ビバ・テルメは黄昏に隆昌す
●秋祭り
小国家『ビバ・テルメ』の興りは月夜・玲(頂の探究者・f01605)がいなければ興り得なかったものである。
『第三帝国シーヴァスリー』が未だ新興小国家『シーヴァスリー』と名乗っていた頃、地底帝国に存在する有毒装甲の毒素を求めた事件があった。
幸いにも猟兵達によってこれらは阻止されてたが、その場に残された掘削機を玲は強奪していたのだ。
いや、違うってば。
置いてあったから。
放置していたから有効活用しようって思っただけだから、とは彼女の言葉である。
そして見事に温泉を『フォン・リィゥ共和国』から掘り当て、其処に居た四人の『神機の申し子』にしてアンサーヒューマンである『エルフ』、『ツヴェルフ』、『ドライツェーン』、『フィーアツェン』たちに管理を任せたのだ。
それによって小国家『ビバ・テルメ』は観光小国家として成り立っていく。
「とは言え、うーむ、仕事を押し付けすぎたか……」
彼女の言葉通り、四人は愚直にも小国家の管理の仕事の一切をこなしていた。
いや、こなしていた、というのは彼等の能力が尋常ではなかったことを証明している。
どう考えても小国家を四人のトップで全て管理しようということ事態が誤りなのだ。
しかし、曲がりなりにも彼等には、それだけのことが出来る能力があったことが不幸であったのだ。
人々は思っただろう。
彼等は自分たちのためにできる限りのことをしてくれている。
だが、自分たちは彼等に何を返せていただろうかと。
『第三帝国シーヴァスリー』が干渉してくる度に彼等は小国家の管理を後回しにして四騎のサイキックキャバリアで飛び出していく。
彼等は他者が傷つくことを酷く厭う者たちだった。
だが、それ故に彼等は己の傷に鈍感だった。人々はそれを見て、彼等の助けになりたいと思う。それは人の善性の煌めきそのものであったことだろう。
「でもまあ、それで的に足元見られるっていうか、隙を突かれるっていうのなら本末転倒だよね」
玲は少し反省していた。
彼等に管理を丸投げしたのは自分であるが、自分の想定とは違う頑張り方をあの四人がしてしまうことも想定すべきだったのだ――。
●玲、来襲
「というわけで」
四人の前に玲は立っていた。
四人とは『神機の申し子』たちのことである。彼等は何故か全員が謎の法被を期せられており、彼女の前に連れてこられたのだ。
「あの」
「というわけで」
「え、あ、はい」
『エルフ』が何事かと玲に問いかけようとして、彼女は遮るように言葉を再度告げる。
なんていうか四の五の言う暇を与えないようにしているかのようでもあった。
「あれを見てみろ、『エルフ』、『ツヴェルフ』、『ドライツェーン』、『フィーアツェン』!」
うっ、舌噛みそう! と玲は思ったがなんとか言い切った。
その言葉に四人は玲の指差す方角へと振り向く。
そこで彼等が目にしたものとは!
「え、ええええっ!?」
四人のリアクションは、びっくりするくらいお揃いだった。
それもそのはずである。
彼等が目にしたのは、『ビバ・テルメ』の領域内にある湾内に浮かぶ氷山の一角。夏を過ぎ、秋を迎えようとしている最中だというのに、まだ氷山は溶け切っていなかった。
それどころか、秋風を受けてさらに氷を強固なものとしていたのだ。
そんな氷山の一角に巨大な……言ってしまえばキャバリアサイズの雪像が五つ立ち並んでいるのだ。
「名付けて『セラフィム祭』だ!」
「『セラフィム祭』!?」
「一体どういう祭なんですか?」
「ただの秋祭り! 以上!」
『エルフ』と『ツヴェルフ』の疑問に玲は簡潔に答えた。簡潔すぎて何も伝わってない。いや、というか、秋祭りって具体的に何をどうするものなのだろうか。
収穫祭としての側面が強い気がするが、『ビバ・テルメ』は食糧事情をプラントに依存しきっている。
農作物を育てる、ということは観光資源としている温泉のせいもあって難しかった。
その上、先の『第三帝国シーヴァスリー』との休戦協定によってプラントを一基譲渡している。
はっきり言って余裕はなかった。
「君ら国民とのコミュニケーションが足りんのだよコミュニケーションが!」
「た、確かにご尤もだが! だが、それとこれとは……」
一体どういう関係があるのかと『ドライツェーン』は首を傾げている。
まだまだお子様だな、と玲は深く頷いた。
それもそのはずである。
彼等は青年の見た目をしているが、試験管の中で生まれたアンサーヒューマンである。
精神年齢で言えば、早熟とは言え少年期程度のものだ。
そんな彼等が小国家の管理までやってのけてしまうのだから驚きである。
だが、逆に言えば彼等は管理や戦闘と言った能力はあれど、他者との距離のとり方とといった円滑なコミュニケーション能力、その経験がほとんどないのだ。
コミュニケーションを多く取っている相手と言えば、猟兵たちばかりである。
玲に至っては、管理丸投げという初手でかなりぶっ飛んだコミュニケーションのやり方をしていたがゆえに、彼等もまた玲に習っているところが多いのだ。
おや?
