薔薇の|夏日《かじつ》
カチャ、リ。
神経を刺激する独特の高音に、|僕《エルシェ・ノン(青嵐の星霊術士・f38907)》の意識は浮上した。
夢を見ていた気がする。下へ、下へと|降《くだ》って行く夢。
そして手を合わせたのだ――。
(叢に咲く、一輪の花……)
「――?」
深い眠りの余韻に浸っていた僕は、ささやかなリップ音と唇に残された薔薇の香りに、まどろみから一息に抜け出す。
クリアーになった視界には、大き目の窓にかけられたカーテンへ手を伸ばすクロービス・ノイシュタット(魔法剣士・f39096)がいた。
「おはよう、ルーチェ」
取り込んだ光を背負って、クロービスが笑う。この上なく爽やかな朝の光景だけど、心の中で「似合わないな」と僕は独り言ち、此処が|いつもの家《ラッドシティ》でないのを思い出す。
『夏休みだよ! バケーションだよ!! |自由業《フリーランス》にだって夏休みはあるんだって、俺は全力で主張する!!!』
無駄にハイテンションなところ以外、特に反対する理由もなかった“夏休み”を過ごすべく、訪れたのは|オレの実家《アクスヘイム》――の“離れ”である祖母の家。
しかし直前で舞い込んだ情報を捌ききれなかったオレは、到着早々机に齧りつく羽目になり、その結果が今朝の寝坊というわけだ。
「どうして薔薇?」
一足先に起床して外へ出ていたらしいビスへ、真新しいリネンが敷かれたベッドから降りながら訊ねる。
「散歩をしてたら、お祖母様に遭遇してね。朝のティータイムにお呼ばれしたんだ」
「なるほど」
九十を超え足腰が弱り始めた祖母は、毎朝の散歩を日課にしていると聞いた。それにビスが付き合い、ついでに朝食前のお茶に誘われたのだろう。ということは、食卓の仕度は既に整う時間ということか。
さすがに寝過ごし過ぎだ、と慌てかけたとき、ゲストルームの扉がコンコンと軽快に二度、歌う。
「エルシェ様はお目覚めでしょうか?」
「いいよ、俺が出る――はあい、起きられましたよー」
気の利いた目配せとは裏腹な気の抜けた声でビスが扉を開くと、夏用に新調されたお仕着せに身を包んだ少女が、水を張った盥を手に立っていた。
顔を洗う用の水を持って来てくれたらしい――のは、いいのだけれど。ビスを見上げる少女のはにかみぶりに、昨夜の出迎えの時に過った不安が的中したことを確信する。
あれこれ手が要るようになった祖母の為に、この春に迎えた|家人《メイド》のマーシャは、オレの乳母も務めてくれたアリーシャの孫で、十八だという。所謂、|そういう《・・・・》お年頃。
帰って来るなり閉じこもったオレの代わりに一家団欒に付き合い、外面の良さを遺憾なく発揮しただろう|大人の男《クロービス》に、心が傾くのは当然といえば当然だろう。
「わざわざありがとねー」
「いえっ、こちらこそありがとうございます」
ビスへ盥を渡すマーシャの声は僅かに上擦り、健康的な頬は赤らんでいる。潤んだ瞳には、淡い金の髪が月の女神の贈り物のように映っているに違いない。
(僕より年齢不詳だし。あと、顔は無駄にイイし)
マーシャはおそらく、祖母の散歩の付き添い役だ。だとすれば、“朝のティータイム”とやらの給仕も、彼女の仕事であったのは想像に難くない。
察して余りある“フラグ”に、頭を抱えたくなる。ビスの態度がいつもに増して柔らかいのも彼女の|恋心《・・》に寄与しているのは疑うべくもないけど、僕の実家である以上、そうなってしまうは必然だ。
即ち、止む無し――けれど。
「あの――」
「ビス」
まだ話し足りない様子のマーシャの言葉を遮り、出来るだけ甘やかに響くよう|僕《・》が呼ぶ。
「着替え、手伝って」
「なあに、帰ってきたらそういうとこまで子供返りするもんなの?」
盥を手にしたビスが、苦笑と揶揄いと喜色を混ぜて振り返る。その深藍の瞳に、もうマーシャは映らない。
「マーシャ、お祖母様へ“仕度が整い次第、行きます”って伝えておいて」
