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海と空と、煌めく夏色

#UDCアース #ノベル #猟兵達の夏休み2023

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#猟兵達の夏休み2023


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ブラッド・ブラック



サン・ダイヤモンド




●行こう、遊ぼう、南国の海へ!
 どこまでも続いているような青い海、キラキラと煌めく白い砂浜、鮮やかな珊瑚とその間をすいっと泳ぐ魚達。
 それらはいずれも、森では見られないものばかりだから。
 サン・ダイヤモンド(黒陽・f01974)の心はずっと、わくわくが止まらない。
 だって、普段森に住むサン達が海を見ることは、滅多に無くて。
(「船に乗ったり、仕事で来たことは何度かあるけど」)
 でも、これが初めてかもしれないのだ――こんなに海で遊ぶことは。
 そう……サンが今いるのは、南国の海。
 いや、初めて本格的に海で遊べるからだけではない。
 僕の翼、僕の光、大好きなブラッド――そう逸る様に手招きする彼・ブラッド・ブラック(LUKE・f01805)も一緒なのだから。
 それに、ブラッドはもちろんのこと。
『もきゅんっ!』
 そうぴょこりとあざと可愛く鳴いて跳ねてみせる、ピクシーだって一緒なのだ。
 そんな夏休みにと訪れた南国の海に、うきうきとしながらも。
 サンの脳裏にふと過ぎる姿は、森で眠ったままの白い友達のこと。
(「本当はあの人も一緒がよかったけれど……まだ無理なの」)
 でも、今は無理だということはわかっているし、それにサンは思うから。
 ……いつかは皆一緒に、また来ようね、って。
 そして、サンとピクシーと共に、ブラッドが今回この地へと赴いたのは――折角の夏であるから、と。
 森での生活は正直、楽では無い。
 とはいえ、猟兵であるから、文明の発達した外の世界で便利な暮らしをしようと思えばそれも十分に可能であるのだけれど。
 そうする気が、ブラッドには全く起きないのだ。
 そしてその理由を、彼自身もわかっている。
(「俺は俺を受け容れてくれた森を、サンとの暮らしを愛しているのだろう」)
 だから、棲家を変えるつもりは無いのだけれど。
 季節は夏――掛け替えの無い愛しい伴侶であるサンに、夏らしい思い出を作ってやりたいと、そうも思ったから。
 噂に聞いていた南国の海でバカンスを楽しもうと、やってきたというわけなのだ。
 現に、南の海に燥いでいるサンやピクシーを見ればとても微笑ましく、ブラッドも嬉しくなるし。
 サン達に楽しんで貰う事は勿論のこと、自分も楽しもうと、そうも思っているのだ。
 ということで、ちょうど南国に到着したのは、お昼時。
 目一杯遊ぶにしても、お腹がすいていたら全力で遊べないから。
 早速、海の幸がいっぱいの南国ごはんを、皆でいただきます!
 目の前に並べられた料理は、森では見たことがない珍しものがいっぱいで。
「これ、なんだろう……?」
「それは海老だな、身もしっかり詰まっていてプリプリしていて美味しそうだ」
『もきゅ!』
「ピクシーはそれが気にいったの?」
「それはバナナを揚げたもののようだな」
「へええ、バナナって、あのくだものの? ……ん、柔らかくて甘くて、口の中でとろけておいしい!」
「この巻貝の身のフライも、様々なソースでいただけて美味しいぞ。飲み物は、折角だからココナッツジュースにしようか」
「わ、ココナッツの実にストローがさしてある!」
『もきゅう!』
「ブラッド、ピクシー、おいしい!」
 海の名物料理をいっぱい食べて、ココナッツジュースで乾杯!
