ビバノンノと歌の名は響くか
●温泉国家
――混浴って、ある?
それは素朴な疑問であり、好奇心以上の感情の関与するところではなかった。いや、関与しているかもしれないが、建前上これはただの質問である。
「コンヨク?」
そう質問された小国家『ビバ・テルメ』を運営する四人のトップ……アンサーヒューマンであり『神機の申し子』と呼ばれた一人『エルフ』は首を傾げていた。
「そう、混浴。温泉てぇのは、詰まる所だ……男湯と女湯にわかれているだろう?」
カシム・ディーン(小さな竜眼・f12217)の言葉に彼は頷く。
そりゃそうである。
公序良俗は観光の場に於いては必須。
しっかりしていなければ、秩序が乱れる。
「そうですが、コンヨク、というのは?」
『ツヴェルフ』が首を傾げている。
彼女はどうにも頭が固いようだ。とは言え、キャバリアを使った戦術は柔軟に対応しているところを見ると、それはそれ、これはこれ、と分別した考え方ができる人材であることも見て取れた。
あ、これをお願いします、と彼女は以前の『ビバ・テルメ』の運営の失敗の教訓を活かすように何人かの一般人たちと共に事務作業を行っていた。
「だーら、男湯と女湯の垣根を取っ払った浴場ってこったよ!」
ないの!? そういうの!? とカシムは二人の顔を交互に見た。
「ないです」
きっぱりとした言い方だった。
「だー! なんでよ! あるだろう、普通!」
カシムの言葉に二人は気のない返事をしていた。なんかよくわからないことで怒られてるくらいに思っていたのかも知れない。
「あのなぁ、混浴っていうのはロマンなんだよ! わかるか! 男女で裸のお付き合い! 深まる絆! 腹を割って話すには必要なことだろうがよーおめー!」
カシムの力説に、そういうものかなぁって思っていたが、熱意に押されるようにして『ツヴェルフ』は書類に印鑑を落とした。
「では、まずは試験的に」
「話がわかるじゃねーか!」
「人身御供というやつです。何か問題があれば、即座に取りやめますから」
その言葉に頷いて了承し、試験的にであるが混浴の場が設けられることになったのである――。
●混浴ビバノン
――ぐへへへへへへ☆
「いや、のっけからそういう笑い方すんない」
『えーだって☆ 美少年に美少女たちと混浴タイム……目の保養でしかなくない? ご主人サマ!』
『メルシー』の言葉にカシムはそれはそう、と頷く。
シュバババと『メルシー』が仮設混浴場を走り回っている。
「……で、でででも、混浴には水着っていうは初めて聞きました」
『フィーアツェン』がお湯の暖かさか、それとも羞恥のためか顔を赤くしている。
うーん、いいじゃない☆ と『メルシー』が嬉しそうだったので、カシムは大仰に頷いて本来の目的を遂げるべく口を開く。
混浴だけが目的ではなかった。
「たりめーだろう! 此処は色々と厄ネタに事欠かねーからな」
カシムの言うことはうなずけるところであった。
なぜなら、『ビバ・テルメ』は小国家『第三帝国シーヴァスリー』との紛争によってプラントを一基失っている。
ゲリラ部隊の性急なる行動によって得た損害であったが、なんとか猟兵たちが取りなしたおかげで破滅は避けられている。だが、予断を許さぬ状況に変わりはない。
「そういうわけだ。おめーらの素性について聞いておきてー」
『わーい☆ マイクもいるかな☆』
「僕らの、ですか」
『エルフ』が首を傾げる。
そして『ドライツェーン』が頷く。心得たりと言わんばかりにお湯から、ざぱっと立ち上がる。
「お、おお……」
その雄々しい姿にカシムはちょい怯んだ。
「我らはアンサーヒューマン! 言わずと知れたキャバリアを操縦するために生み出された存在だな! この小国家の前身、『フォン・リィゥ共和国』によってデザインされた。キャバリアを五体のように操る『エイル因子』を組み込まれているぞ! 我ら四人は言ってしまえば兄弟というものだな!」
彼の言葉にカシムは頷く。
其処までは猟兵たちも知っていることだ。
『エイル因子』――キャバリアを五体のように操るための因子。しかし、それは誰にも定着するということはないようだった。何らかの条件があるようだが、彼等四人以外に定着した例はないようである。
「ならよぉ、あのキャバリアはなんだんだ。『神機の申し子』って言われてるくれーだ、あれも神機なのか」
そう、彼等四人が駆るキャバリア。
所謂、サイキックキャバリアにカテゴライズされる青と赤の装甲を持つ四騎。
『セラフィム』と彼等は呼んでいた。
「いや、違うんじゃないかと思う! あの海中に没した『巨神』と呼ばれていた機体と似通っていたが!」
彼の言葉にカシムは頷く。
今もまさにユーベルコードで彼が生み出した海竜の如き『ダイウルゴス』が制海権をとられた湾内を探っている。
あの『ノイン』と名乗る『第三帝国シーヴァスリー』の首席はあまりにも厄介な手合だとカシムは判断していた。
結局色々と嗅ぎ回ってみたが、ついぞ尻尾をつかめなかったのだ。
彼女たちがあくまで拘っていた制海権が、この湾内に沈んだ『巨神』――『セラフィム・シックス』が目的であったというのならば、なんらかのアクションを見せているはずだ。
とは言え、水中用のキャバリアなどの姿は見受けられない。
うまく行けば己が確保しようと思っていたのだが、きっと『メルシー』が大騒ぎするだろうから、取越苦労で良かったと思うべきか。
「あの機体は……僕らにもわからないんです。呼べば来てくれる、ということしか」
「破損もいつの間にか修繕されていますし……」
「そ、そうなんですよね。整備の必要がないっていうのは、と、とってもありがたいことです。まるで他の誰かが代わりにしてくれているような」
「でも、他人の仕事のように思えないのだがな!」
彼等の言葉を聞くに赤と青の装甲を持つ『セラフィム』の全てを彼等もまた理解はしていないということだった。
サイキックキャバリアとは本来、サイキック能力によって駆動する。
ということは、彼等もまたサイキック能力を有しているということになる。
「(一体全体どれだけ盛り込んでんだよ、コイツらに)」
「それよりも」
「あー?」
「はい、そうですよね。私達ばかり語っています」
「カ、カシムさんのことも教えていただかないと」
「そうだとも! 俺たちも結構語ったと思うのだが!」
四人の視線を受けてカシムは、あ、と思う。
そうだった、そういう体であった。
「あー僕ですか? そんなに面白いことはないと思うんですがねー……僕はまぁ……どうも強力な魔術師系のやつの子供らしいっちゃらしいんですが」
面白い話ではないけど、と前置きしてお湯の暖かさを感じながらカシムは訥々と語る。
森に捨てられ、そこから地獄のような生活を送ったこと、猟兵として覚醒してからの冒険の方がきっと面白いだろう。いや、それでも結構な長さになる。
「とまあ、こんな具合で?」
それはクロムキャバリアしか知らぬ四人にとっては奇想天外なる冒険譚であったことだろう。
彼等の質問攻めにカシムは肩をすくめるしかなかった。
質問しようとして質問に圧倒される。
秋の風が頬を撫でる。
それは戦乱の最中にある一時の『平和』のようにカシムには思えた。
再び、その『平和』を吹き飛ばす冷たい冬の風がやってくる、そんな予感が胸中を占めるのだった――。
成功
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