君色修学旅行〜君と食する沖縄時間
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「ミカー! 見てみぃ! 美味そうなのがぎょうさんあるで!」
瞳を輝かせてはしゃいだ声を上げる幼馴染に頷きを返し、彼は眼鏡の奥の目をそっと細める。
(「――こういうこともあるものなんだな」)
人生、本当に何があるかわからない。
そんな風にしみじみと幸せを噛み締めながら、彼は自分の身に起こったことの始まりを、しばし回想する。
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修学旅行にて訪れた沖縄の地で、一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)のグループがやってきたのは、道の駅 |許田《きょだ》だった。
沖縄本島北部「名護市」の入り口に位置する、通称「やんばる」と呼ばれる沖縄本島北部エリアの農産物、特産品、観光情報などがぎゅっと詰まったその場所は、沖縄観光に訪れる旅行者で知らない者はいないと言っても過言ではないほどの地名度を誇る。
そんな道の駅内の、「物産センター」と呼ばれる施設に、帝は足を踏み入れていた。
(「――有名所とは聞いていたが……確かに納得だな」)
どこか古めかしさが感じられるそのフロアは、所狭しと並べられた土産物と、それらを買い求める、観光客や地元の人々の賑わいに溢れていた。
雰囲気に少しばかり圧倒されながらも、帝は眼鏡越しに映る景色を興味深げに眺める。
修学旅行先が沖縄なら、是非とも自由行動で回る場所に含めて欲しいとグループのメンバーがリクエストした理由も、今ならよくわかる。
(「それにしても食べ物が多いな」)
目に止まるのはフロア内外で購入できる食べ物の数々だ。
フロア内のフードコートにある地元料理も魅力的だが、外には「パーラー」と呼ばれる形式の店舗も並んでいて、ちょっとした軽食をテイクアウトで購入することができる。
「サーターアンダギー」というドーナツにも似た揚げ菓子や、「沖縄天ぷら」と呼ばれる、帝の地元で見る天ぷらと呼び名こそ同じだが全く異なる食べ物など、興味深いものも多い。観光客の財布の紐が緩んでしまうのも頷けてしまう。
(「……ここに飛鳥が居たら、絶対目を輝かせているんだろうな」)
沖縄グルメを目にするたびに思い浮かべるのは、今は別グループで行動しているであろう、幼馴染の知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)のこと。
同じ学校で同じ学年だから、飛鳥もまた帝と同じく沖縄での修学旅行に訪れているはずなのだが……残念なことに、飛鳥は2年A組。2年D組である帝からはどうにも離れていて、クラス単位でのニアミスの確率も低そうだった。
その事実を知った時の帝が感じた寂しさは相当なものだった。学校やクラスが悪いわけではないが、感情的な問題はそうそう割り切れるものでもない。
とはいえ、同じクラスのグループの仲間達と過ごす時間が楽しくないわけではない。ここは気持ちを切り替えるべきだと、帝は改めてフロアを見渡した。
(「飛鳥と一緒じゃないことは残念だが、その分、土産話の一つに何か買って渡すのもいいか」)
流石にテイクアウト系は無理だが、保存できるものであれば、帰宅後に土産として差し入れられるし、「食研」こと「食物文化研究同好会」の活動にも貢献できるだろう。
飛鳥は甘い物が好きだから、菓子関連がいいだろうか。
……などと考えながら、帝があれこれと眺めていると。
「あー! ミカ?!」
ふいに飛び込んできたのは、聞き覚えのある声だった。
心臓が跳ねる。そんな風に帝を呼ぶのは、思いつく限り一人しかいない。
(「まさか――、」)
自身の心臓を落ち着かせながら視線を向けた先には、はたして見覚えのある男子の姿があった。
桜を思わせる薄ピンク色の髪、紫色の瞳。愛らしい顔にぱっと笑みの花を咲かせたその人物を、帝が間違えるはずもない。
「……飛鳥、来てたんだな」
「やっぱミカや! こんな風に会えるなんてめっちゃラッキーやな!」
「そうだな」
本当に幸運だと思う。思い描いてたことが現実になるなんて、そうそうあることではない。
「せっかく会えたんやし、ミカ、俺と一緒に見てまわらへん?」
「いいぞ」
「ええの?! てか、即答して大丈夫なん?」
「ああ。俺のグループは寛容だからな」
ちらとグループの面々を見やる。それぞれ異論はなさそうだ。次の場所へ移動する際の落ち合う場所さえ決めておけば特に問題はないだろう。
「それにこの場は、『食研』の活動の場としてもいいと思うしな」
間違っても「ずっと一緒に回れたらいいのにと思っていた」なんて言わない。部活のことも、先ほど一人見て回っている時に考えていたから、嘘をついているわけでもない。
「せやな! 美味そうなもんめっちゃ多いし!」
キラキラと瞳を輝かせ、飛鳥もまた、自分のグループの面々を見やった。あちらも特に異論ないらしく、「どーせならこの場だけ各々フリーで動こうぜ」などと言う声まで上がっていて。
「よっしゃ! ほな、それぞれ美味いもんと土産タイムを堪能するで!」