 皆で一緒に、海や南国の美味しくて珍しいものをいっぱい味わって。
 お腹も舌も満足すれば、食後の運動は、『比翼の鳥』を使った、空と海のお散歩。
 やはり海は、ずっとずっと向こうまで青々と続いていて。
 眼下に望む水面は、夏の眩しい太陽を受けて、キラキラ無数の光が輝く星空みたいでとても綺麗。
 そして上からいっぱい眺めたから……今度は、海の中へ。
 けれど諸事情で鎧が脱げないブラッドは、海に入ったら沈んでしまう。
 そんなブラッドが海を泳ぐための手段といえば、鯨に変身すれば叶うのだが。
(「……タールの躰は成る丈人目に晒したくはない」)
 けれど此処は、知る人の少ない穴場の南国の海。
 自分達以外、周囲には誰一人いないし……それに、サンにだけならば話は別だから。
「ブラッド、行こうよ!」
「ああ。確り背に掴まっているんだぞ」
 美しい海の中へと潜れば、珊瑚や魚たちの色鮮やかな世界をふたり占め。
 魚たちと触れ合いながら、海中散歩もばっちり楽しんで。
 それから今度は砂浜でピクシーと、ぴょこぴょこくるり、追いかけっこしたり。
 砂のお城や、砂で森にいる白い友達の姿を作ってみたりもして。
「あっ、波が……!」
「少し波打ち際に近かったか」
 作った砂の力作が一瞬にして波にさらわれるのもお約束、ふたりで顔を見合わせれば笑み合って。
 沢山遊んで夜になれば、宿泊する水上コテージでゆったり。
 森の夜は空を見上げても、こんもりとした木々に覆われて暗いけれど。
「見て、星がいっぱい! 赤や青に白、いろんな色の星があるね」
「星の色は、表面温度の違いによるものだ。青白い星が最も温度が高く、白、黄色、オレンジ、赤と、低くなるにつれて見える色も変わってくる」
 そうブラッドが解説している間に、きゅぅ~と。
 飽きたピクシーはいち早く、すやぁと眠ってしまったけれど。
 サンは興味津々、煌めく星たちを見上げて。
「じゃあ、あの星は白いから、とっても熱い星なんだね」
「太陽は黄色に見えるだろう? だからあの白い星は、太陽よりもさらに高温だということになるな」
「え、太陽よりも!? 太陽はあんなに明るいのに?」
 ふかふかのベッドに、ころんと並んで横になりながらも。
 星や空や宇宙の話等々、楽しくいっぱいしていたのだけれど。
「太陽よりも大きな星は数多くあるが、地球からの距離が……サン?」
 沢山遊んだからちょっぴり疲れて、彼に寄り添っていつの間にか心地良く、すやすや。
 そんなサンにそっと布団を掛けてあげながらも、ブラッドはふと今日一日、海で過ごした時間のことを思い返してみる。
(「海での遊びの数々は――俺も普通の人の様に胸が躍るのを感じていた」)
 それは、以前は有り得なかったことで。
 でもブラッドは、何故自分がそんな気持ちになっているのか。
 その理由に、すぐに思い当たる。
(「サンが隣に居たからだろうか」)
 だって……隣にサンが寄り添って寝ている今だって、そうなのだから。
 そんなことを考えながら、ブラッドも眠りにつくことにする。
 明日も沢山、南国の海を満喫する夏休みは、まだまだ続くから。

●海と星と奇跡の光
 次の日も、見上げる空は晴れ渡っていて。
 降る陽光にキラキラと輝く海は、どこまでもどこまでも。
 やはり、ずっと果てしなく続いているみたいに見える。
 そんな海を今日もまた昨日以上に、いっぱい一緒に満喫して。
 気が付けば……楽しい時間は、あっという間。
 とっても楽しかったから、名残惜しいけれど。
 でも……だからこそ、時間が許す限り、目一杯楽しもうって思うから。
 思い出を刻むように、皆で歩く波打ち際。
『もきゅ!』
 元気にぴょこんと砂浜に跳ねる、白い綿毛のような小さな獣。
 そんなピクシーと一緒に、サンも跳んで跳ねては、くるりと回って。
 潮の香り纏う海風を感じ、寄せては返す波の音を聴きつつ、白く美しい砂浜をふたりと共に歩くブラッド。
 ピクシーと燥ぐサンの姿を愛おしく見つめながら。
 けれどふと、跳ねていたピクシーが動きを止めて、砂浜をじいっ。
 そんな様子に気付いたサンは首をこてりと傾けてから。
「……ピクシー? どうしたの?」
『きゅ~!』
 ピクシーの見つめる先に視線を向けてみれば、瞳をぱちり。
 そしてそっと手を伸ばした後、くるりとブラッドを振り返って。
「見て見て! お星様落ちてた!」
 彼へとみせたのは、砂浜に落ちていたお星様……?