もしかして、前回の事件の遠因は玲にあるのではないかという犯人探しはやめるんだ。
参考にしている人が玲、という時点でかなりぶっ飛んだことになるのは火を見るよりも明らかである。
「ええい! なんか知らんけどチクチクサれた気がする!」
「し、ししてませんよ!? それにこの法被は……」
「お祭りの花! それは神輿1」
『フィーアツェン』の言葉を無視して玲は指を鳴らす。
ぱっちぃん!
その音を合図にしてドヤドヤとやってくるのは同じように法被を着込んだ『ビバ・テルメ』の国民達であった。
「ええええっ!?」
「み、皆さんなんで? え、本当になんでですか!?」
「ふっ、秘密裏にお祭りを企画して、神輿とかを準備しておいたんだよ。これが私達『ビバ・テルメ』の秋祭りじゃい!」
「な、何一つわからん!」
「いーから遊んでこい! 国民の皆さん、よろしくねー!」
玲の言葉と共に『ビバ・テルメ』の国民たちが一気に声を上げる。
鬨の声めいた盛大な声と共に四人の『神機の申し子』たちはすぐさま神輿に載せられ、ワッショイワッショイと彼等を氷山の一角へと運んでいくのだ。
「ふっ、氷像もプラモと一緒。模造神器でサクサクっとやれば一昼夜でなんとかなるってもんだよ」
神輿が運ばれていく先にあったのは、先程玲が示した五つの氷像であった。
「これは……僕らの『セラフィム』?」
「それともう一騎は……」
「あの『巨神』か!」
驚愕する四人をよそに玲は『私が掘りました』と自撮りに勤しんでいる。
「そういうこと。神様として祭り上げておけば、海底にまだ沈んでる『巨神』の所有権を主張できるでしょ」
「や、やることがあくどい! というか、歴史が浅いから否定されそうなんですけど!」
「なーに、そこらへんは言ったもん勝ちでしょ」
「で、でも……」
「だいじょーぶだって! すでに国民の皆と一緒に神話考えあるから!」
玲は抜かり無かった。
確かに制海権を『シーヴァスリー』にとられたことは痛い。
けれど、海底に沈んでいたものの、『元々の所有権』が此方に在る、ということを神話という歴史によって保証すれば『ビバ・テルメ』もおいそれ手を出せないはずだ。
強行してきたのならば、こちらはそれを盾に休戦協定という矛を突き出せば良い。
「し、神話を!?」
「でっちあげた!」
「今、でっちあげたと言いました!?」
「言ったよ。だって突貫だったし」
玲はこともなげに言う。
「むかーしむかしあるところに」
「それで始まるのはお伽噺だけでは!?」
「まあ、いいから聞きなって。えーと、空が光って赤い巨神が降りてきました」
「あの『巨神』は青かったですけど!」
「あーもー、一々ちゃちゃ入れない!」
やる気失せたーもう失せたーはい、やる気閉店ガラガラー! と玲は一々四人がツッコミを入れてくるものだから、国民が徹夜で考えた『セラフィム・ミソロジー』を、ぽいっと投げた。
「はー、もういいから。皆は遊んできなよ」
「いやでも、事務処理が……」
「そ、そうですよ。プラントが一基減っちゃったんです。食料配給の見直しをしないと……」
彼等の心配もうなずけるところがある。
けれど、今はそんなこと忘れて良いのだ。というか、何のためにこんな祭を企画したと思っているのだろうか。
四人が働き過ぎだからである。
彼等が少しでも息を抜けるように、また心の癒やしとなるようにと国民達は玲が持ちかけた時、二つ返事で賛同したのだ。
確かに彼等はコミュニケーションが取れていなかった。
けれど、彼等を慕う国民達の気持ちは一緒だった。ゲリラ部隊による『第三帝国シーヴァスリー』との休戦協定に置いてだって、第一に心配したのはプラントの譲渡ではなく、ゲリラ部隊の生命を保証することだった。
