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花火色エンゲージメント

#アスリートアース #ノベル #猟兵達の秋祭り2023

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#猟兵達の秋祭り2023


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駒城・杏平



ユキノ・サーメッティア




●花火
 夏の終わりがやってきている。
 そう感じるのは夜の空気が茹だるような熱気帯び、湿ったものではなくなってきたからだろう。とは言え、残暑である。
 少しまだ汗ばむような夜に駒城・杏平(銀河魔法美少年テイルグリーン・f05938)とユキノ・サーメッティア(空白・f00911)は共に浴衣に身を包んで貸し切りにされた屋上の上から夜空を見上げていた。
 星空を見る、というのならば街中の灯りが夜空を照らしすぎているように思える。
 けれど、二人が空を見上げていたのは星を見るためではない。

 目の前に広がる大輪の花。
 そう、花火である。遅れて音が二人の肌へとビリビリと伝わる。なんとも不思議だ。音より光の方が早いのだから仕方のないことである。
「花火綺麗だね……」
 杏平は、夜空に咲く花火の煌めきをみやり息を吐き出す。
 確かに綺麗だ。
 わざわざ彼はこの日のためにがんばって屋上を貸し切りにしたのだ。とてもがんばった。こうして花火がよく見える特等席を用意してくれた彼の横顔をユキノは見つめる。

「どうしたの?」
「いえ、杏平さんの顔、いろんな色が浮かんでいて――」
 綺麗だと思ったから、と告げようとしてユキノの脳裏には夏の思い出が全部フラッシュバックしてくるようだった。
 一緒に温泉に入ったこと。
 少し気恥ずかしい思い出であるけれど、それも大切な思い出であることには変わりない。自分の全部を見せててしまったということもある。
 だから、というわけじゃあないけれど。
「ふふ、ただ鮮やかな光に浮かぶ顔を見てみたいって思っただけ」
「そういうもの?」
 杏平は見つめ合う瞳の端で咲く光の花の鮮やかさを知る。目が合うだけで照れてしまう。相変わらず、花火の音は遅れて耳に届く。
 自分の心臓の鼓動の音と区別がつかなかった。

「あっ、ほらユキノ見て見て」
 そう言って照れ隠しの延長線で杏平はユキノに空に浮かぶ花火を指差す。
 広がっていく光。
 その光からまた枝分かれするようにして花火が開くようにして光を乱舞させている。二人の瞳には明滅する光が広がっている。
 今ばかりは夜空の星々も見えなくなるほどに、地上から上がる光の花は地上に在る人々の心を掴んで離さないだろう。
 浴衣の裾を握るのは、どちらが先立っただろうか。
 どちらだって良い。
 だって、こんなにも星が瞬くよりも鮮烈な花が夜空に咲いているのだから。

●階段
「花火、楽しかったね」
「うん、楽しかったね。でも杏平さんの横顔を見るのも楽しかったよ」
「もう、また! でも、ユキノの浴衣可愛かったからどっちを見ようか迷ったよ」
 なんて、笑い合いながら二人は屋上から階段を下っていた。
 案内灯の灯る薄暗い階段。
 どちらからか握った浴衣の裾は、もう握っていない。裾を握るよりも手を繋いだ方がいいと気がついたからだ。
 些細なことだけれど、それでも相手の体温が手のひらから伝わるというのは、心地の良いものだった。

「今日は……」
「うん、このまま取ってる部屋でお泊りだね」
 そう、杏平が貸し切りにしていた屋上は、ホテルの屋上だったのだ。
 花火大会も終わり、後は部屋に戻って休めば良い。勿論、同じ部屋だ。
 その言葉にユキノはドギマギしてしまう。
 また夏の思い出がぶり返すようにして彼女の脳裏に過る。
 温泉でのこと。恥ずかしいなって思うけれど、でも。
 それでも、一歩前進したいと思う。後退したいって思うわけがない。自分の全部を見てもらいたいと思ったのなら、少し大胆になってもいいのではないかと思うのだ。
 そんな思いが今ユキノの中に巡って、巡って、ぐるぐると渦を巻いていく。
 熱を帯びたのは頭ではなくて、頬だった。
 繋いだ手のひらから伝わる熱以上に自分の頬が熱いような気がする。

 これがそういう気持ちなのは間違いない。
「(少し位大胆にいっちゃおうかな? なんて……)」
 ユキノは案内灯に照らされた杏平の横顔を見る。花火の光に照らされていた彼とは違う顔がそこにはあった。
 彼はどんな気持ちで部屋を用意してくれていたのだろう。
 自分と同じ気持ちだったのならいいな、とユキノは思う。彼が自分のために屋上を貸し切ってくれたように。自分の全部を、と思うのは自然な成り行きであったのかもしれない。

●ジャグジー
 その部屋は思った以上に素敵な雰囲気だった。
 豪奢というより、スッキリとしたインテリア。特別な部屋であることがうかがえる。そして、クイーンベッドに広げられたシーツの白が飛び込んでくる。
「少し汗ばんじゃったね。先にお風呂入っちゃう?」
 浴衣の襟をひっぱって杏平は汗ばんだ肌に風を送り込む。
 たしかに残暑。
 けれど、まだ暑さは厳しかった。夜であっても、少し動けば汗ばんでしまうのだ。

