 薙刀で受け止め、往なす。流して、切り結ぶ。しかし真の力を解放した白夜は易々その動きについてくる。白夜主導で演舞でもしているかのようだった。
 だがやはり、白夜の方が速い!
「戻って……来い!」
 薙刀が跳ね飛ばされ、宙を舞う。
 今や光を放つ刃は白夜の手にのみ在りその存在を主張する。
 そしてがら空きになったカイの胴へと今度こそ、三日月は迫り――、

「……、え?」

 かは、と。
 白夜が空気を吐いた。
 その脇腹へと、カイの脚が突き刺さっている。
「戦いとなるとお行儀悪くてね。失礼致しました」
 酷く凶悪に、女が笑う。
 これでも能力者時代はそれなりに場数を重ねた女だった。そんな女にとっては一瞬の隙があればいい。
 糸で編まれた七色の化け狐が、白夜へと殴りつけるように突撃し、――それが、最後。
 瞬間、ぱちりと見開かれた白夜の瞳に、光と元の彩が戻る。
 その瞳に映る姿は、常軌を逸しているようには見えなくて。
「(――ああ、)」
 そして、悟る。

「(狂ってたのは、俺の方だったのか……)」

 月が砕けて、崩れる。
 白夜の上にも降り注ぐ。


「――なんか色々ごめん!」
 惜しげもなく拝むように両手を合わせる白夜に、カイは柔らかな苦笑を見せた。
「お気になさらないでください。一歩間違えれば、本当に私の方が狂っていたかも知れないのですから」
 とは言うものの、どうにも落ち着かない白夜である。無事だったからよかったものの、やはり罪悪感は残る。
 それにこのことが後輩達に知れたら大変なことになりそうだ。そちらの方はどうしようか、と思いつつも。
「……しっかしマジであの特殊空間ホント……何が悲しくていい歳して羽生やして見せないといけねーんだ、厨二病かよ俺は……!」
「まあまあ。格好良かったではございませんか」
「やめろ頼むから変に気遣わないでくれ……!」
 カイの真意がどうあれ、真の姿を好んでいないことは事実なので、意図せぬ黒歴史製造に頭を抱える白夜。
 けれど、はたと思い出して顔を上げ。
「虹目」
「はい?」
 これだけは伝えねばと。
 絞り出すようにして。
「あと……その、ありがとな」
 告げれば、カイはきょとんと目を丸くしたが。
 すぐに平素の穏やかな微笑みを向けて。
「どういたしまして」

 斯くして、月は赫く染まらぬまま。
 静かに、夜は明ける――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年10月31日


挿絵イラスト