そんな彼等を国民たちの誰が否定できよう。
故に、人々は四人をもてなすために氷山の一角に切り開かれた広場めいた平坦な土地に目いっぱいの収穫祭めいた秋祭りを実施してみせたのだ。
「そういう細かいことは今は置いておいて! おらー! 遊んでこい!」
玲は容赦なく四人を蹴り出して、神輿を見送る。
わっしょい、わっしょい、とにぎやかな声が聞こえてくる。
戸惑うような表情はあれど、四人は今まで自分たちが覚えたことのない感情にぎこちなく笑っている。
今すぐに国民たちと円滑なコミュニケーションが取れるなんて玲も思ってはいない。
けれど、彼等がやり方を間違えたということを次に活かせる場があることをこそ、幸いであると喜ぶべきなのだ。
例え、小国家の舵取りがうまく行かなくたって、誰かを頼ることを覚えたのならば、力を合わせることができる。
確かにトップの仕事は責任を取ることだ。
「けどまあ、トップが一番働いているってんなら、下の人達も一緒にがんばろうって思うもんなんだよ」
共に生きていくっていうことはそういうことだと玲は微笑んで、その瞳をユーベルコードに輝かせる。
彼等が『セラフィム祭』で盛り上がっている最中に、彼女はユーベルコードでもって分身を生み出す。
「じゃあ、私はあっちでお昼寝しているから」
「私は出店のまんまる焼きがきになるので」
「いや、あれはセラフィム焼きって決めたじゃん」
「はいはい、そこまでにして。何だよ皆して、一斉に遊ぼうとしてさ。分身したのはそういうことをするためじゃないでしょ」
分身の玲の一人がまともなことを言っているが、一人だけ法被に身をまとっている時点もう自分が音頭を取って他の分身たちに仕事を押し付けて祭に行こうっていう魂胆が透けて見える。
そう、玲はユーベルコードに寄る分身に酔って『ビバ・テルメ』の運営に関する溜まってそうな仕事……は、まあやるとあれなので置いておくが、しかし出来る範囲で人を使う時などのアドバイスや整理のアドバイスなどを纏めたものを書き置きしていこうと思っていたのだ。
だが、玲の分身は皆サボろうとしていた。
皆が皆他の分身がなんとかしてくれるでしょ、的な考え方をしていたのである。
「……」
分身たちの表情が険しいものとなる。
誰が仕事をちゃんとするのか。あわよくば私以外の私がなんとかして欲しい。
そんな思惑が錯綜する。
「さいしょはぐー!」
誰か一人がそう叫べば、皆察する。
ここは公平に!
「じゃんけんぽん!」
「あいこでしょ!」
「あいこでしょ!」
「あいこ!」
そう、じゃんけんである。
自分たちで企画しておいて何であるが、『セラフィム祭』、結構楽しそうだったのである。
キャバリアファイトなんか絶対たのしいやつじゃん! と思っていたし、商品も結構良いものを用意していたのである。
となれば、じみーな事務処理なんてやってる場合じゃあねぇ! となるのもわからんでもない。
だが、悲しいかな。
玲の生み出した分身は彼女の分身。
全てが戦闘力に全振りなのである。つまり、このじゃんけんもまた戦いと言えば戦いである。
「全員同じ動体視力に反射神経だから……!」
そう、勝負がつかないのである。
玲の類稀なる戦闘能力が災いし、いつまでたっても、勝負がつかず『セラフィム祭』の出囃子の音が鳴り響くまで、結局玲はお祭りに参加できずじまいなのであった――。
成功
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