 そう、星は星でも。
「其れは|海星《 ひとで 》だな……未だ生きているから戻しておいで」
 生きている海のお星様。
 そんなうねうねしている海の星をじっと見つめて。
「|海星《 ひとで 》? この海のお星様は、生きているんだね!」
 じゃあ、海へお帰り……って。
 サンは言われた通り、星空の様に煌めく青へと、そっとお星様を返してあげた後。
「これは?」
 次に見つけたのは、丸っこくて花のような放射状の模様が入った貝……?
 いや、それは貝殻ではなくて。
「雲丹の殻だ」
「ウニって、あの、黒くてトゲトゲの? へえええ、全然違う。不思議だね」
 こてんと首傾げつつも、まんまる鮮やかなウニ殻をいくつか拾ってみてから。
 サンは、ふと目に入ったそれを手に取って金の瞳を細める。
「この石、ブラッドみたい。黒くて、つるつるで、ほら、よく見るとキラキラしてるの。ふふ、綺麗」
「ふむ……此れは恐らく玄武岩だな。マグマで出来た石だ」
「まぐま? げんぶがん?」
 聞いたことのない言葉にぱちくりと瞳瞬かせ、再び首を傾けるサンに。
 ブラッドは丁寧に説明してあげる。
「此の星の殆どは金属と岩石から成り立っている。中心が金属、外側が岩石だ。地下にある其等が特定の条件下で高温に熱されドロドロに溶けたもの――其れがマグマだ。其のマグマが火山から地表に噴き出す等して冷え固まったものを火成岩と云う。玄武岩は其の一種だな」
 そう解説して貰っても、ちょっぴりピンとはこないけれど。
 一生懸命、サンなりに話に聞いたことを思い返してみつつ、一生懸命考えてから。
「え、えっとえっとぉ…………じゃあ、この石は星の欠片なんだね!」
 掌の中の綺羅星を、空へと翳してみる。
 そんなサンの言葉に一瞬、瞳を瞬かせるブラッドだけど。
「星の欠片か……確かにそうだな」
 玄武岩……いや、黒い星の欠片を見つめてみる。
 自分だけの目線であれば、それは大して珍しくもない黒い石。
 でも、ロマンチックな愛し子の物言いを耳にすれば、それが何か特別な物の様に思えてくる不思議。
 それからふと周囲を見回すブラッドは、小さく首を傾ける。
 サンが拾った石は、彼の言う通り黒くて、そしてつるつるしている。
 だが瞳に映るのは、青い空と青い海、そして白い砂浜。
 周囲に見える崖肌の地層や付近の岩石からして見ても、同様のいろのものは見当たらないから。
 暫し思案して、ブラッドはこう結論を導き出す。
「――此の石は何処か遠くから来たのかもしれないな」
「どうしてわかるの?」
 そんな言葉に、サンはブラッドと掌の星の欠片を交互に見つめた後、改めて彼へと視線を向け、問うてみれば。
 この黒の石が何処から此処まで辿り着いたのか、そしてどうしてこんなカタチをしているのか。
 できるだけサンにわかりやすく、ブラッドは説明する。
「此の石も元々は何処かの大きな岩石の一部であったのだろう。其れが雨や風に曝され、長い年月を経て脆くなり、割れて砕けて小さくなって……小さくなった石は風や水の力に依り山から川へ、川から海へ運ばれる。其の間にも他の石との摩擦や水流の影響で角が取れ、徐々に小さく丸くなっていく」
 ピクシーはブラッドの長い解説に飽きた様子で、ざぶーんと追いかけてくる波と鬼ごっこをしているけれど。
 サンは彼の話に耳を傾け、ひとつひとつ理解していきながら、考えを纏めて。
「……この石、丸くてつるつる。じゃあ、この石もどこか遠くの山……火山から来たの?」
「其の可能性は在ると思う。詳しい事は此処等一帯の歴史や地形を調べてみない事には分らんが――更に言えば、砂浜の砂は周囲の環境に依って造られるのだが、此処が此の石の産地で、他にも同様の石が多数存在するならば、此の砂浜はもっと黒くて宜い筈なのだ。しかし此の砂浜は」
「全然黒くないね、真っ白だ。……黒い石がたくさんあったら、黒い砂浜になるの?」
 そうぱっと気付いたように表情を明るくして言ったサンに、ブラッドは頷いて。
