●お徳用
他世界を知る猟兵であればわかることだが、世界は一つではない。
三十六世界ある世界の一つが己の生きる世界であると認識できる者は多くなく、しかし、知ってしまえば、多くの世界での共通点を己の知識の中から見出すことができるだろう。
ノーメン・ネスキオー(放浪薬師・f41453)は長らく薬師として長らく放浪していた。
多くの材料を手にしたし、多くの知識に触れもした。
しかし、どうにも一つ解決できないことがあった。
「良薬口に苦し、とは言うけれどねぇ……」
そう、薬というのは基本的に苦味を感じるものであったり、強烈な匂いを発するものであったりすることが多い。
こればかりはノーメンも数多く持つ知識の中から答えを出すことが出来ないでいた。
「色々工夫はできるけど」
彼女は今日も薬剤を作る。
自分の作る薬には思いやそうしたものが籠められたものが近くにあると効能が向上することもある。だが、効能が向上したからといって、飲みやすくなるかと言われたら、それはまた別の話だ。
今日出来上がった薬だってそうだ。
苦い。
あと臭い。
これでは効能が期待出来たとは言え、口に運ぶ前に顔をしかめてしまう。
「ああ、出来上がりましたか。では、薬剤を此方に」
猟兵になったばかりのノーメンはUDCアースで、UDC組織の厄介……ならぬ、少しの手伝いをしていた。
UDC。
それは超常的な現象を引き起こし、人々を時に狂気へと落とす怪物の名でもある。その脅威に対処する組織を猟兵として手伝うことになったノーメンは薬師としての腕を買われて、狂気に侵された人々を正気に戻す気付け薬の開発を手伝っていたのだ。
確かにこれで完成である。
しかし、どうにも匂いがつらい。
作った自分でさえ、ちょっぴり涙目になってしまうのだ。
これを飲む人の気持ちを察する。
「ああ、流石にこのままはダメですよ。飲みづらいですしね」
「というと? 他に何かやり方があると?」
「ええ、コーティング……ええと、包み込むんです。匂い、味というのが人の鼻腔や舌という感覚器で感じるのならば、それを覆ってしまえば触れずに済む、また作用を施す消化器、胃で溶けるもの……一般的には糖衣、ですね」
その言葉にノーメンは黒布の奥で目を輝かせる。
その糖衣、とは! と彼女は話を聞き出す。
なるほど、と彼女は思った。
糖で包むことで苦味と匂いを覆ってしまうという発想はなかった。
だが、それをどのようにして為すのかをノーメンは知らなかった。とは言え、研究のためとは言え、薬をもらうのもなんだか違うと思っていたら、職員が手にしていた筒状のものを受け取る。
「これは?」
「薬ではないですが、先程言った糖衣、というのならば手近なものがそれでしたので」
ふむ? とノーメンはその筒から取り出したのは色とりどりの宝石のような、マーブル、と呼ぶに相応しい菓子であった。
「同じ技法を使っています。よろしければ」
「こ、これ! 貴重なものじゃないのかい!?」
「いえ、そこらの店で十分に安価で買えますよ」
これが!? とノーメンは驚く。
なんということだろうか。自分のいた世界では知らなかったことだ。けれど、これが手に入るのなら、と早速ノーメンはUDC組織から得た給金を握りしめて飛び出していく。
猟兵というのもなってみると良いものだ。
これで研究が捗る。
早速たくさん購入して、その技法とやらを自分のものにしようとノーメンは意気込むのだが……。
しかし、それらの多くが彼女の口に放り込まれ、消えたのは、まあ、予定調和と言うべきか。
「べ、別に美味しすぎて食べすぎてしまったとかではないんだからね――!」
成功
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