きみへ、とっておきの|味《エール》を
「ええて、おにぃ。ワイ、行きしなにコンビニ弁当買うてくさかい」
通っている中学校の体育祭前日たる今日、弁当を作ると張り切っていた母が風邪で寝込んでしまったと知った弟の|澄春《スバル》は、いつもと変わらぬおっとりとした表情と声でそう言った。
だが、だからといって「なら、そうしいや」と終わらせられる飛鳥でもない。
幼いころから3人の弟妹の面倒を任されることも多かった身ならばこそ、弁当を作るくらい容易いこと。なにより、折角の体育祭にひとりコンビニ弁当なぞ広げさせるなんて、想像しただけでも切なすぎる。兄として、到底見過ごせはしない。
「なんや? 澄春。俺が早起きできひんと思ってるんか?」
「ちょ、そういうんや――」
反射的に否定してから気づく。これは兄の“十八番”の返しだ。
そう言ってカラリと笑われてしまえば、断るにも断りにくい。知ってか知らずかそれをやってくる飛鳥へと短く息を吐くと、澄春は観念したかのように眉尻を下げて微笑んだ。
「――分かった。ほな、おにぃに任せるわ」
「おう、美味いの作ったる!」
翌朝、まだひんやりとした空気のなか、手早く身支度を調えた飛鳥はキッチンへと赴いた。水回りに面した窓から見える柔らかな秋晴れに、自然と口許も緩む。
「さてと。元気も力も出せて優勝できるようなもん、作らんとな!」
昼食後も競技はあるだろうから、あまり重すぎないものが良いだろう。屋外での食事であることも考慮すると、食べやすく、炭水化物や蛋白質、野菜などをバランス良く採れるもの――。
「やっぱり、サンドイッチが最適解やろ」
そうと決まれば後は早い。冷蔵庫の中身を確認して具材を決めると、飛鳥は必要なものをずらりとテーブルに並べた。
具材のバリエーションが多いのが魅力のサンドイッチを作るならば、1種類では面白味がない。然程手間でもないし、幾つかの種類を用意しようと、頭の中で素材の組み合わせを考える。
「まずは……パンはこれとこれやな」
手に取ったのは、普通の食パンと、生地が茶色いオーガニックパン。
食パン数枚をトースターにセットしてから、残った数枚の耳をパン包丁でカットする。片やオーガニックパンは、耳まで雑穀が詰まっているからそのまま使う。
焼かない白と、焼き色のついた茶、それよりもう少し濃い茶の3色パンで、見目と食感を愉しませる。
挟む具材も、勿論3種。
食材は被るものもあるが、味つけで如何様にでも様変わりする。それもまた、サンドイッチの利点だろう。
鶏胸肉を皮がカリカリになるまでオーブンで焼いたら、塩・胡椒をかけたあとに蒸して完全に火を通す。その間に、レタスと紫キャベツの千切り、トマトの輪切りを用意しておき、蒸し終えた鶏肉を適度な大きさにカットしたら具材の完成だ。
「これは焼いとらん食パン向きやな。鶏やけど結構あっさりめやから、合わすならマスタードやけど……あ、」
単に市販の味をそのまま使うだけでは面白味がない。閃いたとばかりににまりと笑うと、飛鳥はビネガーとにんにく、塩・胡椒を少しずつマスタードに混ぜた。ツンと来る辛さに混じる酸味と旨味だけでも食欲がそそられる。
白い食パンにそれを塗り、レタス、鶏肉、紫キャペツ、トマト、そして再びレタスを重ね、食パンで蓋をしたらまずは1種できあがり。
次に作るのは、焼いた食パンを使ったサンドイッチ。
卵を半熟に茹でている間に、マヨネーズとスモークチーズを2:1の割合で混ぜた特製マヨネーズを用意する。
「お、良い感じにとろみがついとるついとる」
茹で終えた卵の殻を剥き、先にカット済みのトマトと同じように薄い輪切りにしたら、程良い焦げ目のついた食パンにバターを塗り、サニーレタスを敷いたうえに卵とトマトを交互に並べる。そこに特製マヨネーズをかけ、塩・胡椒で味を調えてからサニーレタスとパンを重ねれば、2種目も完成。
とろりとした卵の甘味と、トマトの酸味。そのふたつをクリーミーでまろやかなコクを持つスモークチーズが包み込み、鼻を抜けていく燻製独特の香ばしさが、一層満足感を膨らませてくれる一品だ。
「最後のひとつは……これやこれ!」
得意気に取り出したのは、小海老のパックだった。塩:砂糖を3:1の割合で入れた熱湯にそれを入れ、さっと茹でてからざるにあげて暫く冷まし、殻を剥く。
その傍らで用意するのは、やはり一手間加えたマヨネーズ。同量のマスタードとレモン汁を加えて味に奥行きを出したそれを、バターを塗ったオーガニックパンにレタス、小海老、輪切りのトマトを乗せたうえにたっぷりとかけ、塩・胡椒を加えたらまた、レタスとパンで挟み込む。
食べた瞬間に口いっぱいに広がるであろう、ぷりぷりとした小海老の食感。その海の風味を辛味と果実の酸味の混ざったマヨネーズが引き立て、トマトがさっぱりとした後味を添える。
ともすれば物足りなさが残ってしまいそうにも関わらず食べ応えがあるのは、普通の食パンよりも甘く、風味もあるオーガニックパンの成せる技だ。ほかのパンではこうはいかない。
「よっしゃ、これで全部やな! あとはこれをこうして――」
ご機嫌で鼻唄を歌いながら、食品用ラップでぎゅっと強めに包んだサンドイッチを暫く寝かせる。こうして味と具材を馴染ませたほうが後々カットもしやすくなるというのは、弟妹の面倒を見てきた過程で覚えた小技のひとつだ。
あとは、巻きつけたラップごとパン用包丁でふたつに切り、ワックスペーパーで包んで深めの弁当箱に入れれば――、
「できた!!!」
色とりどりで見目も鮮やかな、飛鳥特製サンドイッチ。その出来映えに満足気に頷いたところで、階下へと降りてくる足音が耳に届く。
「おはよう、澄春。――どや? ちゃんとやっとるやろ?」
「おはよう。って、元々疑ってなんてあらへんよ。……ありがとうな、おにぃ」
嬉しそうに笑う、その顔が一等見たかったから。飛鳥もまた、眦を緩めて満面に笑む。
そうして朝支度を終えた玄関先。
――ほな、気張ってきいや!
――おう。行ってくるわ。
見送りに来た飛鳥へひとつ微笑むと、澄春は手にした弁当の袋を柔く掲げて見せた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