●対価
そう、労働には対価が支払われるべきである。
然るべき値でもって、だ。それが健全なる取引を生むものであるし、また循環を描くものでもある。
不当な対価は不当な結果しか引き寄せない。
いずれにしても、そういうふうに世界はなっている。理であると言ってもいいだろう。
『陰海月』と呼ばれる巨大なクラゲは常々思っていたのだ。
働くということ。
自らが共にある猟兵……馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)は世界の為に戦っている。それが猟兵というものだ。
世界の破滅を防ぐ、世界に選ばれた戦士。
その傍らで自分は何をしているだろうか。
先日、別の世界での事件の折に『陰海月』は思ったのだ。
お金、というのはそれ単体では効果を発揮しない。溜め込んでいるだけでは、ただの数字でしかない。使うからこそ、目減りするからこそ、その価値を発揮する。
対価の支払いによって得られるものは、様々な形態があるだろう。
食事であったり、経験であったり、はたまた物品であったりもする。
「ぷっきゅ!」
『陰海月』はご機嫌だった。
お目当ての品が手に入ったからだ。それに人気新商品を手に入れた、という経験は、心を豊かにしてくれる。
少しの優越感と、満足感。
それとプラモデル。
作る、ということが好きだ。
触腕が複数ある、ということも含めてそうだが、手先がどうやら自分は器用らしい。あみぐるみやぬいぐるみといったものを作り出すのは楽しいし、それが誰かの役に立てているのならば、こんなにうれしいことはないはずだ。
そう、本当はお小遣いの前借りをしようと思っていたのだ。
一生懸命お手伝いを頑張るので、欲しい商品の金額までお小遣いを、と。
「いえ、それには及びませんよ」
『疾き者』は微笑んでいる。
どういうことだろうかと思っていると、財布からお札を取り出してくれる。それは彼らの持つお金ではなく『陰海月』のものであると語られる。
わからない。
自分がそのような仕事をしたとは思っていないし、なんなら追加で仕事を頑張ろうとさえ思っていたのだ。
「ああ、これはですね。以前の事件の折に邪神に捧げる人形を作ったでしょう」
「ぷきゅ?」
ああ、と思い出す。
UDCアースにおける邪神にまつわる事件。
UDCの少女をなだめる為に多くの人形が必要になった事件だ。あの時に自分は『霹靂』――ヒポグリフの人形を作っていたのだ。
だが、あれは悪魔でUDC怪物をなだめすかすためのものであったはずだ。
「いえ、どうやら適度な大きさで抱きまくらとして活用されていたようです。ただ、それがですね……」
「きゅ?」
「修繕が必要になったようで、その依頼が着ているのです。頼めますか?」
それはつまり、逆なのだ。
自分が前借りするのではなく、自分の技術、技能に対する先払い。『陰海月』は二つ返事で頷く。
こうして『陰海月』は目当てのプラモデルを手に入れ、意気揚々と屋敷へと戻る。
だが、話は此処では終わらない。
そう、手に入れる事ができたプラモデルは、仕事の先払いをもらった以上、後回しにしなければならない。
「きゅっ!」
彼の集中力は尋常ではなかった。
留守番をしていた幽霊の『夏夢』も、猫の『玉福』も、『霹靂』でさえ、集中している『陰海月』を邪魔することはできなかった。
布を裁ち切る。
糸を通す。
触腕が忙しなく動き、正確で見事な手仕事をなしていく。
確かに精確さだけで言うのならば、ミシンや機会の方がよいのだろう。速度だって違う。
けれど、其処に籠められた意味を理解しているのと、必要としてくれている者がいるという想いが違う。
その分だけ、『陰海月』の仕事は向上していくのだ。
「きゅ~……」
わかる。
これはきっと大切にしてもらっていたのだと。
かつてはUDC怪物の慰めのために。今はUDC組織の職員の心の安寧のために使われている。
ならば、これはきっと誰かのためにという仕事なのだ。
仕事に貴賤はない。
わかっている。でも、それだけの理屈でもないのだ。どうしたって力がこもってしまう。
また、癒やしを振りまくことが出来るように。
誰かのためになりますように。
その願いのままに『陰海月』は縫い上げて行く。
出来上がったヒポグリフの抱きまくらは、なんとも誇らしげな表情をしているように思えただろう。
「ぷっきゅ!」
完成! と一つ鳴く。
すると手元に残っていた端切れが目に入る。なんとなく、思ったのだ。
友達の側には友達が居て欲しい。
なら、と『陰海月』は、また一仕事する。
夏の終わり、秋の訪れを知らせるような風がヒポグリフのぬいぐるみをかすかに傾がせる。
その隣には小さなクラゲの人形が寄り添っている。
誰かのためにと思ったそれは、必ず伝わるのだ。そして、めぐりめぐって、また自分の元へと優しさが戻ってくるのだ。
それはきっと――。
成功
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