ビスの視線を独り占めにしたオレは、ことさら穏やかな微笑みをマーシャへ向け、借り物の夜着をするりと肩から落とした。
「エルシェ、マーシャをあまりいじめないで頂戴ね?」
遅めになった朝食を、オレとビス、祖母は円いダイニングテーブルで共にする。
「いじめたおぼえはないですよ」
『ルーチェ』と繰り返していた祖母の、すっかり慣れた『エルシェ』呼びを耳にちらりと見遣れば、ナイフとフォークを綺麗に使いこなしていた男の動きがぴたりと止まった。
「――、何のこと?」
咀嚼途中だったエッグベネディクトを嚥下したビスの顔に、一切の含みはない。
「あらまあ」
「……これですから」
祖母の目が、くるりと丸まる。僕の云わんとすることを察してくれたようでありがたい限りだ。
こういう|自分の性質《嫉妬深さ》は、母似だろうかと考えると、眉を顰めたくなる。が、祖母の態度を見るに、ビスの鈍感さもある種の規格外だ。
僕が悪いばっかりじゃない。あと、ちゃんと事前に説明をしていなかった祖母も、アリーシャも同罪だ――多分。
「お祖母様。マーシャには、|悪い男《・・・》にひっかからないよう、しっかり言い聞かせておくことをお勧めします」
「そうねえ。私たちも、気をつけなきゃだわ」
持って回ったオレの言い回しに、祖母が“母”と“女傑”の間を迷う貌で笑う。
「え、何? 何?」
血縁二人に置いてきぼりを喰らったクロービスが、ようやく自分が話のネタにされているのを理解したようだけど、時すでに遅し、だ。
「キミがニブくて困るけど、助かってもいるって話だよ」
*** ***
都市国家規模での崩壊を経てから二十年弱。
かつての“小さい村”は、周辺の集落を取り込み、年を追うごとに規模を拡大している。
「すっかり立派な“街”だねえ」
「|大叔父《おじ》さんの手腕に畏れ入るばかりだよ」
茹だるような暑さが待ち受ける、夏の午前特有の賑わいを眺めながら、敷き直された石畳の道を二人で並んで歩く。
|家《祖母宅》を出る前に、今日の目的地は話してある。おかげでビスの足取りに迷いはない。むしろオレより街に溶け込んでいる気さえするくらいだ。
不思議に思って尋ねたら、「キミの故郷だからね」という答えを寄越されたのは、数年前のことだ。
夜歩きをしている風はないので、暇をみつけては一人で散策しているのだろう。今朝もそのつもりで外へ出たのかもしれない。
「あ、次の角を曲がった方が近道だよ」
「そうなんだ」
顔にかかる髪の一房を、翼の髪飾りで留めたクロービスが、オレの半歩先を颯爽と往く。
どっちの故郷か判らない状態に、釈然としないではないが、悪い気はしないので大人しく後を追う。
入り込んだのは、民家の合間を縫う細い路地。
「わ……ぁ」
切り取られた群青の空に、まだ石鹸の香る洗濯物が無数にひるがえる景色に、思わずオレは息を呑んだ。
「ルーチェ、好きだよね。こういうの」
「――うん」
悪戯を成功させたみたいなビスの声に、オレは視線は狭い空へ釘付けのまま素直に頷く。
同時に、この道を選んでくれたビスに感謝する。おかげで、このあとに控える一仕事に構える心地が、少しだけ軽くなった気がした。
「冬の祭の銀環もここで作ってるんですね」
「そうだよ。昔から、この界隈で銀細工といえばウチなのさ」
クロービスへあれやこれやと説明している男――年齢は、六十手前と聞いている。名前はジャムズだ――の機嫌のよさを、オレは警戒すべきだったんだ。
しかし自分のしくじりに気付くのは、もう暫く後のこと。
『UDCアースってところの夏休みには、ジユウケンキュウっていうのがあるらしいよ』
その誘い文句でビスを伴い訪れたのは、昔なじみの銀細工工房。
元から|覚え《・・》のあるビスは、ジャムズに甚く気に入られ、手早くあれこれやと作っている。
