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『大丈夫』だよ、『また』ね

#エンドブレイカー! #ノベル #猟兵達の秋祭り2023

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ルシエラ・アクアリンド



リヴィ・ローランザルツ




 ルシエラ・アクアリンド(蒼穹・f38959)が生を受けたのは、当主の座を巡り血族内で諍いが起きる――所謂『名家』であった。
 長子でありながら、女児であったことは、ルシエラにとって間違いなく幸いであった。
 そうでなければ、当主である父に揺さぶりをかける為の誘拐騒ぎなんて生温い企みのみで済んだはずがない。ルシエラが男児であったなら、早晩、命を脅かされただろう。それが毒によるものか、刃によるものか、或いは両方であったかは、計画が実行に移されなかった以上、知りようもないけれど。
 しかし身体の弱い細君には、乳飲み子である娘がかどわかされるだけで、十分に堪えた。
 父も『当主』と『父』の両側面から懸命にルシエラを護ろうとしてくれたが、結果、屋敷の空気は常に張り詰めていた。
 ルシエラの一挙手一投足に、家人たちは気を遣う。むずがるだけで、医者が呼ばれた。泣こうものなら、武装した護衛たちが駆け付けて来る。そんな中で育ったルシエラが、他者の機微に鋭敏な子どもに育つのも止む無しだ。他者の括りに、父と母まで含まれたのは不憫であったが、当主夫妻という立場を思えば仕方なかったとも言える。
 だが、七歳の時にルシエラの人生は一変した。『弟』が産まれたのだ。
『こんなに小さいのに、瞳はもう私とおんなじなのね』
 泣きじゃくっていたのに、ルシエラが紅葉のような手をきゅっと握った途端、赤子はパチリと眼を見開いた。それが自分の|色《緑》と同じであるのに気付いた時、|少女《ルシエラ》は姉になった。
 弟を笑顔にしようと、姉の顔にも笑顔が増えた。年相応のそれに、周囲の大人たちは随分と安堵したらしい。
 姉になったルシエラは、かわいい弟を護る為に、強くあろうとした。
 なれど弟は嫡子である。我利を追求する血族たちが、黙って成長を見守るはずがない。
『……うそ』
『嘘じゃない』
『嘘よ、嘘っ!』
『嘘ではない、ルシエラ。あの子は、亡くなったんだ』
 ――ルシエラの心が壊れたのは、弟が七つの時。
 愛しい弟が次の誕生日を迎えることはないのだと告げられたのは、あまりに不意で。
 プツリ。
 何処かで何かが切れる音を聞いた気がした十四のルシエラは、半ば衝動的に『家』を捨てた。