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「ミカ! 行くで!」
帝が人知れず回想に浸る間にも、ちゃっかりしっかり施設内の美味しいものを物色していたらしい飛鳥が、くいっと帝の腕を掴み、引っぱりながら声をかけてくる。
「あれ食べるで、ポーたま!」
「……ポーたま?」
「ポーク玉子おにぎりや! 見てみぃ、ポークの赤に玉子の黄色、白いご飯のグラデーション! 美味いで!」
「ああ、確かに美味しそうではあるな」
「せやろ? 早速買うてきたで! 半分どうや?」
「流石に半分にはしづらくないか? 構造的に」
「あー、……ほな、沖縄天ぷらはどうや? こっちもさっき買うてきたで!」
「いつの間にだな、一つもらおう」
「美味いか? ……って、なんや、首傾げて」
「魚と思ったらイカの天ぷらだったみたいだ」
「あはは、やってもーたな! そら見た目ではわからへんしな!」
「まぁ、これも美味しいから問題はないんだがな」
「あ、ミカ、あっちのも美味そうや! 一口サイズのちっこいまんじゅうがようけ入っとる!」
「10円のまんじゅうとあるな。確かに小さくて食べやすそうだな。……食べるか?」
「食べたい! けど、今両手塞がっとるしなー……」
右手にポーたま、左手に天ぷらの入った袋を持ち、むむ、と考え込む飛鳥。
「……ふむ、」
そんな幼馴染を前に、帝が動いた。
一口まんじゅうが10個入ったパックを購入すれば、その蓋を開け、中の一つを手に取る。
普段であれば絶対やらないが、今は修学旅行という名の非日常イベント。……大丈夫、なはずだ。
「……口開けてみろ、飛鳥」
「ん? こうか?」
素直に従った飛鳥の口の中に、まんじゅうを軽く放り込む。
「……とりあえず一口な」
「……?!」
驚いた様子で目をぱちくりとさせ帝を見つめる飛鳥。
「美味しいか?」
「……ん」
口をむぐむぐとさせ頷く飛鳥に、帝は目を細める。
まんじゅうも美味しいのだろうが、それを食べる飛鳥を眺めるのもある意味美味しい。
心なしか飛鳥の耳が赤くなっているような気がするのは……流石に男子高校生的に恥ずかしかったか。
「……もう一ついくか?」
帝は再びまんじゅうを手にする。美味しいのならもっと食べさせてやりたいと思うのは、やましい気持ちからではない、断じて。
「……や、俺ばっか食べとったらあかんやろ! ミカも食べや? なんなら食べさしたる!」
「……」
反射的に「いいぞ」と言いかけた自らの口を帝はキュッと引き結び、すっと目を細める。
「……お前、両手塞がっているだろう?」
「……はっ! せやったぁぁぁ!」
「……まぁ、ゆっくり食べろ」
どこまでも平静を決め込んで、帝は手にしたまんじゅうを自らの口へと放り込む。
まんじゅうは、黒糖風味な外側のもちっとした食感と中の餡の程よい甘さがとても美味しかった。
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――そんな風にひとしきり沖縄グルメを堪能した後。
帝は飛鳥とともに「物産センター」の屋上階へやってきた。
展望スペースと休憩所の役割も兼ねているらしいその場所は、食べ物や土産物を販売している一階の外階段から上がったところにある。たった一階違うだけなのに、階下の賑わいが少し遠く感じられ、そよぐ風が心地いい。
「ミカ、あっちに海が見えるで! めっちゃエメラルドグリーンや!」
目を輝かせながら飛鳥が指差す先を、帝も眺めやる。
そこには、真っ青な空の下、陽の光を受けてキラキラと輝く海が広がっていて。
「……ああ。海にはこんなに色があるんだな」
「ほんまに! 景色もええし、食べ物も美味かったし。沖縄ってめっちゃ楽しいとこやな~!」
「そうだな。今帰仁城跡の眺めもなかなかだったしな」
「へぇぇ〜。美ら海水族館以外にも観光スポットあったんか!」
「ああ。もっと北だと大石林山とかもあるらしい」
「へぇぇ〜。ほんま、修学旅行だけじゃ全部回りきれへんし、また来たいわ!」
「じゃあ次は家族旅行とかか?」
「家族とももちろん行ってみたいんやけど、ミカともがっつり沖縄巡りたいんよなぁ」
にぱっと笑う飛鳥に、帝は眼鏡の奥の目をわずかに細める。
それは、幼馴染にとっては他意などない、純粋な友情からの言葉なのだろう。
けれど、その言葉は簡単に帝の心を揺さぶってくる。
幼馴染の中にあるだろう自分の立ち位置は、嬉しい反面、時折少し切なくもあって。
「……それじゃあ、卒業旅行の候補にするか?」
うるさい胸の鼓動はそのままに。帝がそっと口に乗せたのは、ささやかな未来の約束だった。
内に秘めた想いを、言葉に紡ぐことは、まだ。
今はこの居心地のよい関係をそのままにしておきたいから。
「おっ、ええなーそれ!」
ぱっと笑う飛鳥に、帝は頷きを返す。
今はこの嬉しそうな笑顔だけで十分だ。
「その前にお前がちゃんと卒業できるように勉強しないとな」
「ちょっ、どんだけ俺のことアホやと思てんねん!」
今だ夏色残る南国の青い空に響き渡った、幼馴染のツッコミの声に。帝は小さく口元を綻ばせ、笑みを浮かべたのだった。
成功
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