対し、オレはというと。分かり易く、悪戦苦闘中だ。始めのうちは「何を作ってるの?」と手元を覗こうとしていたビスも、都度「あとで」を重ねるオレに、一応の素知らぬフリをしてくれている。正直、ありがたい。
そもそも、比べる相手が悪いのだ。片や、本来は細工師でありながらやむを得ず鍛冶師となった父を持つ|息子《クロービス》で、片や、蝶よ花よと育てられた母に溺愛された|息子《オレ》である。
ひそかに前もって幾度か足を運び、仕度を整えておかねば、今日の完成は無理だったはずだ。
と、薄く伸ばした銀板に意識を集中させていたオレは、ジャムズがとんでもない口火を切ろうとしているのに気付き損ねた。
「そういや、こいつ。指輪ひとつ作るのに、二つを無駄にしたんだよ」
「ちょっ、」
「へえ、そうなんですか」
指輪、と聞いてビスの顔が輝く。それはもう、キラキラと。リヴァイアサン大祭に降る雪を待つ、子供みたいな目をして。
「ジャムズ、その話は――」
「やっとまともにイニシャルを彫ったかと思えば、最後の薔薇の刻印を歪めやがる。ま、それも味だって納得させにゃ、日が暮れるどころじゃ済まなかっただろうよ」
立て板に水が如きジャムズの喋りに、オレに割って入る隙はなかった。ビスが微妙に身体をずらしてオレの足掻きをブロックしているのも、その一因だ。
「仕損じた二つはどうなったんですか?」
「んあ? 両方とも溶かして、銀板戻りさ」
「そうなんですか――どうせなら、全部欲しかったのに」
ちらり、とオレを振り返ったクロービスが、とんとんっと自分の胸元を突く。衣服の下に収められてはいるものの、そこに銀鎖に通された銀環があるのを知るオレは、思わず天を仰いだ。もちろん、その銀環は、今話題の指輪である。
(イイ笑顔だこと……)
ご満悦を絵に描いたビスの表情に、オレは辛うじて口角を上げるので精いっぱいだ。
何もかもを一人前以上にこなしたかった子供の時分の僕はもういない。出来ない事は諦め、荷物の半分を|誰か《クロービス》に背負ってもらうことにも慣れてしまった。
つまり、得手ではないものは、得手ではないのだ。
「そいうや、坊主。一緒に作ったロザリオはどうした」
「っていうか、ジャムズ。坊主は止めてよ」
紐解かれてしまった|過去《ネタ晴らし》に、もはや腹を括った――括るしかなかった――オレは、案の定の話の流れに肩を落としながらも、抗うのを止める。
ビスが前のめりになってしまったからには、口先での抵抗はただの徒労だ。
「ロザリオって、薔薇が二つ刻印されたものです?」
「そう、それそれ。なんだ、クロービスさんも知ってたのか。シンプルな作りなのに、この坊主の四苦八苦ぶりつったら――」
「あれはっ。返せないものの代わりに、さる細工師さんへっ、押し付けて来たよっ」
逃れられないなら、さっさと終わらせるに限る。意を決したオレは、ビスの唇が音を放つ前に、捲し立てる勢いで白状した。
途端、ジャムズはとんでもなく不味いものを食べたような顔になり、ビスの顔にはくすぐったさに堪えるような微笑みが浮かぶ。
ここへビスを連れてきたこと自体、オレの判断ミスだ。でも、ビスが楽しそうなら、それでいい――と、自分を納得させる。
「――あれをよりによって細工師へ、だと?」
「そうだよ」
「しかも、返せないものの代わりって」
「……仕方ないだろ。返したくないものは返したくないんだから」
言いながら、今日も今日とて首からかけるシンプルなロザリオへ指を添わす。預かり物であるそれは、手製のロザリオの手本としたものであり、クロービスの故郷にまつわる品だ。
「坊主、無謀にも程ってもんがな――」
「いいんじゃないですか。見目よりも、込められた想いの方を大事にしたいって人間もいると思いますから」
――俺みたいにね。
差し出された助け舟より、続いたビスの幸福を醸す囁きに、オレは内心で白旗を振り、完全降伏の意を示すより他にない。
≪薔薇の|夏日《かじつ》~夏薔薇を君へ≫
「ここは多分、母様とだけじゃなく、|三人《・・》で来たことがある気がするんだよね」
