Castanea crenata
●秋の実り
お裾分け、というのは非常に良い文化であるように思える。
誰かに何かを分け与えるということは己の生活に余裕がある証拠でもある。また同時に同じコミュニティに属する者同士の相互扶助というものでもあるだろう。
助ける者がいて、助けられる者がいる。
そうした立場が逆転し、また人の営みが続いていく。
理屈を言葉にすれば、きっとそういうことなのだろう。
けれど、そんなこと抜きにしたっていいのだろうと思う。誰かに思いを共有して欲しいから、またはいつもお世話になっているからだとか、そういう理由でいいのだ。
世界はもっと単純でいい。
巨大なクラゲ『陰海月』がそう思っていたかどうかは問題ではない。
秋の実りというのは、多くの人に配るべきだ。
きっとそう思ったのだろう。
日頃世話になっているグリモア猟兵。ナイアルテのことを『陰海月』は思い浮かべる。
いつもグリモアベースで会う彼女のことを覚えていた。
真面目な顔をしているが、時折、抜けているところがあるグリモア猟兵。
彼女が更新している『イェッター』と呼ばれるSNSを『陰海月』は知っている。いつも甘いものを食べている彼女。
「ぷっきゅ!」
「はあ、栗を。ええ、構いませんよ。そもそも貴方達が取ってきてくれたものですからね。栗ご飯には十分頂いてますし」
馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の一柱『疾き者』は首を傾げる。
何やら『陰海月』がこの間『霹靂』と共に取ってきた栗を分けて欲しいというのだ。すでに皮を剥いて処理は終わっている。
何をどうするつもりなのだろうか。
「ぷきゅ!」
「ははぁ、なるほど。栗餡を作りたい、と。栗まんじゅうを?」
そうなのだ。
折角取れた栗である。栗ご飯も大変美味しいのだが、甘味としても栗の風味というのは軍を抜いている。
秋のスイーツと言えば、お芋との二大巨頭であろう。
その言葉に『疾き者』は頷く。
彼が何かをしたいと思うのならば、それに応えるのが年長者の務めである。
「できますか、一人で」
「ぷきゅ! きゅきゅ!」
自分でなんとかしてみる! と意気込む『陰海月』に何かあったらと『疾き者』は台所から退出するも、どうにも気が気じゃない。
火を使うし、刃物だって使う。
力仕事は問題ないとしても、気になってしまって、ついつい隠れるように見守ってしまうのだ。
餡を作って包んで卵液を塗って。
単純と言えば単純だ。
けれど、奥が深いとも言えるだろう。せっかくだし、おじーちゃんたちにも食べてもらおうと数を多く用意する。
やきあがっていくと卵液が焦げ目となって、それこそ栗の皮の色合いに変わっていく。
これがまた見た目にも可愛くて楽しい。
「ぴゅき!」
うん! これは上出来!
早速包装して『陰海月』はウキウキである。
「あー『陰海月』。折角であるから、日頃のことをお手紙にしたためてみては?」
「きゅ?」
「色々あるでしょう。感じたこと。思ったこと。それを素直に書きしたためることで、人にしっかり伝わるものがあるのですよ」
そう言って『疾き者』が便箋と鉛筆を手渡す。
なるほど。
そういうことは考えたこともなかった。確かに自分とグリモア猟兵であるナイアルテとでは使う言語が違う。
伝わっていることもあるだろうが微妙なニュアンスが伝わるかもしれない。
なら、練習している文字の出番である。
鉛筆を握る。
多くのことを伝えたいと思った。
いつも予知で事件を教えてくれてありがとう。
『プラクト』に出会えたのも、嬉しかった。
『イェッター』でいつも美味しそうなお菓子を教えてくれてありがとう。
時折仕事の終わりに飴玉をくれて嬉しい。
色んなありがとうと嬉しいが心にあった。
今日は、このお屋敷の側で採った栗を使って作った栗まんじゅうを食べてね、と一筆認める――。
●受け取る者
その包みを受け取ったナイアルテの笑顔は、それはそれは輝くものであった。
陽の光のように輝く金色の髪。
煌めく薄紅色の瞳。
赤らむ褐色の肌。
どれもが彼女の感情を『陰海月』に教えるものであった。
「ありがとうございます! これは! 秋の実り! 栗まんじゅう!!」
わあ、と手に取った栗まんじゅうを掲げて見つめる瞳は幸せの色。
一口早速頬張ってしまうのは、彼女がもう甘味を我慢できなかったからだろう。
『イェッター』通りの反応だなーって思ったかも知れない。
「んんっ! これは、なめらかな栗餡の感触! 風味! いいですね、これがザ・秋の実り……ん、え、あっ……!」
そこでナイアルテは『陰海月』の手紙を見つける。
それはヘロヘロの文字で読みづらかったかもしれない。
れど、いつもありがとう、という気持ちはいっぱい籠もったものであったのだ。
ナイアルテは栗まんじゅうよりも何より、その気持が嬉しくて一番の笑顔を持って『陰海月』と同じ位の『ありがとう』を告げるのだった――。
成功
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