秋のカーテンコール
●天高く馬肥ゆる秋
秋は収穫の季節。
続く冬の暗黒を乗り切るためには多くの祭事が執り行われるのは多くの世界においても、各地においても知られる所である。
「それにしてもあの焼き芋は美味しかったですね」
馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)は巨大なクラゲ『陰海月』が買ってきた焼き芋の味を思い出して、しきりに頷く。
「いやいや、本当に大したものだった」
同じく、外邨・蛍嘉(雪待天泉・f29452)も頷いている。
本当に美味しかったのだ。
甘いことはさることながら、さっぱりとした食べ口。
ほこほこしているためか、すんなり食べてしまえていた。欲を言えばもう少し食べたかったというのが本音でもあった。
「ぷっきゅ!」
その言葉に『陰海月』が誇らしげに胸を張るような動きを見せている。
ちなみに焼き芋の代金は戻ってきていたので、近々また街に繰り出すつもりである。『陽凪』が自分をモデルにしたぬぐるみを作って貰う約束をしているからだ。
そんな巨大な熱帯魚である『陽凪』が蛍嘉の側でふわふわ泳いでいると、焼き芋の袋の中に見慣れぬ紙を見つける。
「……?」
ヒレでかさかさとやっていると袋が倒れて滑るようにして、その紙が躍り出る。
そこにあったのは『秋の味覚祭』と題された催しを知らせるものであった。
「これは?」
「どうやらチラシのようだね。なになに……」
見てみるとどうやら近場でやっているものらしい。
なるほど。
秋の味覚。
「……ぷきゅ?」
「栗だけではないし、焼き芋ばかりとも限らないだろうね」
「……梨もあるのだろうか」
四柱の全員が反応を示している。
故郷の味、といえば良いのだろうか。まだ生前と呼ぶ時代にあっては、この時期によくもいで食べていたのだ。
言ってしまえば、水筒代わりだったとでも言えばいいだろうか。
「そうそう。水気たっぷりで甘くて美味しかったよね」
蛍嘉も同意するように頷く。
彼女たちの故郷にはそうした実のなる木というものが植樹されていたのだろう。
もはや、もう一度訪れる手段はないし、見る影もないだろう。
そうした郷愁めいた感情も、今は遠く。
目の前のチラシの内容ばかりが目に入ってくる。
「ほう、葡萄狩り。今年はどうやら緑色の葡萄の品種が方豊作だと聞いたが……」
「ああ、あの普段はお高いっていうあれ」
ちら、とチラシを覗き込む全員。
そう、全員と言ったら全員である。
馬県・義透の四柱と蛍嘉、『陰海月』に『陽凪』、『霹靂』、『玉福』、そして『夏夢』である。
「……行っちゃおうか?」
蛍嘉の言葉に全員がしっかりと頷いた――。
●快晴の下
そうしてやってきた『秋の味覚祭』。
どうやら焼き芋屋のおじさんがチラシを紛れ込ませていたらしい。
『陰海月』はチラシに描かれていた地図を辿ってやってきた山林の中にある果樹園の前で、彼の姿を認めて驚いたのだ。
「おや、坊主。この間ぶりだな」
なんて笑っているところを見ると、チラシが入っていたのは偶然ではないと知る。
「おお、これまた大所帯でお越しいただいたようで」
「焼き芋があんまりにも美味かったもので。間違いないと思ってきたのですがー」
その言葉におじさんは屈託なく笑う。
「そりゃ、もちろん。さ、今日は楽しんでいってくださいな」
その言葉通りだった。
共にやってきた者たちは皆、一様に自分の好みの作物を手にとって、その場で食し始める。
「うむ、これは見事な」
四柱たちの前にあるのは大ぶりの梨。
しっかりと手のひらに収まるくらいの大きさであり、表面の皮の梨地とも呼ばれる、でこぼことした触り心地を確かめて貸し出されていた果物ナイフで皮を器用に向いていく。