「嗚呼、――石は砕けて砂に、そして泥に為る。細かく砕けた玄武岩で出来ている火山島等の砂浜は黒いと聞く。赤や緑、桃色の砂浜も在るそうだ」
「え、凄い! 見てみたい!」
 わぁとキラキラ瞳を輝かせる愛し子に、薔薇色の瞳を細めて返す。
「其れも好いな。何時か行ってみよう」
「やったー!」
 そして、そう純粋に喜ぶ姿を見れば、嬉しくなって。
 さらにブラッドはサンへと話して聞かせる。
「ふふ。……軈て降り積った砂や泥は数千万年という時を掛け圧縮され、又岩石と為るんだ――此れを堆積岩と云う」
「また石に? 何千万年……!?」
「40億年前に出来た石も発見されたそうだぞ」
「よよよ、よんじゅうおく!?!? ひええ、気が遠くなるぅ……」
 今自分達が存在している、この星の歩みを。
 一緒に見ているものがどう変化し、どうやって今の姿になったのか、長い長い歴史を共に辿りながら。
 そして、気が遠くなるほど昔までさかのぼって、ぐるぐるしてしまっているサンを微笑ましく見つめてから。
「サン、此の砂浜は何で出来ていると思う?」
 ブラッドはふと、そう訊ねてみれば。
「この砂浜? この砂は白いから、白い石だ!」
 自分のこれまでの話を確りと聞いてくれて、一生懸命理解してくれているサンに嬉しく思いつつ。
 向けた問いを解くカギを教えてあげる。
「恐らく半分正解だ。残り半分は……ヒントは『海の中で見たもの』、そして今『お前が持っているもの』の中に有るだろう」
 そう、それはこの海を訪れて、これまで自分達が見て触れてきたものたち。
 サンは、ブラッドやピクシーと過ごしてきた海で見てきたものを思い返し、それから手の中の黒の石を見つめ、口にする。
「え、石と……貝殻?」
「それに珊瑚だ。石と同じ様に珊瑚や貝等の生物の死骸も細かく砕けて砂と為る。そして其等も又何千万年という時を掛け、岩石として生まれ変わるのだ」
 その言葉を聞いて、サンはすんなりとその話を受け入れる。
「いつか土となり、自然へと還る――僕達と一緒だね」
 いや、受け入れるというよりも、それは彼の中にもとよりあるものなのだ。
 ブラッドはそんな姿を見つめ、頷いて返しながらも改めて感じる。
「……嗚呼、そうだな」
 生と死。
 それは、物心が付く前から森で暮らしてきたサンにとっては、何も特別なものではないのだと。
(「俺が思うよりももっと身近で――眼前で見詰め続けてきたものなのかもしれない」)
 無垢で純真な愛し子は、知識としてそのことをしっているわけではない。
 けれど、その目で見て感じて万物と共に生き、自然の摂理に寄り添ってきたのだろう。
 そのことを改めて思い知らされ、ブラッドはサンを見つめ、呟きを落とす。
「……俺も未だ未だ未熟だな」
 そんな声が届けば、ふるふるとサンは首を横に振って。
 輝かせた真っ直ぐな瞳で、心のままに紡ぐ。
「ブラッドは凄いよ! とーっても物知りだもん! 僕、文字ばかりの本を読んだり、ずーっと机に向かって勉強するのは、ちょっと……苦手。でもブラッドといろんなことを経験したり、こうやって新しいことを知れるのは、おもしろくて、とっても楽しいの!」
 だって、ブラッドと話していると、サンはこう思わずにいつだっていられなくて、わくわくそわそわするのだから。
 ――もっと知りたい。
 ――世界のことも、あなたのことも。
 掌の中にある、この石ひとつにしたって、そう。
「小さな石にも歴史があって、たくさんの物語が詰まってるんだね」
 これまで、黒くて小さなこの星の欠片が、どのくらいの時間かけて、どうやって自分の元まで辿り着いたのか。
 それを考えてみるだけでも、何だか楽しくて。
「ふふ。……すごいねぇ、君も大冒険だ」
 ね、ピクシー! なんて声を掛ければ、もきゅっ? とぴょこりと跳ねる白いもふもふの子。
 そんな自分にはない発想で、沢山の楽しみを見出すサンを映した瞳を細めつつ、ブラッドは思う。
 ――本が、物語が、知識を得る事が好きだった。
