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砂時計と果たす気のない約束の解釈

#エンドブレイカー! #ノベル #猟兵達の秋祭り2023

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アカシャ・ライヒハート




「果たす気のない約束ってどう思われます?」
 テーブルに置かれた砂時計がさらさらと時を奏でる様を横目に、アカシャ・ライヒハート(暁倖・f39256)は対面に座すエルシェ・ノン(青嵐の星霊術士・f38907)へ問い掛けた。
「え?」
 小さな火が揺れるウォーマーに置かれた硝子のティーポットの中では、セピア色の茶葉がゆっくりと踊っている。それと同じ速度でエルシェの視線も、手元のティーカップからアカシャの瞳へと移ろう。
「果たす気のない約束?」
「そうッス」
 真意を窺うようなエルシェのオウム返しに、アカシャは気負いなく――どころか、やや緩めの是を短く唱えた。
 それだけで察せられたアカシャの他意の無さに、エルシェの肩に入りかけていた余分な力が抜ける。
「果たす気のない約束、かぁ……」

≪砂時計と果たす気のない約束の解釈≫

 邂逅は偶然だった。
 先だっての大戦の後処理がてらラッドシティを訪れていたアカシャが、見かけた背中に声をかけたのだ。
「ちょ、アカシ!?」
「どうも、ご無沙汰しております。ちなみに今は『アカシャ・ライヒハート』と名乗っておりますが、お好きに呼んで下さって結構ですよ」
 少しおどけたアカシャの軽い語り口に、エルシェがくしゃりと笑う。
「変わらないなぁ。あ、そうだ。大魔女戦ではありがとうね」
「こちらこそ、その節はどうも」
 十数年ぶりの顔合わせは、“グリモアを行使する者”と“現地へ赴く者”という立場であった。おかげで、互いを互いと認識しつつも言葉を交わす暇はなく、アカシャとしては喉に小骨を引っかけたような感覚でいたのだ。
「というわけで、軽くお話ついでに一杯如何ッスか?」
 平日昼間。ついでに言うと、誘う相手は下戸である。
「アカシさん、それはオレへの挑戦でしょうか――?」
 どうやら過去に馴染んだ呼び名に着地したらしい男の、これまた道化じみた言い回しに、アカシャはニカリと白い歯を見せた。
「何を仰いますやら。無論、|お茶《・・》のお誘いに決まっているじゃあないですか」
 懐かしい顔と、洒脱な招きに、エルシェが否やを唱えようはずもない――。

