Eu te amo
●特別な日に
西洋親分『しあわせな王子さま』は煌めく体をゆっくりと動かしていた。
光が差し込むチャペル。
ステンドグラスを通して降り注ぐ光は色鮮で、今日という日を祝福しているように思えたかもしれない。
そういう意味では自分は『しあわせな王子さま』という名を体現していると思った。
「ほんとうに僕はしあわせだな。こんな日に僕を頼ってくれるなんて」
その声に新郎たるウィリアム・バークリー(“聖願”/氷聖・f01788)は振り返った。
耳を擽るような声。
優しい声だと思った。
彼はぎこちなく微笑んだ。まだ緊張しているようだ。
「いえ、彼女は西洋妖怪。なら、西洋親分である『しあわせな王子さま』に神父役をお願いするのが筋というものですから」
「彼女は……西洋妖怪キキーモラだったね」
「ええ……でも、本当にこんなに沢山来てくれるなんて」
ウィリアムの視界を埋めるのは、チャペルの席を埋める妖怪たちの姿だった。
西洋妖怪がほとんどであったが、新しい妖怪たちの姿も認められる。彼等は物珍しい催事の噂を聞いて集まってきたものばかりだった。
花嫁の親戚縁者というわけではなかったのだ。
「みんな、きっとしあわせな君たちのことを祝いたいと思ったんだよ」
それは喜ばしいことだ。
自分には生家との縁は殆どが切れているも同然であった。
花嫁となる彼女の生まれ故郷であるカクリヨファンタズムで挙式すること自体に躊躇いはなかったし、そうするのがいいとも思った。
しかし、どうにも緊張する。
祭壇の前で、じっと待つことがこんなにも心拍を上げるものであるなんて思いもしなかったのだ。
「さあ、心を落ち着ける必要はないさ。君の胸は高鳴っている。それはきっと嬉しいことだからだよ。ご覧よ」
『しあわせな王子さま』は黄金の輝きを潜めるようにしてウィリアムへと告げる。
ヴァージンロードの向こう側の扉が開かれる。
壮麗な音楽隊の音色が響く。
西洋妖怪たちが奏でる音楽。それはとびっきりの祝福を込めたものだった。
赤い絨毯の先、光満ちる扉の向こう側、逆行の先に白い裾の膨らんだウェディングドレスを身に纏ったオリビア・ドースティン(ウィリアム様専属メイド・f28150)の姿があった。
けれど、その表情はウィリアムからは伺い知ることができなかった。
薄いヴェールに覆われた彼女の顔を見たいと思った。
どよめく西洋妖怪達。
広がる波紋のように花嫁姿のオリビアに彼等は驚いたのかもしれない。
自慢の花嫁だから、誇らしい。
『しあわせな王子さま』が咳払い一つで場を収める。さすがだと思った。
「……」
言葉がなかった。
なんと言葉にすればいいのかわからなかった。でも、とウィリアムが息を呑むのと同時にオリビアは彼女の育ての親である老執事の西洋妖怪と共に歩む。
一歩。
一歩、その幸せに続く道を噛みしめるように。
彼女が思い起こすのは、カクリヨファンタズムでの日々だった。
育ての親は二人。
キキーモラである己を育ててくれたマザー。老執事。
二人は血縁は無くとも、家族だ。今日という日に来てくれたことが嬉しい。幼い頃以来だ。控室で少し涙ぐんだ顔をしたマザーを思い出してオリビアは微笑んだ。
同時に老執事の眦がきらめいて見える。
「さあ、こちらへ」
未だヴェールは挙げられていない。
花婿と花嫁が向かい合う。
その中央で『しあわせな王子さま』が宣誓の言葉を読み上げる。
見事な宣誓を告げる言葉だった。堂に入っているというのならば、こういうことだろう。
「では、指輪の交換を」
互いの薬指に嵌められる指輪。
ペリドットとシトリン。
『平和』を意味する『オリビア』を語源とする石と『幸福』を意味する幸運の石が交錯するようにして互いの指に輝いていた。
