ヴァーサス・イビル・ゴッド
●猫の集会
ニャンニャンニャンニャンニャンニャン。
それは人間からすれば猫の大合唱であり、輪唱のようにも聞こえたことであろう。
大騒ぎしていることは伺い知れるが、その中心に座す一匹の猫『玉福』は落ち着き払った様子である。
集まった猫たちの言葉に一つ一つ頷いている様子でもあった。
「にゃん」
『玉福』が一声鳴くと、周囲の猫たちが静まり返る。
どうやら『玉福』の一言で落ち着いたようである。鶴の一声である。猫だけれども。
猫たちの言葉を要約すると、どうやら『黒い影』が『玉福』の縄張りをウロウロしているようであり、またその『黒い影』が『玉福』の棲家の方へと流れていったように思えるということであった。
猫たちの目撃証言に『玉福』は、それが如何なる物かは分からなかったが、それが『良くないもの』であることは理解している。
「にゃんにゃなー」
アレはやべーっすよ、と目撃したであろう猫が鳴く。
関わらない方がいいし、なんならやり過ごすために数日縄張りのパトロールを控えたほうが良いとすら彼等は言っているようだった。
だが、『玉福』は己の縄張りをよからぬものがうろついている、というのは承服しかねる事態であった。
何よりも、『玉福』の直感が告げている。
これは良くないことが起ころうとしている。少なくとも己の主などには大したことはないであろうが、自分よりも弱い後輩はひとたまりもない出来事が起ころうとしているのではないかと。
「にゃん」
まあ、任せておけと『玉福』は集会に集まった猫たちに告げて屋敷へと戻る。
ことの成り行きを主に告げれば、知恵を貸してくれるかも知れないと思ったからだ。自分は猫である。わかっていることであるが、特別な力を多く持っているわけではない。
けれど、出来ることがあるはずだ。
先輩である己が後輩のためにできることは限られているかもしれないが、自分の後に屋敷に入ってきたたった一人の後輩である。
面倒見なければ、という使命感めいたものが『玉福』の中を占めていた。
「おや、どうしましたー?」
「にゃんにゃん」
「はぁ、なにか切羽詰まった事情があるようですね」
その通り、と猫の言葉は分からずとも主、馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)はいつも察してくれる。自分が必要としているのは力だ。
猫たちの言った『黒い影』はよからぬものだ。
『玉福』達には預かり知らぬことであったが、それは嘗て邪神儀式を執り行った土地柄、残った邪神の欠片であった。
普通の猫では敵うべくもない。
また力を持っていると言っても、猟兵並の力でなければ太刀打ちなどできようはずもない。
故に『玉福』は主への助力を願ったのだ。
「何が、とは語れないのでしたねー」
なら、と主は彼等を束ね土からの一端である霊障を己へと与えてくれる。
力がみなぎるわけではない。
自らの体を纏う膜のようなものである。これならば、と『玉福』は一鳴きして屋敷の外へと飛び出していく。
幸いに後輩『夏夢』は就寝しているようだ。
ならば、寝ている間に全てを済ましてしまおうと『玉福』は走る。
尻尾がピンと逆立つ。
毛並みも同様だった。屋敷の直ぐ側まで黒い影』が来ていたのだ。
「――」
なにか恨みがましい声が聞こえるが、生憎と『玉福』は猫である。どんなに恨みがましい声を出した所で、自分には意味在る言葉として届かない。
それに、自分の後輩に手を出そうっていうのである。
ならば、覚悟してもらわなければならない。
「にゃあ!」
体軽い。
思った以上に高く跳ね上がった『玉福』は霊障纏う爪の一閃を『黒い影』へと叩き込む。
「――!!」
手応えがある。
いや、思った以上にやれている。なんだか不思議な感触であった。
『黒い影』が困惑している様子だった。
なぜなら、ただの猫が自分の体を傷つけるほどの力を持っているのだ。戸惑いが伝わってくるのを感じて『玉福』は一気に勝負を掛けるべく飛び込んでいく。
振るう爪は鋭く、『黒い影』を切り刻むようにして霧散させていく。
「にゃあ」
その様子にあまりにも歯ごたえがないと鳴く『玉福』。
怨嗟のような声を挙げて『黒い影』が消えていくのを見送り、『玉福』は乱れた毛を繕ってから、一鳴きする。
それは勝利を宣言するものであった。
さて、と『玉福』は振り返る。
すでに刻限は深夜。
猫たちにとってはこれからであるが、自分が戻っていないと後輩『夏夢』が大騒ぎしそうである。
朝日が登る前に戻るとしよう。
少しだけ充実感を覚えながら『玉福』は屋敷への道を戻る。
きっと『夏夢』は今も寝息を立てて夢の中であろう。うなされることも、怯えることもない夢の中。
その安らぎを片時でも護れたのならば先輩冥利に尽きるというものである。
これで明日からも安心して先輩風をびゅんびゅんと吹かせられるというものである――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