 そう思っていたし、実際それも決して間違っているというわけではない。
 けれど……今思い返してみれば。
(「正確には好んでいたのではなく、現実から逃げる為の手段として、だったのかもしれない」)
 此処ではない何処かへ思いを馳せ、何かに没頭している時間。
 そのひとときだけでも……己が置かれた現実を直視せずに済んだから。
 でもそれは、昔の話だ。
 だって今のブラッドには、空想の中へ逃げ込む必要も無いのだから。
 得た知識にただ没頭し逃げ込むのでなく、サンへと話して聞かせることが、楽しいって思うし。
 逆に自分も、本や勉強では得られないことを、彼から沢山教えて貰っている。
 それに何より――眼前に広がる美しい景色。
 自分とは無縁なものだと思ったそれは、本の中のものだけではなかった。
 そう、共に愛し子と今一緒に見ている景色は紛れもなく現実である実感とともに――未だに此れが、己の物語だとは信じ難くて。
 でも自分達の物語は確かに、キラキラと煌めいているのだ。
 ――灰色だった世界が。
 ――何の変哲も無い貝が石が。
 ――嘗ての孤独な時間が。
 途端に意味を持ち、輝き出して……己の頁が鮮やかに彩られていく。
 そして、何よりも。
(「其の中心には何時もお前が居る」)
 そんな輝きの中心にはサンが居て……その隣には、自分が居る。
 だって、ブラッドはこう強く思うから。一瞬一瞬が愛おしく、大切にしたいと。
 そう思わせてくれたのは、目の前で笑う大切な愛し子のおかげ以外の何物でもないし。 
 だからブラッドは今、心に満ちているこの思いを素直に口にできるだ。
「――サン、ありがとう。俺も楽しい」
 サンが居て、そして自分が居る。
 昔は自分自身の存在をこんな風に思うことなんて到底できなかった。
 でも、自分も居なければいけないのだ、サンの傍に。
 それに純粋に思うのだ――楽しい、って。
「ふふ。――あ! ブラッド見て見てー! 大きい貝あったー!」
「おお、其れは立派だな。……其の貝を耳に当てて御覧。何か聴こえるか?」
 ブラッドにそう言われ、サンはピクシーと顔を見合わせ、ぱちりと瞳を瞬かせるも。
 言われた通り、そうっと見つけた貝を耳に当ててみれば。
「耳に? ……聴こえる……波の音だ!」
 ざさーん、ざーん……耳に響くのは確かに、波の音。
 それからまた別の小さな貝と交互に耳に当ててみるも。
「わわっ、凄い!」
 音が聴こえるのは、大きな巻き貝からのみで。
 垂れたお耳にも当ててあげれば、きゅっ! とピクシーもひと鳴き。
 そんな様子に、ね! って頷いて返した後。
 サンはふとぽつりと、こう続ける。
「……本当はあの人とも一緒に来れたらよかったんだけど」
 森の子たちが一緒にいてくれるから、あの人も寂しくはないかもしれないけれど。
 でも……あの人もきっと海を見たら、今の自分みたいに、凄い、楽しい、って思ったかもしれないし。
 一緒にこの景色を見ることができれば、それが一番よかったと思うも。
 今は、それが叶わないから――だから、未だ眠ったままの友達へと。
「此の貝をお土産にすれば、持って帰れるね、海の音!」
 ――あの人にもこの海を届けたい、って。
 波の音が聴こえる大きな巻貝を、お土産にすることに。
 そしてそんなサンへと、ブラッドはあえて伝えないでおこうと思う。
(「巻貝から聴こえる音は、実際には巻貝内部で反響した周囲の雑音や、聴く者の体内の音だと云われている」)
 だが、知識は世界を広げるが、時として感覚を鈍らせ、感性を曇らせる。
 サンを見ていれば、ブラッドはそうも思うから。
(「今は未だ伝えずとも構わない」)
 より大きくて、より波の音が綺麗に聞こえる貝をピクシーと探しているその姿を、見守るだけにする。
「ブラッドも聴いて聴いて! 凄いよ! この貝だけ波の音がするの、不思議ー!」
「……嗚呼、本当だ」
 ……輝かしい今は、輝かしいままで、と。