互いに送り合う心を示すようであった。
貴女に平和を。貴方に幸福を。
共に願うのは互いのことだった。これこそが今日より家族になる者同士が最初に送り合うもの。
故に、列席した西洋妖怪たちの殆どが羨望の眼差しを二人に送ることだろう。
「では、誓のキスを」
その言葉と共にウィリアムがヴェールを捲る。
そこには彼が知る中で最も美しいと思えるオリビアの顔があった。
なにか言うのは野暮のように思えた。
妻となる人の唇に触れる。優しく。それこそ宝物を扱うような触れ合いに互いに微笑む。熱情を交換するようなものではない。けれど、確かに愛情を感じさせる触れ合うようなキス。
その光景に一気に拍手が膨れ上がってチャペルの中を埋め尽くしていく。
「これでしっかりと夫婦になりましたね、これからよろしくお願いします」
オリビアは今日だけはメイドでもなければ家事手伝いでもない。
ただ一人のためだけの花嫁。
微笑む表情から読み取れるのは幸福しかなかった。
「あなたに幸福を」
「君に平和を」
そして、手を取る。オリビアは取られたウィリアムの手を擽るようにしながら、彼の腕へと身を寄せる。
しっかりと繋がれた指は重なるようにして二人の絆を示すようだった。
赤いヴァージンロードを歩む。
これは始まりの一歩でしかない。共に歩む一歩。これから長い時を共に生きていく。
健やかな時も。病める時も。
いかなる時だって共にあることを誓ったのだ。
「二人の門出に祝福を」
『しあわせな王子さま』の言葉と共に二人がチャペルの外へと出ると花吹雪が舞う。
けれど、同時に二人は見上げた空から降り注ぐ星を認めたことだろう。
「星……?」
「いえ、雨……?」
「あ、違う、これ……飴、|金平糖《コンフェイト》だよ、これ」
ウィリアムは降り注ぐ宝石のような、星のようなそれを一粒掴む。
オリビアはあまりのことに笑む。
「ささやかだけれど、僕たちからのお祝いだよ、ふたりとも」
『しあわせな王子さま』たち西洋妖怪たちが笑っている。
「そうさ、招かれるだけじゃあ寂しいってものだ。お祝いってのは、こういうのが良いんだろうってさ!」
彼等の心遣いとでも言えば良いのだろうか。
星空を思わせる好機にオリビアもまた星掴むようにして一粒掴んで見つめる。
「まったく予知なんて介在する必要なんていないよね、こんなことは」
ウィリアムは笑みながら摘んだ金平糖の一粒を愛らしい妻の唇に押し込む。
だが、それは同時に自分の唇にも押し付けられていた。
オリビアもまったく同じタイミングでウィリアムに手にした金平糖を押し付けていたのだ。
口に広がる甘さに二人はまた笑む。
今日だけでどれだけ笑顔になっただろう。
ライスシャワーめいた金平糖の雨。その中を二人は進み、オリビアは手にしたブーケを握りしめる。
「この世界らしい光景ですね……」
「うん、嬉しいね……あ、ほら見てご覧よ。女の子たちが集まってる」
「ブーケを投げましょう。みんな待っていますから」
そう言ってオリビアは天高くブーケを放り投げる。
弧を描くブーケの行き先を彼女は見ることはなかった。ウィリアムが彼女を抱え、彼の召喚したグリフォンと共に空へと舞い上がったからだ。
「願わくば、次の誰かも幸せな結婚ができますように」
祈る。
誰しもに幸せが訪れて欲しい。
自分に訪れたように。
「さあ、行こう! 空の|新婚旅行《ハネムーン》に」
「ええ、共に参りましょう」
星のように降り注ぐ金平糖の輝き。
その最中を羽ばたくグリフォンが二人を幸せな旅路へと連れて行く――。
成功
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