「……また一緒に入ります?」」
 ユキノは首を傾げて杏平に問いかける。
 それは問いかけであったけれど、同意に誘いの言葉であったのかもしれない。
 少し大胆に。
 その言葉がユキノの中に渦巻いている。
「え? 一緒に入るの?」
 杏平の驚いた顔が、好ましい。困らせたいわけじゃないけれど、困ったふうな、驚いたふうな、照れたような。
 その全部が混ざった表情を見るのがユキノは嬉しかった。
「だって構わないもの」
 どうなるかな。どんな答えが返ってくるのかな、とユキノは心臓が跳ねるの音を聞いただろう。
「……一緒に入ろうか」
 その言葉にユキノはまた心臓が跳ねる。ひときわ高く強く。

 二人は部屋に備えられた浴室のジャグジーに一緒に入る。
 泡立つお湯が二人の肌を優しく刺激してくれている。なんだかずっとくすぐったいと杏平は思ったかも知れない。
「ふーお風呂は気持ちいいね」
 そうつぶやかなければ、どうにも間が持たない気がした。二人向かい合ってジャグジーに使っているのだから当然といえば当然かも知れない。
 これがユキノの大胆の一端であることを杏平はまだ気が付かないかもしれない。
 はじめてではないけれど。
 でも、こうやって一緒にお風呂に入っているという状況にドキドキしてしまう。
「ジャグジーってすごいね。こんなに泡いっぱい」
 ふぅってユキノが泡を息で吹き飛ばす。
 童心に帰ったような彼女の言葉に杏平はまた揺り戻されてしまう。現実だけれど、現実ではないような光景。

 女の子と二人きりでお風呂に入っている。
 温泉を共にしたこともあるのだから、そんなに気負わなくてもいいのだろうけれど。

●クイーンベッド
 浴室から出てパジャマに着替えると二人の前にあるのはクイーンサイズのベッドだった。
 当然一つである。
 共に眠ること。
 後はもうお休みするだけ。眠気が来るまでが彼女たちの今日だった。だから、日付が変わろうとしているのに、まだ今日という日が続いていくような気がしたのだ。
 眠れば明日になってしまう。
 時は止められない。
 けれど、もう少し続いていほしい。時計の針が何処を指しているかわからなければ、今日という日はまだ続いていくはずだと錯覚してしまうのも無理ないことだったかもしれない。
 
 それに。
 大胆に行くって決めたのだ。ユキノは意を決したように、それこそ唐突に杏平の背後から抱きついてベッドに押し倒す。
「おぉ!? どうしたの? 急に?」
 背中から押し倒された杏平はユキノに振り返る。
 抱きつくような、押し倒すような、覆いかぶさるような、そんな体制になったユキノの顔はきっと照明の逆光になった杏平にはよく見えなかったかも知れない。
「大胆にいこうと思いまして」
「……なるほど! なら、僕もお返しだ!」
 今日という日が終わるのを惜しいと思っているのは、きっと自分だけではないのだ。だから、と杏平もユキノの細い腰に腕を回して抱きつく。
 ベッドの上を転がるようにして二人の上下が変わる。
 まるでメリーゴーランドみたいだと思ったかも知れない。

「わっ、杏平さん、力つよーい」
「ふふっ、急に抱きついてきて驚かされたからね!」
 はしゃぐように、それこそ子犬同士がじゃれ合うようにして二人はベッドの上で跳ねたり転げ回ったりと折角汗を流したのに、また汗ばむようにして遊んでしまう。
 いつもと変わらないのかもしれない。
 けれど、二人は笑う。
 こんなにも楽しいことが明日も続けば良い。今日という日が終わりを告げても、明日もほしいと思ってしまう。
 杏平の手がユキノの腕を存外に強く引き寄せる。
 ユキノはその力強い引き寄せに抗うまでもなく、引き付けられてしまう。

 顔が近づくのは不意に。
 けれど、止めようがなかった。
 ドサクサ、と言われてしまっても仕方ない。けれど、どうにも止まらなかったかのかもしれない。浅く、軽く。
 ただ触れただけ。
「あ……」
「え……今のはもしかして……」
 柔らかい感触を杏平は覚えただろう。
 ユキノもそうだった。触れたのは唇同士だった。熱の灯りさえも感じさせない、一瞬のふれあい。
 でも、それは劇的なまでに二人の神経に走り抜ける。
「あー……そのー」
「今顔見ないでね!」
 そう言ってユキノは杏平の胸に顔を埋めてシーツを頭から被ってしまう。

 こんなハプニングめいたことになるとは思っていなかったのだ。期待していなかったかと言われたらそんなことはないだろうけれど。
 でも、恥ずかしいのは変えようがない。
 どうしようもないのだ。
 だから、ユキノはごまかすように顔を隠して杏平の胸に顔を押し付ける。
 音が聞こえる。
 杏平もドキドキしてくれているのだと思って、自然とシーツに隠れた頬が緩む。
 そんな彼女の頭を抱くようにして杏平は少し反省する。
 少し、わちゃわちゃしすぎたかな、と。
 でも、とも思う。

 明日はもっと良い明日に。彼女により良い明日を。
「ユキノ、おやすみ。また明日ね」
「きっと明日ね。杏平さん」
 それは、約束。
 今日はお休み。明日もまた一緒にというエンゲージメント――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年10月23日


挿絵イラスト