「……、そうなんだ」
川沿いに建つログハウス風のレストランは、馴染みのオーベルジュに少しだけ雰囲気が似ている。
だからだろうか、自分でも驚きの科白がつるりと口を吐いた。でもその衝撃よりも、バルコニー席の対面で川魚の燻製のタルティーヌを頬張っていたビスの、色々を綯い交ぜにした視線に感じることの方が大きい。
理解られている。案じられている。けど、僕が見極めるのを待ってくれている。
「そういやここ、魚料理ばっかりだけど平気?」
「君、俺を何だと思ってる?」
「肉食魔人」
「……肉食なのは、否定しないけどさ」
「否定しないんだ」
「ルーチェ相手に否定できるとでも?」
「――……否定できないけど、敢えて言う。キミは馬鹿か」
中途半端に「大丈夫」とは言わず、代わりに他愛ない会話に興じて笑い合う。それくらい『三人目』問題は僕にとってデリケートではあるのだけど、ビスが隣に居てくれたらどうにかなる気がするから現金なものだ。
けど。近ごろ、その『三人目』を召喚できるようになったのは、暫く伏せておこうと密かに決意する。
「でも、昼食は家でなくて良かったの?」
運ばれてきた焼き立てパンと魚のポワレを口に運びながら訊ねてくるビスに、オレは説明が足りていなかったのを思い出す。
「好きなことをして、二人で食事をする。デートの定番コースを踏襲したつもりなんだけど」
直後、分かり易く弾けた笑顔に、オレはクロービスの不思議を視た気分を味わう。
何故だか知らないが、ビスは『デート』に対する執着があるようで。事あるごとに連呼して、騒ぐのだ。一緒に暮らして長いのに、外での待ち合わせが好きなオレも、同類と言えなくもないが。
「というわけで、はい」
ちょうど良いタイミングと、オレは食事の手を止めて、ビスの前に蒼い小箱を差し出す。
「開けていいの?」
すぐにそれが先ほどの銀細工工房でオレが格闘していたものだと気付いたビスが、首を傾げる。
「開けて駄目なものなら、ここで出してないよ」
「そりゃそうか」
リボンも何もかけていない小箱は、蓋を開けるのに手間取る要素が何一つない。だから遠慮を捨てたビスが、中身と対面を果たすまでは一瞬だ。
「……薔薇?」
無意識に固唾を飲んでいたオレは、ビスの反応に、早口で言い募る。
「新居の机にでも飾ってもらおうかと思って。ちなみに、手直しは幾らでもどうぞ」
「や、手直しなんてするわけないけど。新居?」
花弁が不揃いな銀の薔薇を掌に乗せたクロービスの、頭に浮かぶクエスチョンマークが視得る気がして、オレは一度、大きく息を吸って、吐く。
「前、言ってただろ。二人で暮らす家が欲しいって」
今の家は、元々オレが暮らしていたとこに、ビスを迎え入れた――言わば、オレの城だ。
とは言え、食器や家具とは違い、二人で暮らす為の“家”を持つ、ということは、それなりの勇気と覚悟がいる。引き返す、という選択肢はとっくの昔に投げ捨てていたけれど。
しかし。
「ね、これで俺もルーチェの星霊の仲間入り?」
おどけたビスが銀の薔薇を頭に乗せたところで、オレの羞恥は限界を突破する。
「え? まさかそのつもり?」
声を上擦らせるビスのことは、とても見られない。
「そのつもりっていうか、まぁ……あああ、もう。僕の独占欲の強さくらい、いい加減理解してよ」
食事中であるにも関わらず、オレはテーブルに肘をついて、両手で顔を覆う。多分、顏から火を吹いている。それくらい、熱い。
オレが召喚した星霊たちに、薔薇を飾るのは周知の事実だ。それは友好の証であり、オレとの縁を周囲に示すものでもある。
要するに、独占欲だ。
誓約の薔薇を既に手にしておきながら、なおも薔薇を重ねようとするオレは、やはり|母《恋に狂った女》に似ているのかもしれない。
「わーお」
「わーお、じゃない。茶化すなら返し――」
「返さないよ」
