ティタニウム・マキアの悪戯
●秋の夜長
夜風に虫の音色が聞こえてくる。
緩やかに滅びを得ていくサイバーザナドゥにおいても、秋の風情というものは感じようと思えば感じることができるのだ。
それにサイバースペースであれば、そうした過去の地球の環境、理想と言われた四季を再現するのは難しくないことであったかもしれない。
仮初めの電脳空間でありながら、現実と変わらない。それどころか現実以上のものを表現して見せる。
「あっ♥ こんなところでダメです……」
わからないでもないことだ。
手の届かぬものであるからこそ、人は求めてしまうのだ。
「大胆なのですね……ですが、嫌ではないのですよ。本当ですよ?」
……。
先程から聞こえてくる声。
なんていうか、こう人が真面目な顔しているのにちょいちょい茶々を入れてくる感じ!
「頼むから人の話聞いてくんねーかなぁ!?」
亜麻色の髪の男『メリサ』は思わず喚いたし、呻いた。
なんかスペースに連れ出されたと思ったらこれである。眼の前で白地に青の水仙をあしらった柄の浴衣を纏ったステラ・タタリクス(紫苑・f33899)がいる。
それもなんか胸元はだけている。
目のやり場に困る上に、誰かの耳目に触れようもんなら大変な誤解を受けてしまう状況にされてしまっている。
いくらここがサイバースペースだからといってもやりすぎである。
いや、本当に。
ていうか、なんでサイバスペースの己の隠れ家を探知されたのだろうか。
どういう理屈なんだろうか。
「いやですわ、『メリサ』様。浴衣のメイドに恋の嵐を吹き荒れさせて、花を散らせようだなんて。乱れに乱れてしまいます!」
「いや、いつもと変わんねーんだけどぉ!?」
「えっ? いつものメイド服のほうが似合う?」
「そういう『いつも』のつもりで言ってないんですけどぉ!?」
「やだもー『メリサ』様ったら、メイド好きすぎません♥」
はーと、じゃないが。
いや本当にもうこのメイド人の話を聞いてくれない。
ていうか、どうやってここを知ったのだろうか。尾行されている感じはなかったはずだ。トラップもあったはずだ。
「メイドたるもの、いつまでもサイバー苦手とか言っていられないのです。全て突破してきました」
にこり。
微笑むメイドに『メリサ』は背筋が寒くなるのを感じた。
え、あのトラップを? 全部?
「なお、『ケートス』様にレクチャーいただきました」
「あいつぅ! 何してくれてんだよぉ!」
「なんか怯えてましたが何ででしょうね?」
「アンタがいきなり現れて有無を言わさない勢いで詰め寄ったからだ!」
「……他の女性の話を私の前でしないでいただけますか?」
ステラの瞳からハイライトが消えている気がする。
情緒。
このメイドの情緒がどうなってんのか知りたい。
「そんなことより」
チラ、チラッ。
視線が『メリサ』に刺さる。投げナイフだって、もうちょっと切っ先が丸いわ。という視線であった。催促の視線に『メリサ』は観念したように息を吐き出す。
「……似合ってるよ。いつもと髪型も違うんだ」
なんか、今、キュン♥ みたいな音が聞こえた気がするが気の所為であるはずだ。気の所為ったら気の所為。
「解っていただけますか。水仙の柄は『知性美』を表すと言います。まさに私向け……」
「知性……? 凶暴性でなく? あだだだ!」
ステラのアームロックが炸裂している!
ぎりぎりと締め上げられながら、ステラはメリサの耳元にささやく。
「当てていますが、おわかりになられますか?」
「今、そういう感じの台詞言う流れじゃなかったよね!?」
「冗談です♥ いえ、こういう場所で恋人の逢瀬ともなれば、このような戯れも必要でございましょう?」
密着を果たしてステラは浴衣の薄い生地越しに互いの体温の交換を行うように『メリサ』の亜麻色の髪から香る匂いに笑む。
目が♥になってる気がする。多分気の所為。気の所為だってば!
「それはそうと、新しい『悪だくみ』、何か画策されてます?」
「してまーすっていうわけねーじゃん!」
「いえ、もしそうなら今度は『そちら』に混ぜていただけたら……」
そう囁くステラの拘束をすり抜け、『メリサ』は逆にステラの腕を後ろ手に拘束して押さえつける。
またキュンだが、ギュン! だか音がなった気がしたが『メリサ』は聞かないフリをした。
「……アンタみてーな、お綺麗な人を巻き込むなんて言えやしねーよ」
その声はどこか甘やかな声色であったようにステラには思えただろう。
自分は彼の『悪だくみ』の先にある景色を見たいと思っていただけなのだ。けれど、『メリサ』は抑えていた手を離して浴衣のステラのはだけた胸元を直す。
「……どう隠したってアンタ『達』はやってくるんだ。慌てなくたっていーじゃんよ」
そう言って、いつか見た日のような屈託のない笑顔を浮かべステラの額を小突く。
きっとそれは、秋の夜風が見せた夏の熱気の残滓。
その悪戯であった――。
成功
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