「確か、その人は“二度と会えないとしても、約束が未来を生きる活力になればいい”というような事を言っていたと思います」
 一人だけ時を止めたように黙ってしまったエルシェへアカシャは水を向ける。
 途端、紅茶と共に運ばれて来たケーキを丁寧に脇へ避けた男は、そのままテーブルへ突っ伏した。
「エルシェさん?」
 何事か、とアカシャが金の髪の旋毛へ尋ねると、エルシェは眉を下げた顔をのそりと上げる。
「あー……うん。素直に、とても困る約束だなぁ、と思ったんだ、ケド。割と、オレが。そういうこと、やっちゃいそうだなぁ、って」
 文字通り頭を抱えた男の視線は、右へ左へと落ち着きない。動きとしては、開きつつある茶葉そのものだ。けれど問答を遮断した風ではないので、アカシャはフラットに重ねる。
「そのココロは如何に、とお伺いしても?」
 正直、非常に“わかりかねる”約束であったことを思い出しつつ、アカシャはエルシェの次句を待つ。
 そう――思い出す、のだ。
 落ち続ける砂とは裏腹の心地で、アカシャはかつて覚えた感情を心臓の上へ置く。
 交わす端から『全て果たす気はないのだろうなァ』と、理解出来てしまった『約束』に耳を傾けた時の心地を、アカシャは今でも憶えている。
 ――約束が未来を生きる活力になればいい。
 その言葉に嘘はあるまい。そういうモチベーションの保ち方があるのを、アカシャも知っている。しかしどう考えても、未来永劫叶う見込みのない約束を|抱えさせられる《・・・・・・・》メリットが思い浮かばなかったのだ。
 かと言って、そんなことを言い出した相手のことを、アカシャが否定しているのかと言えば、答は否である。むしろ否定できないからこそ、広く余人に意見を欲してしまう。まるで午後の紅茶に菓子を添えるように。
 そして菓子は必ずしも甘くはない。引き立て役として、苦みが潜むこともある。今のエルシェの顔は、まさにそれ。
「『果たす気のない約束』を交わす相手ってさ、特別な相手だと思うんだよね」
 行儀悪くテーブルに肘をついた左手で顎を支え、エルシェは逡巡の溜め息をゆるく吐く。
「そんなに言い難いことですか?」
「言い難いっていうか……我ながら困った思考だなぁと実感している最中でね」
「――はぁ」
 アカシャのタイミングのズレた相槌に――当然だ、まだ何も語られていないのだから――、エルシェは目だけで天を仰ぎ、背もたれへ全身を寄りかからせた。
「多分、オレは。オレを忘れて欲しくない相手に対して、そういう約束をする。そうやって、相手の心に永遠に居座ろうとする」
「ほう」
 一言一言を区切るエルシェへ、アカシャは少しだけ紫の眼を大きくする。
「意図的に不義理を働く、ということですか」
「……そうとも言う、ね」
 アカシャにとって、果たすつもりのない約束は嘘も同義。|縁《よすが》としてきたものが嘘であると知った時、人は傷付くだろう。故にこそ、結ぶならば、己が叶え得る範囲の約束に限定する――そう考えるのがアカシャだ。
 だのにエルシェは、望んで嘘を吐くのだと言う。
「相手の未来を思うなら、やってはいけないことだ。アカシに尋ねられて、約束を残される方の立場を初めて考えて、めちゃくちゃ反省中ではあるんだけど、さ」
 しっかり開いた茶葉が、|水色《すいしょく》を橙赤へと変えてゆく。ふくよかな味わいを想像させる、心を豊かにする色だ。
「それでも。心残りを言い訳に、大事な人の心に生涯消えない傷を遺そうと足掻くかもしれない。忘れられたくない、その一心で」
 エルシェの云わんとする事は分からないではない。が、酷くまどろっこしくも感じる。
 はぁ、と。アカシャはこの日、二度目の生返事を唱えながら、砂が落ち切るのを見届け、硝子のティーポットを手に取った。
「わざわざそんな回りくどい事をせずとも、『忘れないで』と言えば済むのでは?」
「だ・よ・ねー! うん、分かる。超ド正論!!」
 とぷとぷと、アカシャは揃いのカップに紅茶を注ぐ。まずは手元へ引き寄せたエルシェの分を、そして続いて自分の分を。
「あ、ごめん。ありがとう」
 アカシャが押し遣ったカップを受け取るエルシェは、アカシャの記憶のどれより隙が多いように見えた。だからアカシャは、この時間にひとつはっきりしたことをつらりと述べる。
「つまり。エルシェ氏には、それだけ大事な|イイ《・・》人がいらっしゃる、と」
「着地点そこ!?」
「おお、否定されない」
 紅茶とケーキを肴に旧交を温めるまでの、繋ぎの一時。アカシャが欲したのは、“納得”ではなく、新たな知見。その距離感をエルシェも取り違えることはないようで、変わった話題にいつもの調子でひょいと飛び乗った。
「否定はしないねぇ」
「これまた潔い。その昔、|未来と自由をかけた戦い《お見合い》に赴くのを全力で拒否っておられたエルシェさんとは思えませぬなぁ」
「そういうアカシこそ、結婚してお母さんになったんでしょ」
 互いに、惚気話の一つも引き出そうと、腹を探り合う。
 しかし双方、現状を隠しているわけではないので、ただの近況報告だ。そうしてアカシャとエルシェは、何に縛られるでもない今の幸福を語り合う。
 合間に口に含んだ紅茶は、水色通りの味わいだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年10月12日


挿絵イラスト