アナザー・チャイルド・エンカウンター
●踏み込む
その小国家は新興ながら二つの小国家を滅ぼし、さらには地底帝国である『バンブーク第二帝国』の遺産さえ得ている。
多くのプラントを有し、先日は小国家『ビバ・テルメ』との休戦協定という名の不平等条約を結ぶことによって、さらなるプラントを確保している。
このクロムキャバリアにおいて、プラントとは国力そのものである。
何故ならば、プラントは新造することができない。
百年前からそれは変わらず、プラントが如何にして生み出されたのか、どのような技術によって建造されたのか、その理屈すらクロムキャバリアに生きる人々は理解していない。
故に、汎ゆる物品を生産さしめるプラントをこそ求め、小国家は相争うのだ。
「他よりも優れたることを望む、ってね」
そんな『第三帝国シーヴァスリー』の領域内に月夜・玲(頂の探究者・f01605)は居た。
彼女は先日の事件……『ビバ・テルメ』のゲリラ部隊との交戦において最大の功労者として『第三帝国シーヴァスリー』に認められた者である。
成り行きとは言え、得られた戦功。これを玲は最大限に利用してやろうと、大手を振って『第三帝国シーヴァスリー』へと招かれていた。
立場としては傭兵である。
しかし、先日の戦いの戦功者ということもあって、『第三帝国シーヴァスリー』の首席『ノイン』は彼女の要求を蹴ることができなかったのだ。
「わかっているでしょうが、迂闊な行動はせぬことです」
明らかに『ノイン』首席は玲に対して苛立ちを覚えているようである
何故かと言えば、彼女が休戦協定の折に勝手をしたからである。
『第三帝国シーヴァスリー』が求めたのは『ビバ・テルメ』のゲリラ部隊の人員全ての処刑であった。
しかし、彼等の生命は結果として奪われていない。
玲の一計によって彼等の生命は喪われず、さりとて刑は執行したと強引に玲が押し切ってしまったのだ。
「えー、まーだ怒ってんの? ちゃんと斬首ねって言われたから、一生懸命頑張って首チョンパしたんだけど」
「あんな……!」
ペテンじみた行いで納得できるものかと言わんばかりに『ノイン』の強烈な視線が玲に突き刺さる。
とは言え、此方からコンタクトを取れるコネクションが玲との間に生まれたということは大きいことだった。
玲の感覚で言えば、突っぱねられるものであるように思えたからだ。
例え、戦功者であるとは言え、自国の領域内に傭兵を招き入れる道理などなかったからである。
結果として玲は『第三帝国シーヴァスリー』の国土に足を踏み入れている。
「まーまー、そんな怒んないでよ。そのかわいー顔が台無しだぞってね」
「……ふざけたことを。私は忙しいのです」
玲は『ノイン』首席の雰囲気を何処かで感じたことが在るようなデジャヴを覚えていた。
なんかこう、喉から出かかっているものがある。
引っかかっているというか。
「なになに、そんなに急いじゃって。国内案内とかしてくれるものじゃないの? そんくらいしてくれてもいいんじゃない? 我功労者ぞ? 我功労者ぞ?」
「鬱陶しいです!」
ぐいぐい来る玲に『ノイン』首席は、さらに苛立つ。
「案内ならば、他の者にさせます。私は貴方を我が『第三帝国シーヴァスリー』の土を踏むことを許しただけです。それ以上のことを求めるのならば!」
「あーはいはい。ありがとうございますってね。そんなカリカリせんでもいいのに」
「貴方が……!」
「わかったってばーちゃんと時間は守るし、立ち入ってはならない箇所はマップでもらってるから把握してるってば」
「……ならばよいのです」
玲の言葉に『ノイン』首席は息を吐き出す。
どっと疲労が彼女の肩にのしかかったようにさえ思えたことだろう。
「では、あとのことは此方の彼等に」
『ノイン』首席の言葉と共に『第三帝国シーヴァスリー』の兵士たちが二人、玲の側につく。
「ハ! 我々がご案内いたします。ゲートの向こう側からが我らの国家領域、市街地になります」
命じられた兵士たちとともに玲は開かれた城塞の如きゲートの奥を見やる。
其処に拡がっていたのは、壮麗な街並みだった。
