黄金の香りのお裾分け
●10月13日
UDCアースにおいて記念日というのは、その日毎に決められているものである。
一体全体どれほどの記念日があるのかは巨大なクラゲ『陰海月』には知る由もないことであったが、しかし、今日という日が『サツマイモの日』であるということは知っている。
なぜなら、今まさに目の前にのんびりとしたペースで走る軽トラックから、己の所在を知らしめるようなアナウンスが響いているからだ。
「やっきいも~♪ 今日はサツマイモの日~♪ 甘くて美味しいサツマイモは如何ッスか~♪」
響く歌声めいた声と甘い香りに誘われて、ふわふわと『陰海月』は走るというより、歩くといったペースの方が正しいような軽トラックの後をついていく。
いや、これが良くないことだってことぐらいわかっている。
なぜなら、今自分が握りしめているのは趣味のぬいぐるみ作りに必要な綿とか修繕の布とかを買うためのお金。
どれくらいの相場なのかもわからない。
買えないのに引き止めるのは、なんとも不格好なことである。
「……ぷきゅ」
いや、でも。
サツマイモである。
安価で栄養もあって、そんでもってたくさん取れるし、作りやすい作物サツマイモ!
ほっくり湯気立つ黄金の実り!
「やっきいも~♪」
こんなにも自分は葛藤しているというのに、焼き芋トラックは呑気に走っているではないか。
ためらう。
いや!
びか、と『陰海月』の眼……は何処かわからないので、心の眼が光る。
そう、これは自分のためだけではない。
家族のためでもあるのだ!
「ぷっきゅ~!」
待って~! と『陰海月』は焼き芋トラックを追いかけ、止まってもらう。
「はいよ~いくつにします?」
トラックの運転席から顔を出した、気さくなおじさんが笑っている。
黒い瞳に星宿すような色をした瞳に見つめられて『陰海月』は触腕を動かす。
「はいはい、7つね。たくさんありがとね」
「ぷきゅ」
そう、7つ。
自分のものと、友達である『霹靂』、『陽凪』、馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)に蛍嘉、『夏夢』、『玉福』たちの分である。
ひいふうみい。
お財布の中身を数える。
あ、でもたくさん買いすぎたら他のお客さんに迷惑じゃないかなと、少しソワソワしてしまう。
「ほいよ、一個はオマケね。帰り道に食べな」
そう言ってトラックのおじさんは笑っている。
え、と思う。
いいのだろうか。
自分だけ一つ。
そんな『陰海月』の逡巡が見て取れたのだろう。おじさんはまた笑っていた。
「いいのさ。美味しいものを見つけて食べたら、みんなにも食べてもらいたかったから買ってきた、だろ?」
うん、と頷く。
触腕で割ったサツマイモはホクホクしていて湯気が立っている。
綺麗な黄金色をしている。
「ならさ、みんなが食べている時に自分だけ食べていないってのはわびしいだろう。だから」
だから、オマケ。
帰り道はお腹も空く。ちょっと我慢すればいいが、こういう時に我慢したって仕方ない。
「たくさん買う理由も必要だろ?」
ちょっといたずらっぽく笑っておじさんはオマケの焼き芋を『陰海月』に押し付ける。
「ぷっきゅ!」
「ああ、そうさ。おじさんとの秘密な」
そう言って笑うと互いの手のひらと触腕を打ち合わせる。
遠ざかっていく焼き芋トラックの音を聞きながら『陰海月』は割った焼き芋を一口ほおばる。
芳醇な甘さ。
優しい甘さ。そう表現すれば良いのだろうか。
とにかく美味しい! これはみんな喜んでくれるぞ、と『陰海月』は軽い足取りならぬふわふわ浮くままに家路へと着く。
そう、みんなの笑顔が見られるという最高の調味料を想像しながら――。
成功
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