皮を切るためにナイフを滑らす度に瑞々しさを教えるように果汁が滲んでくる。
「これはよい梨だな。故郷のものに負けず劣らず」
「いや、本当にねー」
「さあ、頂こうか。今の時代は冷蔵庫があるから、冷やせばもっと美味しいのかもしれないが……」
口に運ぶ。
歯で噛むと果汁が口の中に広がる。
甘すぎず、さっぱりとした果汁は喉を潤してくれる。
山林の果樹園までやってくるのにはバスを乗り継いだりと、少し煩雑であったが、今はその煩雑さがスパイスとなったように彼等の喉を見事に潤してくれるのだ。
これはたまらないな、と思っていると旺盛な『陰海月』や『霹靂』、『陽凪』がものすごい勢いで梨を食べている。
シャクシャクという音の響きからして本当に勢いよく食べているのがわかるだろう。
まるで目がキラキラしているとも形容できるほどに夢中になって食べている。
「どうやら気に入ったようだな、梨も」
「ホントだねぇ……でもさ」
そういう蛍嘉が見やるのは、『夏夢』であった。
手元においてあった葡萄が即座に消えている。
いや本当にめちゃくちゃ食べている。
「いつもはもっと少食のはずだがの……」
「一房あっというまですねー」
「種はぺっとしなさいね」
あまりにも沢山食べているせいか、不安がよぎる。けれど、そんな心配をよそに『夏夢』は葡萄の房を手にとって笑ったような雰囲気を見せる。
幸せいっぱいなオーラさえ輝いているようにさえ思えた。
「いえ、これ種無しですよ。物凄く甘いです!」
それもそのはずである。
所謂、糖度の高い葡萄。そして種無しで食べるのに煩雑さは皆無。となれば、房から千切っては口に運び、甘さを味わってはさらにもう一つと言う具合に『夏夢』は葡萄を一房食べきってしまったのだ。
「あ、あまり食べすぎてはお腹を……」
「いえ! これは別腹です!」
美味しい! と『夏夢』は、それはもうびっくりするくらいの勢いで食べ進めていく。
そんな『夏夢』とは対象的に『玉福』は一つの焼き芋をゆっくりと食べている。
「焼き芋が気に入ったようであるな。猫舌であるから冷めてからでないと食べれないだろうが……」
「にゃあ」
ふふん、と『玉福』は首をふるような仕草を見せる。
わかっていないな、主は、と言わんばかりの顔。
そう『玉福』はわかっている。
美味しい者はたくさん食べたいというのは当たり前だ。だが、それで体の調子をおかしくしては本末転倒も良いところ。
ならばこそ、本当に美味しいものを少しだけでいい。
食欲に任せて食べれるだけ食べて後で泣きを見るのは子供のすること。
そう言わんばかりに『玉福』はマイペースに焼き芋を加えているのだ。
「……まあ、大丈夫なんだろうけれど……本当によく食べるね?」
「生きていた時に好きだったのかなぁって思うですけど……」
でも、と『夏夢』は笑ったようだった。
「こんなに美味しいのをみなさんと食べられている贅沢のほうが余程嬉しいのかも知れません。だから、たくさん食べれてしまうのかも、なんて」
その言葉に四柱も蛍嘉も頷く。
「確かに。家族の団欒というのは、きっとそういうものでしょうから」
「せっかくの秋だしね。迫る冬に備えて食べ貯める、なんていうのは正しいことなのかも」
「でも、冬は冬で楽しみなこともありますよね」
「それは違いないね」
春夏秋冬。
行事だけ見ても多くのことがあるだろう。
その全てを網羅するのは難しいかもしれない。
けれど、季節の移ろいをこうした思い出で彩る事は簡単なことだ。共に在ること。
それが一番嬉しいのだというように『夏夢』は笑うような雰囲気を見せ、また一つ葡萄を口に運んで、頬をほころばせるのだった――。
成功
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