ビル群が立ち並んでいる。
整然としていながら、しかし豊かささえ感じさせる光景だった。これが多数のプラントを有する小国家の現状なのかと玲は思っただろう。
「あれはなに?」
玲はビル群の屋上部分に四角い何かが折りたたまれるようにして存在しているのをみやり尋ねる。
「あれは遠距離砲撃陽装置です。城壁の中から荒野の敵影を感知した際の迎撃用の武装です」
「そんなんでキャバリアをどうにか出来るかな?」
「可能であります。また光学兵器も搭載しているため、防備は万全です」
兵士の言葉に玲は頷く。
いや、確かにクロムキャバリアにおける戦場の花形はキャバリアだ。
しかしキャバリアとて砲撃を受ければ破壊される。光学兵器であるというのならば、なおさらのことだろう。
この帝国領域へと攻勢を仕掛けるのは、正直無理筋であるように玲は思えただろう。
「ふーん。でもさ、市街地にああいう物々しいものがあるっていうのは、なんか落ち着かないね」
「そうでありましょうか。我々の生活を守ってくれるものでありますから、私達としては不安よりも安心が勝ります」
彼らの言葉に玲は疑念を抱く。
明らかに以前戦った『シーヴァスリー』の兵士たちと雰囲気が異なる。
玲を案内するために、そのように演技するように指示されている、というわけではないようだ。
彼等の言葉を聞いても、本当にそうだと思っていることが玲には解るだろう。
「我らの生活は得たプラントによって賄われております。そして、そのプラントを守るためには、ああした設備が必要であることを我々は認識しております故」
明らかに変わっている。
『シーヴァスリー』の頃の彼等はロボットヘッド『エイル』によってオブリビオンマシンのよる思想の歪みではなく、教育された思想そのものが歪んだものとして教え込まれた兵士たちばかりであった。
だが、今の彼等は明らかに自国を守ること、防衛することが今の生活を守ることにつながるのだということを認識し、また同時に誇りにさえ思っている様子が見て取れるのだ。
これは『シーヴァスリー』の頃には見られなかったことである。
そして直近の『第三帝国シーヴァスリー』になってからも、感じられることのなかったことだ。
なのに、何故今、玲はそのように感じるのかを考える。
「もしかしてだけど、あの『ノイン』首席って……」
「あの方は素晴らしい御方です。私達を導いてくださる。これまで誤った道から、正しい道へと」
「……というと?」
「依然までの我々は確かに他国を侵略しておりました。ですが、それは一部の……軍部の上層部が暴走した結果です」
「『ビバ・テルメ』との戦闘は?」
あれはそうじゃなかったのかと玲は兵士二人に問いかける。
「前哨基地の一件は確かに悲しい出来事ではありました。行き違いと申しましょうか。我らとて無闇に争いを行いたいわけではありません」
「長距離通信が実現しない今、情報というのは相互ではありませんから。我らの情報、態度というものが彼等には敵対行動に思えてならなかったのでしょう」
玲は彼等が何を言っているのかわからなかった。
先日のゲリラ部隊が襲った前哨基地のことを思い出す。
……いや、『第三帝国シーヴァスリー』からは砲撃こそ飛んでいたが、キャバリアは一騎も出てきていなかった。
ほぼ、キャバリア……オブリビオンマシンによる一方的な前哨基地への攻撃だけだった。
『第三帝国シーヴァスリー』は、ほぼ攻撃されるばかりで攻撃はしていなかったのだ。
「……まさか」
「ええ、前哨基地の人員たちは停戦を呼びかけていたと思います。砲撃は確かにしたでしょうが……それは、あれのように自動化された迎撃装置によるもの」
玲は市街地のビル群の屋上に備えられた迎撃装置を思い出す。
あれも自動制御されているというのならば。
「不幸にも人員たちは犠牲になったのです。ですが、それでも休戦協定が結ばれたことは喜ばしいことです。これで無駄な流血は、協定が守られる限り、『ビバ・テルメ』との間には流れることがないのですから」
彼等の言葉に玲は違和感の正体を知る。