取り出したハンカチで不細工な薔薇を包んだビスが、小箱ではなく夏服の内ポケットに仕舞い込む所作を指の隙間から眺めて、オレはそこはかとなく安堵する。
「いい加減、顏を見せてよ。顏、隠されるの嫌いなんでしょ」
「ビスのにやけが落ち着いたらね……っ」
そろそろ周囲から向けられる奇異の視線が背中に痛い。衆目のあるところで、これを切り出した自分が悪いだけだが、それでも改まっての『夏休み』の『デート』に、これくらいしか思いつかなかったのだ。
(渡りに船だったのも、ホントだけどさ)
なかなか実行に移せずにいたことを成し遂げたことで、肩の荷が下りた感覚はある。そしてクロービスは、行き詰った僕に救いの手を差し伸べるのが、とても上手い。
「でもさ。本当にいいの?」
「しつこ――」
「いや、そっちじゃなくて。新居の方」
切り替えられた話題に、オレは両手の鎧を解いて、ようやくビスを真正面から見た。からかいの色が少しでもあれば頭突きの一発でも見舞うつもりだったが、どうやらその必要性はないらしい。
「口にしたからには、ね。けど、今のラッドシティの部屋も手放すつもりはないよ」
「いいんじゃない。家賃はこのまま折半で、俺も出すし」
事も無げに言ったビスは、二の句を忘れた僕へ、夏空のように笑う。
「俺も、ルーチェと過ごした十七年? 十八年? を、そう簡単に“思い出”にする気はないからね」
予想だにしていなかったクロービスの応えに、僕の薄っぺらい胸が震える。結局、いつもこうだ。むしろ僕がビスに勝てる日なんて、未来永劫、訪れないのかもしれない。
――なんて、感動していたのに。
「あ、さっそくだけど一つ注文していい? 新居のベッドルームはひと――」
「って、最初に言うのがそれかよ!!!」
冗句とも本気ともつかない――きっと本気だ――ビスの新居ファーストオーダーを、オレは容赦ない頭突きで撃沈するのだった。
*** ***
花の少ない薔薇園を歩きながら、僕は今朝の夢を思い出す。
あれは長く放置された、都市下層の景色。人々に忘れ去られ、かつての面影をかろうじて残すだけになった地。
唯一の彩は、叢に一株だけ咲いた花。静寂が支配する場所に唯一灯る、温もりのような。
それがクロービスの父の墓標であるのを、僕は知っている。
「ね、ビス。そのうちマギラントへも行こうよ」
「急にどうしたのさ。今度は、銀の薔薇でも供える気?」
「……それは、人様へお見せして恥ずかしくないのが作れてから、で」
微妙に言い淀んだ僕を、ビスが笑う。いっそビスに作ってもらおうか、という考えが過るが、それでは本末転倒なので、これからの自分に期待をすることにする。
(薔薇、か――)
あそこへも薔薇を植えてみたい。手のかかる花だから、咲かせられるかは分からないけれど。
「ルーチェ」
立ち止まってしまっていた僕を、一足先に真白い十字――母の墓標へ辿り着いたビスが呼ぶ。
暑い日々の終わりを感じさせる夕暮れの風が、ビスの髪を揺らす。
楚々と咲く花たちと、母の眠る地と、クロービスと。幾度も見た光景なのに、今日はやけに尊く思えて、また胸が熱くなった。夏とは、そういう季節なのかもしれない。
先ほどの思い付きを、そのうちビスへ話してみよう。
(君が僕の家族を大事にしてくれるみたいに、僕も君の家族を大事にしたいんだ)
そして、ビスが生まれ育った場所を、誰からも忘れ去られた場所にしておきたくない――これは僕の身勝手なエゴであり、新たに抱いた叶えたい夢。
小走りに駆け、ビスと肩を並べる。そうして手を合わせたら、ありきたりだけど特別な一日の予定はお終い。
「あーあ、夏休みが終わっちゃうな~」
心底、残念そうにビスが言うから、オレは笑い出すのを堪えて、傍らの手を握る。
「なら、来年“夏休み”をしよう」
それはまたひとつ、未来を重ねる約束。
成功
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