あれほど暑かった夏からすっかり四季も移ろい、巡り来て深まる今の季節は秋。
燃ゆるような紅葉がはらりと舞い踊り、響くのは楽し気な祭囃子の音。
カクリヨファンタズムでこの日行われているのはそう、屋台が並ぶ秋祭り。
沢山の人が訪れていて、はしゃぐ声でいっぱいに満たされている秋の夜。
その賑やかさは、誰もがうきうきと心躍る……なんて、そう思いがちだけれど。
リグルド・ヴァンヘルガ(Re:・f36099)は、狼の耳をピンと立てて。
周囲を警戒しながらも、見慣れぬ祭りの風景の中、意識を配りつつ歩いていた。
そんな姿は、祭りを楽しんでいるというようには、傍から見れば到底思えない様子ではあるが。
現に、リグルドにとっては、これが初めて訪れるお祭りで。
奴隷であった過去などから、人が多い場所に対して苦手意識があるのだ。
それでも今回、祭りへとやって来たのは……ルカ・クルオーレ(Falce vestita di nero・f18732)との外出だから。
確かに、人も多くて知らないものも沢山あって、色々な音が聴こえてくる祭りに、ちょっぴり警戒はまだしているけれど。
でも心開いた相手と一緒だから……彼が傍に居る限りは、いつもよりリラックスはしていて。
黒のシンプルな浴衣に合わせた、金魚の尾鰭の様にひらりと揺れる帯やリボン、瞳とお揃いの色の花を飾った髪も華やかな……そんないつもと少し違う装いのルカと暫く並んで歩いていれば、一緒に楽しめるほどにはリグルドの警戒も少し解けてくる。
それでも、リグルドが他人が苦手で、人が多いところに警戒してしまうのは知っているから。
ルカは心持ち寄り添う感じの立ち位置を心掛けながら、共に屋台を巡りつつも。
「焼きそばとフライドポテト、あとはチュロスも美味しそうだねえ」
できるだけ持ち歩きしやすいものを中心にと選んで、見つけた美味しそうなもの、気になるもの、珍しいもの等々を二人分買い込んでいって。
おなかにもしっかりたまる焼きそばとフライドポテトを美味しく食べた後、別腹の甘いものもやはり外せないから。
購入してみたチュロスを数本、リグルドにも差し出してみる。
そして、ルカに差し出されたり示されるものはどれも、物珍しいものばかりだから。
「この長い食い物は甘い香りがするが、一本ずつ違う匂いがするな」
「こっちがチョコ味で、これがシナモン味かな? せっかくだから、半分ずつにしようか」
そうチュロスを半分こして渡されれば、尻尾もゆらゆら。
素直に受け取っては興味を向けるリグルド。
そして色々な屋台を見て歩いていれば、ルカはふと立ち止まって。
「すごいねえ……綺麗だけど美味しいのかな?」
「……なんだそれは、食い物……か? 初めて見たな、それも甘い香りがする」
ふたり並んでじいと見つめてみるのは、レインボーカラーなチョコバナナ。
美味しいかどうかは食べてみないとわからないからドキドキだけれど、でもルカは甘いものも綺麗なものも好きだから。
「それも良さそうだねえ、一つ買って分けようか」
折角だからこの機会にちょっぴりわくわく、買ってみることに。
そんなルカの楽しそうな様子を見れば、リグルドも目を細めて。
「……嗚呼、そうしよう。食べきれなくても俺が全部食えるしな」
ふたりで一緒に、カラフルでレインボーなチョコバナナをそうっと食べてみれば……口に広がるのは、とても甘くて美味しい味わい。
それから、祭りといえば何も、食べ物の屋台だけではないから。
ルカが見つけては足を運んでみるのは、アクセサリー類が煌めき並ぶ露店。
露天商巡りも趣味の一つだから、本物では無いとは分かっていても、ついつい性分で覗いてしまって。
「意外と色味の綺麗なものがあるなあ」
むしろ本物ではなくても、形や色が気に入れば手に取ってみて、楽し気に眺めてみる。
そんな沢山あるいかにも安物の石の中から、まるで宝探しみたいに気になるものや掘り出し物なんかを探すというのもわくわく心躍るし。
天然石のストラップを見つければ、その中でも特に綺麗なものや好みなものを選んでみる。
そして、くるりと赤の瞳を改めて並ぶ石たちへとじっくり巡らせてみれば。
ふと目に留まったそのいろに、ふいに手を伸ばしてみて。
「この黄水晶はリグルドの目の色みたいだねえ」