「『ノイン』首席は、争いを収めようとご尽力されておられます。我々の生活が豊かになったのも、あの方が暴走した軍部の上層部を一掃し、体制を見直してくださったからです」
その眼差しは敬愛に満ちていた。
彼等の言葉を信じるのならば、確かに『ノイン』首席は『第三帝国シーヴァスリー』を変えたのだろう。
だが、あまりにも急変が過ぎる。
気味が悪いほどに。
だから、玲はカマをかけたのだ。
「君らのキャバリアは何処にあるの?」
この世界におけるオブリビオンはオブリビオンマシンと呼ばれるキャバリアと見分けのつかない機動兵器だけだ。
ならばこそ、彼等の態度の急変はオブリビオンマシンによる歪んだ思想の結果かもしれないと思ったのだ。
一般人たちにはオブリビオンマシンとキャバリアの区別はつかない。
だが、猟兵である己であるのならば、ひと目見ただけでオブリビオンマシンと解る。
オブリビオンと猟兵が滅ぼし滅ぼす間柄であればこその感知能力。
知識無くとも、一目で『それ』と解るのだ。
ならばこそ、玲は彼等が兵士である以上、キャバリアを乗機としているであろうからと踏み込んだ質問をしたのだ。
突っぱねられれば、事態が灰色から黒色へと踏み込む。
突っぱねられず、案内されれば白か黒かの判別が着く。
だが、玲への彼等の答えは予想しないものだった。
「いえ、我らにはキャバリアはございません」
「……は? え、何々冗談? だってキャバリアないと戦えないじゃん!」
「ですから、我々はキャバリアを作っておりませし、保有しておりません」
おかしなことである。
ならば、どうやって己たちの領土を守っているというのだ。
「そのために貴方様たちのような傭兵にキャバリアを貸与し、戦っていただいているのでしょう?」
玲は驚愕する。
これだけの土地を、プラントを有していながら小国家固有のキャバリア戦力を有しておらず、外部の傭兵たちにキャバリアを与えているというのだ
つまり、『第三帝国シーヴァスリー』は己たちの手を汚さず、他者の手によって闘争を代理で行わせているというのだ。
それはこれまでの『シーヴァスリー』の方針とは真逆。
これを『ノイン』首席が打ち立てたのだとすれば。
「お時間のようです。我々の小国家の素晴らしさは理解いただけたと思います」
「傭兵の方々にはこれからも変わらぬ感謝を。我らが理想郷のために、そして、戦功者たる貴方様が戦いから開放され、我々と同じくこの地に住まうことになることを祈っております」
真心からの言葉。
それを玲は受け止め、二の句を告げることができずに、そのまま『第三帝国シーヴァスリー』の城壁の外へと送り出される。
確かに玲は『第三帝国シーヴァスリー』のことが気になっていた。
偵察でもできれば良い程度に思っていたし、もしも受け入れられないのならば破壊加藤どうさえも行ってもいいとさえ思っていたのだ。
だが、事態はすんなりと行き過ぎていた。
『ノイン』首席が応じた時点でおかしいと思うべきだったのだ。
彼女にとって玲の探りは、探られても痛くない腹でしかなかったのだ。
いや、それどころか彼女、『ノイン』にとってさえ玲は敵という認識すらなく、ただ厄介なことをやってのける変わった傭兵程度でしかなかったのかもしれない。
「……これは、もしかしてかなり面倒なことになってる……?」
玲は思う。
『ノイン』首席はオブリビオンではない。
それは確定している。
だが、この『第三帝国シーヴァスリー』がオブリビオンマシンによって思想が狂っている気配もない。
ならば、この小国家周辺に渦巻く争いは、一体誰が糸引いているものであると言えるのだろうか。
「きな臭くなってきた」
玲は争いの気配を感じる。
悪性と善性に揺れるが故に生まれるのが良心であるというのならば、玲が今感じている気配に良心は無い。呵責めいたものさえ感じられない。
まるで人の悪意だけを吸い上げるように蠢動する何かを玲は確かに感じ、『第三帝国シーヴァスリー』を後にするのだった――。
成功
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