秋、揺れる風に裾はためく
●秋祭り
涼やかな風が流れるように頬を撫でる。
浴衣の裾を揺らすような、それはきっとこれから訪れる冬の到来を予期させるものであったことだろう。
秋祭り。
それは、収穫祭と言っても良いものだった。
古来より秋とは大地からの恵みに感謝する季節でも在り、実り多き季節でもある。しかし、同時に暗黒とも言える不毛の冬の到来を知らせるものであった。
だからこそ、なのかもしれない。
秋祭りという賑やかさでもって、冬の暗黒を乗り切る糧にしようとするのは。
「大所帯となりましたねー……」
馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の四柱は、大いなる戦いの後、こうして拠点にしているUDCアースへと戻ってきた。
季節は秋。
祭がそこかしこで行われていて、その祭り囃子に誘われるようにしてやってきていたのだ。
伴をするのは巨大なクラゲ『陰海月』だけではなく、ヒポグリフの『霹靂』。
それにまるで興味はないけど? まあ、みんなが行くなら? ついていってやってもやらんことはないし、吝かではないし、むしろ、渋々って感じですけど? な猫『玉福』。
そして、そんな『玉福』に引っ付くように浴衣の姿をした不定形で不特定な性差を持つ幽霊『夏夢』。
彼らと共にやってきていたのならば、それはそれはにぎやかなものとなるだろう。
「ぷっきゅ!」
「クエ!」
だーっと走り出す様はまだまだ子供のように思える二匹の背中を見送る。
彼らはかき氷を目当てにしているようであったし、『玉福』はそこかしこから漂う芳しい匂いに鼻をヒクヒクさせている。
「お猫様は何を食べられますか! 私! 見えないですけど、買ってきます!!」
猫のことなら気合十分である『夏夢』。
しかし、幽霊である彼女は余程の霊感がなければ、認識されることはないだろう。
「私が買ってきますよー」
「ええっ、それは悪いのでは……!」
「いえ、大丈夫ですよー。こうして私の体を使えば、ほら」
そう言って『夏夢』を己達の体に下ろす。
彼ら自身も悪霊であるが、束ねられた外側に纏うようにすれば実態を持って活動することができるというわけでである。
「にゃ」
そんな『夏夢』を纏うような姿になった四柱たちに『玉福』は、先程から気になって仕方のかなったヨーヨー風船を示して見せる。
あまり見たこと無いものだったのだろう。
それはUDCアースに生きる者たちにとっては珍しくないものであったが、常に見ることのできるものでもなかった。
そう、この祭の季節しか見ることのできないものである。
「これが気になるのですね! おまかせください!」
『夏夢』の張り切り具合ったらなかった。
其の手さばき、まるで生前ヨーヨー釣り名人であったのではないかという疑惑が立つほどの手腕。
こよりの先に繋がったフック。
それは金属であるが故に、水を伝ってどうしたって濡れてしまう。
けれど、『夏夢』はこよりが水に濡れるより早く、一瞬でもってヨーヨーを釣り上げてしまったのだ。
「……お、おおお……!?」
周囲の人々の反応がすごい。
どうやったのかまるでわからない凄まじい速さ。誰もが見逃す中『疾き者』だけは見逃さなかったようだ。
「やりますねー……」
「あ、いえ、あはは、こういうのよくやっていたのかもしれません!」
「ぷきゅー!」
自分もー! と『陰海月』たちが寄ってくる。
手にはベビーカステラに焼きとうもろこしにりんご飴!
もうそれはやりたい放題な様相であったことだろう。無敵感が凄まじい。さらに『霹靂』の上に『玉福』は乗って、釣り上げたヨーヨーを手で弾いたりしている。
「あ、そうじゃないんですよ。これって、こうするんです」
輪ゴムの先を自分の指に嵌めて、バインバインと揺らして見せる。その様に『陰海月』たちは目を見開く。
『玉福』にいたっては、一瞬何が起こったのかわからなかったのだろう。
瞳孔の開きっぱなしのまんまるの瞳で揺れるピンクの水風船のヨーヨーが上下するのにあわせて、首を振っている。
まるでヘッドバンギングである。
ノリノリである。
いや、ちょっと目を回している。
「ふふ、楽しんでいるようですねー」
「はい、お猫様が喜んでくださってよかったです!」
『夏夢』は更に『陰海月』と『霹靂』のためにもヨーヨーを目にも止まらぬ速度で釣り上げてプレゼントしている。
もうすっかり屋敷の一員と言って良い『夏夢』の振る舞いに悪霊の四柱たちもどこか嬉しげな気配が漂っている。
秋の夜長はもうすぐ終わる。
夏の暑さ、その残暑は未だ続いてはいるけれど。
しかし、その暑さにも終わりが来る。
実りの秋は短く、来る暗黒の冬は長い。
春の訪れを待ち遠しく思うことを今からしなくてもいいだろう、と彼らは思う。
今という刹那であっても、秋の到来は確かに彼らの心に涼やかな風の一陣を訪れさせ、四季の鮮やかさを教えてくれていたのだから――。
成功
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