≪『大丈夫』だよ、『また』ね≫

 カラン。
 聞こえたドアベルに首を巡らせたリヴィ・ローランザルツ(煌颯・f39603)は、オーベルジュの中から現れた姿に僅かに肩を跳ねさせた。
 それは|向こう《・・・》も同じだったのだろう。第三者を見止めた女の眉が、「おや?」と上がる。だが見知った顏だとすぐに気付いたらしく、朗らかな挨拶が寄越された。
「こんにちは」
 耳に優しい声音にリヴィは相好を崩し、同じ響きで「こんにちは」と返す。
 リヴィが|森《エルフヘイム》を訪れたのは、先だっての戦いの“その後”を確認する為だ。おそらく|彼女《・・》も放ったままではあるまい。漠然とそう考えはしていたものの、まさか同日の同時刻の訪れはさすがに想定外で、リヴィは継ぐ言葉を探すべく視線を周囲へ遣る。
 すると、「ああ」と得心の頷きが再びリヴィの耳へ届いた。
「大丈夫だよ」
(……ああ、やっぱり)
 先回りされた応えに、今度はリヴィが感嘆を零す。ただし内心で密やかに、ではあるが。
 文脈のおおよそは省かれていたが、彼女が何を意図して言ったのか、リヴィには手にとるように分かる。
 森の様子を案じたリヴィを安心させようとしてくれたのだ。
 ――大丈夫だよ。
 幾度、彼女の口から同じ慰めを聞いたろう。きっとリヴィが物心つくより以前から、誰より近くにいてくれた彼女は、事あるごとに自分へ同じように唱えてくれたはずだ。
「そうなのですか?」
「うん、ここのご夫妻のお墨付きだからね」
 七つ年上なことに敬意を表し――或いは、子供の頃のまま――丁寧に訊ねると、歩み寄ってきた彼女がリヴィと同じ色の双眸を喜色に染める。
「森は私たちが想像するより、ずっと逞しいそうだよ。だから、大丈夫」
 念を押す、のではなく、そう在ることを実感するよう繰り返された『大丈夫』に、リヴィは彼女の|現在《今》を垣間見た心地を味わう。
 似た思考に、行動パターン。何より色彩を同じにする眸が、リヴィと彼女――ルシエラが血の繋がった姉弟だという事実を物語る。
 執拗にして陰湿な悪意の魔手からリヴィを逃すべく、実父は息子の死を偽装した。リヴィが七歳の時のことである。
 傍流より更なる外の、しかし主家に忠誠を誓う養父母――戸籍上は義父母――の許で、リヴィは健やかに成長した。
 されど徹底的に秘された真実に、|姉《ルシエラ》は情動の嵐に翻弄されたことを、リヴィは識っている。
「ほら、あちこち麻布で保護されている樹があるでしょう? ああやって、再生を助けているんだって」
「そうなのですね」
 ひとつ前の科白と似て非なる是を頷きながら、リヴィはルシエラの屈託ない笑顔に、少しだけ心を痛めた。
 リヴィの強い要望により、姉は弟の生存を知らない。知ってしまえば、また失うことにルシエラが怯えないとも限らないからだ。
 かつて姉が囁いた『大丈夫』には、いつも一抹の寂しさを帯びていた。小さな弟の不安を拭おうとする、無理や頑張りを含んでいたせいだろう。
 でも今のルシエラの『大丈夫』には、影の片鱗さえない。
 ルシエラ自身が数多の紆余曲折を経て、自らの足で立っている証左だ。そのことをリヴィは誇らしく思うと同時に、姉もまた血の呪縛から解き放たれていることに胸の支えを下ろしもする。
 とは言え、リヴィがルシエラを謀っていることに変わりは無い。それでも、どうしても、慎重になってしまう。誰に気兼ねすることないルシエラの自由の障りに、なりたくない余りに。
 折に触れて、リヴィはルシエラのことを気にかけて来た。
 足の多い虫が苦手なことを知った時には首を傾げて密かに笑み、自分と同じように桃華獣と縁を結んだのには納得しかなかった。他にも、機会に恵まれる度に陰乍。
(そのまま笑っていて、姉さん)
 人の縁にも恵まれたのだろうルシエラと、リヴィは他人の顔で他愛ない――幼年期以来の会話に興じる。
 いつか明かす日が来るかもしれない。その時は、泣いて不実を責められる可能性が高いが、全ては|姉《ルシエラ》次第だ。
 と、その時。
「ルシエラさん、ちょっといいかしら?」
 聞こえた老婦人の声に、ルシエラの視線が揺れる。稀有な機会を惜しむような、無意識の仕草に、リヴィの弟の部分が柔らかく疼く――でも。
「呼ばれていますよ」
「そうみたい」
 リヴィの促しにルシエラは立ち去りかけ、完全に背を向ける前に振り返った。
「今度また逢えるよね?」
 思わぬ姉の言葉に、弟は目を丸める。
「はい。また、何処かで」
 ――そう言えたことが、リヴィはどうしようもなく嬉しかった。

 カラン。
 ドアベルを鳴らしたルシエラは、そこで気付く。
 どうして自分は彼に『また』を希求したのだろう?
(なんとなく、懐かしい気がした、から……?)
 すんなりと口を吐いた『大丈夫だよ』を思い出すと、ますますルシエラの裡で“ひっかかり”の芽が育つ。
 懐かしい、とは、過去を手繰る感情だ。けれど彼との接点に、そう胸を温めるものは無い――はずなのだが。
 けれどプリュイの手招きに、ルシエラの思考は途切れさせた。
 急く必要はない。だって『また』を約束したのだから――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年10月20日


挿絵イラスト