●はじめまして、おひさしぶり
秋風が涼やかであると感じることができるのは、夏の暑さを知っているからだ。
夏の暑さを懐かしむことができるのは秋風が冬を呼んでいるだからだ。
冬の厳しさを乗り越えたいと思うのは、春を待ち遠しく思うからだ。
人の営みは。
いや、自然の営みというものは、このようにして巡っていくものである。
人の心などつゆ知らず。
けれど、其処に在る。
色彩めいた輝きを瞳に映す。
夜の帳をほのかに照らすようにして明かりが点々と続いている。
「この雰囲気は懐かしいな」
最後に秋祭りにやってきたのはいつだったか。
郷愁と呼ばれるものがあるのならば、高天原・光明(彼方より禍を射貫くもの・f29734)は遠き日のことを思い出す。
姉や友人。
そうした思い出がゆっくりと己の脳裏に流れていく。
けrど、そんな思い出の隙間に潜り込むような小さな声が彼の耳に届く。
「すみません……ほんとすみません……ゴミですみません……」
「……ど、どうしたルミネラ」
彼の前にしょぼくれた様子で立っているのは、共にこの秋祭りにやってきたルミネラ・ジェムジェム(身体はガチャで出来ている・f41085)だった。
光明は友人たち四人と秋祭りにやってきていたのだが、いつのまに共に来た友人たちは思い思いの屋台へと駆け出していた。
だから光明は少し思い出に浸っていたのだ。
けれど、早速である。
ルミネラは涙目であった。近場でレンタルしたと言っていた浴衣がしょぼくれた色に見えてしまう。手を後ろに回して言いにくそうな仕草をしている。
何があったのだろうか。
「……光明さんお金ちょうだい……」
「な、何? お金? お前あれだけあったのを……」
「……仕方ないんです、テキ屋のおじさんの圧が……」
「不当に要求されたのか」
「……いえ、くじ引きで溶かしちゃいました!」
ははぁ、なるほど。くじ引きでね。お金をね、溶かして。なるほどけしからんな、と光明は一瞬だけ思った。
「……なに?」
「つい! つい! あと一回! 後一回で当たる! 今までのハズレは当たりへの布石! そう思っていたんです~!!」
彼女の後ろに回した手にはハズレ景品のよくわからん玩具やらティッシュやら飴玉やらなんやらが抱えられていたのだ。
その様子を見て光明は天を仰ぐ。
「それはどう考えてもよくない路線だろうに……いや、待て。そう言えばルナはどうした? お前と一緒だったはずだろう? まだくじ屋の所か?」
「ミツアキおにい、ルナもルミネラおねえちゃんとおんなじのやりたいからチャラチャラしたのちょーだい♪」
光明が共に来ていた友人の一人、ルナ・ハイヴォア(ルナティックチャイルド・f39252)の姿を探そうと視線をめぐらした瞬間、ルミネラと彼の間に生えるようにして彼女は現れた。
それも両手いっぱいの食べ物を抱えて。
焼きとうもろこし、焼きイカ、きゅうりの一本漬け、たこ焼きお好み焼きかき氷。まあ、よくもまあこんなに買い込めたものだと言わんばかりの量である。
確かに光明はお小遣いを手渡していた。
ルナも秋祭りは初めてであったから、目をキラキラさせていたのを覚えている。ルミネラとは初対面だったが、共に走っていったはずだ。
「えと、五秒ではぐれました」
再び光明は天を仰いだ。
二人してどうしてこうも、とも思った。
「うぐ、すみません……光明さんお金ちょうだい……次の一回で当たるんです~!」
「懲りてくれ!」
「ねぇ、ミツアキおにい、ルナもルミネラおねえちゃんのとおんなじの~!」
二人はすでに持ってきたお小遣いは全て使ってしまったようである。
ルナは食べ物に。
ルミネラはくじに。
なんというか、性格が出た結果であろう。そんな三人の様子を恵空・仁子(動かざる執筆家・f29733)は見つめる。
祭り囃子の賑やかな声が広がっている秋祭りの会場にあっても、三人の声はしっかりと彼女の耳に届いている。
美味しそうな香り。
笑い声。
そして、秋の夜風の冷たさ。彼女も浴衣を着てきていたが、長羽織を羽織っていて正解だったと思った。
季節の移ろいというのは、いつだってあっという間である。
人間の都合など知ったことではないとばかりに流れていく。それに比べたのならば、光明たちのやり取りはなんともゆったりしたものであろうかと思う。
妖精がふわりと秋風に乗って仁子の道行きを案内するようにして飛ぶ。
目当てのりんご飴の屋台はすでに目星をつけている。迷いなく彼女はお金がないと騒ぐルナとルミネラ、そして彼女たちをたしなめる光明をよそにマイペースに屋台の前に立つ。
「林檎飴を一つ」
手短に。けれど、はっきりとした声色で彼女は景気の良い屋台の親父の声に負けぬようにと己の注文を通す。
「はいよ! お嬢さん!」
頷いて差し出された紅い林檎雨を手に取る。
林檎を覆う紅い飴。
一つかじれば、飴の甘さと林檎の酸味が体に染み渡っていくようだった。