 いや、むしろ。
(「彼の獣――サンの友人にも聴こえるだろうか」)
 もしかしたら聴こえるかもしれないと、ブラッドには思えてくる。
 彼の獣の、サンの友人の――己の中の、海の音が。
 そして波打ち際を歩き、色々なものを拾ってみては、沢山お喋りして。
 楽しく過ごしていれば……徐々に傾きはじめた陽が、魔法のように世界を眩く照らす。
 それは1日のうちでも、少しの間だけしか見られない空のいろ。
「夕焼け、綺麗だね」
「嗚呼、綺麗だ」
 陽が沈みかけた夕刻は、森にだって等しく毎日訪れる。
 だが、木々の影に覆われ直ぐに暗くなっていく森の中と違って。
 今、まさに目の前で、幻想的な色に染まっていく世界。何にも遮られる事無くゆっくりと水平線に沈む夕日によって。
 そんな燃えるような夕焼け空をブラッドと眺めながら、サンは改めて感じる。
 ――あなたがいなければあり得なかったこの時間、この幸せ。
 そして。 
「ブラッドが僕を見付けなければ、助けなければ。僕は生まれてすぐに死ぬ運命だった。赤子同然の僕を抱えて、一人で悩んで、苦しんで。それでも僕を生かす為に頑張ってくれた」
 ……そんなあなたを好きにならないはずがない、って。
 それと同時に、サンの中に芽生える想い。
「あなたの力になりたいって、役に立ちたいって……あなたと生きたいって、そう思った」
 ブラッドが居て、そしてその隣には自分が居る。
 どちらかひとりでは駄目。自分も居なければいけないのだ、ブラッドの傍に。
 あなたと一緒に、生きるために。
 それから改めて、どこまでも続く海へとサンは視線を向ける。
「空の上から見るのとも、海の中から見るのとも、違う景色。海は広くて深くて果てが無くて……少し、怖いと思った」
 まるで吸い込まれてしまいそうな、そんな気に一瞬なったりもしたけれど。
「でもあなたが一緒だったから、怖くなかった」
 それ以上にサンはそう思ったのだ。
 そして、自分の言葉をじっと聞いてくれている彼へと、溢れ出て止まない想いを言葉にする。
「愛してるよ、ブラッド」
 ……夕暮れの向こうには闇が迫るけれど、あなたがいれば怖くない。
「あなたはいつだって僕の心を照らしてくれるから」
 だって、彼はそう――僕の唯一、僕の光、って。
 そんなサンの想いの言の葉に、ブラッドも紡ぎ返す。
「愛しているぞ、サン」
 暮れ行く世界の中、愛し子の手を確と握り締めて。
 だって――俺の世界に光を、鮮やかな彩を呉れたサンを、もう二度と手放そう等思わない、と。
 そう紡ぎ合った……その時だった。
「あっ、ブラッド、見て! あの光は……?」
「! サン、沈むあの夕陽を見てみろ」
 同時に互いに口にすれば、顔を見合わせて笑った後。
「わぁ、凄く綺麗……!」
「あれは、日没の太陽が最後に一瞬だけ緑色に輝く、グリーンフラッシュ……緑閃光とも言われる珍しい現象だな」
 そう――ふたりで確かに見たのは、一瞬だけの奇跡の輝き。
 そんなグリーンフラッシュは、こんな言い伝えもある。
 グリーンフラッシュは「幸せの象徴」で、「見た人に幸せが訪れる」のだという。
 それに……「一緒に見た恋人は一生幸せになれる」とも。
 ブラッドは奇跡の輝きをサンと共に見つめ、きゅっと、握る手にそっと優しく力をこめる。
 自分にとってサンは、まさに奇跡の輝きのように眩しくて。
 そして、それと同時に、今のブラッドには解っているから。
「俺に取ってお前が必要な様に、お前に取っても俺が必要なのだと」
 ただ眩いばかりだと昔は思っていた愛し子に、そう薔薇色の瞳を真っ直ぐに向けて。
 今のブラッドは、迷わずにこう言えるから。
 ――何時迄もお前を照らそう、って。
 嬉しさいっぱいに微笑む愛し子と、これからも共に生きていくと、改めてその心に誓いながら。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年10月16日


挿絵イラスト