掌の上で光るそのいろと、眼前の彼の双眸のいろを、交互に見つめるルカ。
そんな彼の言葉を耳にすれば、リグルドも己の金の瞳に黄水晶の煌めきを映してみて。
「それを俺に例えるのか。なら……」
……これはルカだな、と。
様々な色の石の中からそう見つけて手に取って。
差し出したのは、ルビーに似た赤の色を湛える石飾り。
そして互いの瞳とお揃いのいろたちを仲良くふたつ並べてみてから。
相手を思わせる色をそれぞれ購入して、今日の土産のひとつにと渡し合う。
それからも、天然石系のアクセサリーを一緒に見たり、気になったものや相手に似合いそうな飾り物などを探してみたりして。
存分に楽しんで店を離れれば、リグルドはふと見つけたものを、もうひとつ。
「……、ルカ。これを」
似合うと、そう思ったから。
道の外れに咲いていた薄紫色の小さな花をそっと彼の髪に添えてみれば。
「ありがとう、似合うかな?」
「……ン、想った通り良く似合うな」
満足気に尻尾もゆうらり、こくりと大きく頷いて返す。
自分の見つけた花が、思った通りルカにとても似合っていたのが、密かに嬉しくて。
最初こそ、周囲を警戒してずっと耳も立ちっぱなしだったリグルドだけれど。
ルカが隣にいてくれれば、祭りの雰囲気にも若干慣れてきたこともあり、必要以上に過度な警戒はすることもなくなって。
そしてそれは、ルカが自分を気遣ってくれているからであることも、わかっている。
今だって、これから始まる花火を見るために彼が選んでくれたのは、人気の少ない場所。
特等席ではないものの、余り人気の無い場所にあるベンチを確保してくれて。
こちらに合わせてなのかとそう気付けば、リグルドの目元も柔らかくなる。
そして色付いた木々の間から上がっては弾ける風情を楽しみつつ、食べ物広げて花火鑑賞に興じる。
そんな花火の音を軽く拾いながらの友人との穏やかな時間は、楽しい気持ちになるし。
「花の形の花火とかはどうやって作るんだろうねえ、僕が知っているのは普通の形のものだからなあ」
「花火……? む、爆弾の一種……という知識はあるがな。その辺はルカの方が詳しいと思ったが存外分からないのだな」
自然とリラックスした楽な姿勢と、無意識にゆらゆら揺れるその尻尾が、リグルドの心を物語っている。
大勢がいる場所は気が気でなかったけれど、でも今はこうやって相手に集中できる。
そしてそんな時間に、喜びを感じているから。
そんな揺れる尻尾や、力がいい感じに抜けている姿、花火を見上げるその横顔を見れば。
「楽しんでるようで良かった、付き合わせてしまったようでどうかなと思っていたんだ」
ルカもそうホッとする。
最初はリグルドも警戒していた様子であったし、人が多い場所が得意ではないことも分かっていたから。
それでも、こうやって一緒に祭りに来たかったから、声を掛けたし。
それに何よりも。
「楽しめているぞ。誰かに心を許すのも、誰かと長期間過ごす機会もそうなかった。寧ろ誘ってくれて感謝してるんだ」
彼が一緒に楽しんでくれればって、そう思っていたのだけれど。
「……ルカは楽しめているだろうか、受け身で悪いとは思ってるんだがどうにも未だ慣れなくてな」
リグルドの言葉に、ルカはこう迷わずに返す。
「とても楽しいよ。大丈夫、ゆっくり色々な事に慣れていけばいいんじゃないかな」
彼が楽しんでくれれば嬉しいって思っていたのに……自分も今、とても楽しい気持ちを貰っているから。
でもそれは、リグルドにとっても同じで。
「お前の隣は暖かい。昔の俺なら怯えて離れただろうな」
……だが、今は不思議と気にならないんだ、と。
心地の良い距離、そうには今だって違いないのだけれど。
でも、何だかほんのもう少しだけ、そんな感情が変化しているような気がしないでもなくて。
紅葉の赤が染まる秋の夜長を、もう少しだけふたりで楽しむことにする。
夜空に上がる大輪の花が鮮やかに散り終わって、静寂が戻ってくるまで……いや。
ルカはルビーに似たその瞳に、黄水晶の色を重ねて、こう告げる。
「……君が平気になるまで僕で良ければいくらでも付き合うよ」
またこうやって楽しいって思える時間を一緒に過ごしたいって、そう思うから。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