息を吐く。
良い。屋台の親父は、そんな仁子の様子に満足げだった。かじった林檎飴を屋台の明かりに透かすようにしてみれば、ああ、これはなんというか、夜明けの太陽のようでもあるな、と彼女は思っただろう。
そうしていると、彼女の視界に光明達がやってくる。
ルミネラがべそべそとしている声を上げているから、すぐにわかった。
おおよそ、仁子には予想がついていた。
先程の様子を見るに。
「仁子、すまないが」
彼の言葉に仁子はうなずく。彼の語る経緯はなんとなくわかる。
「……すみません……ほんとすみません。くじ運ゴミクズですみません……」
「だいじょーぶ? ルミネラおねえちゃん。ルナとあそぶ? それともこれ食べる?」
べそべそしているルミネラにルナが焼きイカを手渡している。
「所用……いや、そこの銀行まで言ってくる。待たせることはないと思うが、それまでこいつらを任せるぞ」
光明はそう言って駆け出していく。
面倒を、と仁子は言われたが彼女たちにそれは必要ないのかも知れないと彼女は思った。
ルミネラは確かに人付き合いというのが上手ではないようだが、決してコミュニケーションを拒んでいるのではない。少しばかり取っ掛かりというものに手を掛けるのがうまくできていないだけなのだろう。
逆にルナは物怖じしない。
経験の差なのだと思う。
「ルミネラおねえちゃん、元気だして。それともこっちがいい?」
「うぅ……ルナちゃんぐいぐい来る……いい子」
お好み焼き丸々一枚突き出されているのは良いのだろうかと思ったが、面倒を仰せつかったのだから、再び彼女らが何処かに行ってしまわないようにつなぎとめる必要がある。
仁子は少し視線を巡らせる。
どうやら経緯を知るに彼女たちはすでに金銭を使い果たしているのだろう。
ならば長く楽しめるものを……と思えば仁子は二人を伴って金魚すくいの屋台の前にやってくる。
「あ、仁子さん、金魚すくいするの?」
「ん? キンギョ? これとどっちがおいしい?」
「る、ルナちゃん、違うよ。金魚さんは食べちゃダメだよ」
こうするのよ、と仁子は彼女たちを背にして屋台の前にしゃがみ込む。屋台のおじさんからポイを手に取る。
貼られた白い薄紙を軽く指で弾いて感触を確かめる。
ゆっくりとお椀とポイの線上に金魚を囲い込めば、仁子の手が素早く動く。
瞬く間に金魚が手にしたお椀の中に収まる。それはルナにとっては手品めいたもののように思えただろう。
「スゴイ! コトコおねえちゃんそれたのしい? たのしいならルナもやりたい!」
軽く仁子が金魚をすくった後、やぶれたポイを掲げて見せる。
おじさんが察したのだろう、もう一本ポイをルナに手渡してくれる。
「よーしルナもやる!」
ルミネラは腕まくりするルナの姿に一抹の不安を覚える。大丈夫かな? ちょっと緊張しちゃう。
噂ではルナはバーサーカーらしいけど、いきなり腹パンされたりしないかなって身構えていたのだ。それは今では薄まった認識ではあるのだけど。いや、でも食べ物くれたし。優しい子なのだろうと彼女は思っていたのだ。
「それ!」
しかし、そんな距離の縮まったルミネラの認識を一瞬で覆すようにルナの腕力が唸りを上げる。
ポイは金魚を掬うためのものである。
だが、ルナの腕力は見様見真似の仁子のそれとはかけ離れたものであった。
そう、彼女の腕力は凄まじい。
金魚が漂っていた水槽をただの一振りでひっくり返してしまったのだ。
宙を舞う金魚。
水しぶき。
悲鳴。
それらが祭り囃子に溶け合っていく。まるでスローモーションのように隣の屋台へとなだれ込み、ルミネラはやっぱりバーサーカーだと思った。
「アハハハ! すっごい飛んだ! つぎなにする? あそぶ? あそぼう!!」
ルナはもうすっかりテンションが上がってしまっていた。
屋台のおじさんは怒っているし、隣の屋台の人もカンカンである。
「……いらっしゃい」
仁子は掬った金魚が4匹入った袋を下げたまま、妖精たちを呼び出す。事態を収拾するためである。
そこに漸く戻った光明が唖然とした表情をしている。
「こ、これは一体……少し目を離しただけだというのに」
頭が痛くなる。
ルナはもうテンションが高まりすぎていてニコニコしているし、ルミネラもなんとかしようと思っていたのだが、コミュ障な彼女にとっては怒り狂っている屋台のおじさんたちをどうにかできるわけもなく。
「ええとええと……あ、無理だ」
しんじゃう。むりぃ。
だが、ルミネラは現れたルナというモンスターの言葉にほだされるしかないのだ。
もう秋祭りは懲り懲りだよ~って思っていたけれど。全部その一言で吹き飛ばされてしまう。
収拾に奔走する光明も。混乱が広がらないようにする仁子も。
その言葉には敵わない。
「おまつりってたのしいね――!!」
成功
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